健康促進|ショートショート|935字

ここは政府のとある一室。

溢れ出る正義感を隠そうともしない部下。そして、その上司。

「こんなことおかしいでしょう!」
「何がだ?」
「こんな一斉に喫煙所を撤去するのは愚策でしょう!」

あぁその話か、と涼しげに上司。

「吸う場所を失った喫煙者がどうしてるか知ってます? 路上喫煙ですよ、もちろん禁止された場所で。これでは分煙できていたときよりも望まない喫煙が増えてるじゃないですか!」

それに、と続ける。

「こうした結果として家庭内の喫煙も増えるでしょう……そうしたら家庭内の健康被害はさらに拡大しますよ? これのどこが健康促進ですか!」

しばらく間をおいてから、上司はようやく口を開く。

「お前は広告に書いてあることをすべて信じるか?」
「は?」
「あるいは、本音と建前と言ったほうが分かりやすいか?」

口を開こうとした部下を制して、上司は続ける。

「本当に健康促進をするなら、最初に規制すべきは酒だ。そうだろ?」

部下は自分が引き合いに出そうとしていたネタを当てられ、言葉に詰まる。

「家庭内暴力の原因でもあるしな。中毒性もタバコより高いし、ある意味ではタバコよりもずっとタチが悪い……誰でも気づいていることだ」

直視してるやつは少ないだろうけどな、と続ける。

「政府が健康促進なんて真面目に考えてると思うか? 考えてるのは税収とイメージだ。俺たちは”健康的な社会”という広告を出してるだけだ」

まぁ完全な嘘になってもいけないけどな、と付け加える。

「あ、あなたはそれでも……」

部下は怒りを露わにする。

「お前の上司として助言してやる。矛盾や欺瞞に対して無関心・・・でいろ。ストレスは健康に対して最悪のものだからな」

それを聞いて、部下は黙って部屋をあとにした。

「やれやれ、あいつは辞めるかもな」

貴重な人員を失うのは惜しいが……と、静まり返った部屋で上司はつぶやく。

「あいつにもこの試験薬を渡してやりたいところだが、辞める決断ができるならそれに越したことはない……本当にな」

かつて自らの正義感と組織の欺瞞の間で悩まされ続け、最終的に体を壊したことを思い出しながらため息を付く。

「やれやれ、無関心・・・でいるってのは難しいもんだ」


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