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雑多

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わが子と書きたい話を
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2015年7月の記事一覧

ある保安隊員の話

なんとも不思議な話だ。要人警護の経験がない3人を、長期間護衛として他国の要人につけるらしい。その3人だけを、だ。警備なんかはしたことがあるが、警備と警護では規模もやるべき事もする意味も、すべてが違う。
「乃南曹長」
「ん?」
乃南は顔だけを千堂の方へ向けた。
「今回の主な活動場所って国外じゃないですか。なぜ軍じゃなく保安隊が派遣されるんです?」
彼女はあー、と言いつつ顔をしかめた。ということは曹長

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あるバーテンダーとある保安隊員の話

街角の小さなバー。と言っても、店長さんの知り合いとかがいつも気軽にやってきて、時々暴れて帰るのでおしゃれだとかそういうのはない。そこがなんとなく好きでここにいる。
「歩さんこんばんは!」
今日もなかなかに賑やかな中、1人の女性がまっすぐカウンターへやってきた。
「いらっしゃいませ秋月さん」
歩はにこやかに秋月を迎えた。
「いつものやつお願いします」
「今日もおつかれさま」
いつものやつを用意しなが

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ある保安隊員とある元男子高校生の話

「SNS…ってあれですよね、誰とでも簡単にネットで繋がれるっていう」
俺の言葉を聞いた2人が同時に顔をしかめる。
「んな簡単にできねぇよ」
「まだそんなふうに教えてんの?気がしれない」
「そういうふうに習ったというか読んだというか…元のところもそうでしたし」
元の世界と言うのも、元の時代というのも違う気がした。時間軸が同じなのか、空間軸が同じなのか、はたまたどちらも違うのか。パラレルワールドに飛ば

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ある近衛隊員の話

「なぜ俺が行かなきゃならない」
彼は半年間拘束されることにたいへんご立腹な様子だった。仕方が無い、決まったことなのだ。
「国王陛下直々の命令は断れないだろー俺だって行きたかないわ!」
今回のことは勅令扱いになってしまったのだ、俺もたいへんご立腹だ。断れるわけないじゃないか。
「しかもジャック、お前と一緒か」
ものすごい勢いで睨まれる。これでもマシなほうだ、もし気に食わない奴であればこの場で殺されて

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ある女子高生の話

もー、知らなかったよ、好きな人がいたなんて。しかもその人が私と同じクラスの人だったなんて。好きな人に名前を呼ばれて、いままで見たことないくらい幸せそうな笑顔で振り返ってた。そのあと手を繋いで校門へ向かって行った。もしかしなくても、付き合ってるのかな。ぎゅっと胸が締めつけられて何かがこみ上げてきた。私は弓道場が見える、グラウンドのほうへ走ってきた。もう誰もいないから。
グラウンドの隅っこで、マフ

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ある保安隊員の話

「お?これは…」
慣れた事務処理を淡々とこなしていると、隣でページをめくる音が止まった。
「どうしたんですか遠藤さん」
新人が来るということで、いつもは全くと言っていいほど書類に目を通してくれない上司に無理矢理書類を読ませていた。静かにしていると思ったら、ちゃんと読んでいたらしい。
「乃南くんこの子さ、あの双子のお兄ちゃんだよね」
遠藤が指し示した写真の人物は確かに見覚えがあった。名前の欄には夏目

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ある男子高校生の話

生暖かい風が頬を撫でていく。太陽に熱せられたコンクリートに暖められた空気がこちらにやってくるわけで、この駅のホームまでの道のりを一生懸命やってきた僕は精一杯抗議の声をあげたくなる。
「暑いねー圭くん」
突然左上の方から声が降ってきた。
「槻先輩いつの間に!」
思わず仰け反った。
「ちょうど今来たところだよ」
「わからなかった…」
槻先輩はふわふわ笑っていた。暑いと言っていたが、全然暑くなさそうに見

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ある女子高生の話

「あっ、皐」
電車を降りてすぐ、声をかけられた。声の主はたいそう眠そうにしておられる。
「あれー電車間に合ったんだおめでとう。私が家出るときはまだ寝てたのに」
「俺の脚力なめんな」
「あんたの場合あり過ぎね」
「うるせー」
「言い返せないときはいつもうるせーって言うよね」
双子の兄は一瞬口を開いたが、すぐに閉じてしまった。
「今うるせーって言おうとしたでしょ」
今度は睨んで舌打ちしてきた。また『う

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ある保安隊員の話

あくびを噛みしめながら玄関の鍵穴に鍵を差し込む。1回まわす方向を間違えてやりなおした。ガチャンと音がして鍵が開いた。ドアを開け、我が家の中へ入る。
「おかえりー」
「ただいま…えっ?」
聞こえないはずの2人の声。リビングへ入っていくと、今日はいないはずの2人がそこにいた。
「兄ちゃんおかえりー」
いや、おかえりーじゃねぇだろ。お前ら確か…
「おい…学校は?」
双子が双子らしく同じタイミングできょと

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ある男子高校生の話

眠い。とても眠い。走っているときでさえ眠かったのに、ちょうどいいリズムで電車に揺られてもう目を閉じてしまいそうだ。耐えろ。目の前には普通に人がいる。185cmが寄りかかってきたら大抵の人は立っていられないだろう。耐えろ。座っていたら別に寝ても…いや、そうすると駅を乗り過ごしてしまう。学校に着くまで寝ることはできない。
昨日は全然眠れなかった。部活もいつものようにあって疲れていたのに、ベッドに入

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飲む

その人はウイスキーを飲んでいた。グラスを通して茶色がかった黄金色の向こうに氷が1つ透ける。

グラスを掴み、口の高さまで持ち上げ、そっと傾け、口をつけて、少し口にふくむ。その間カラン、カラン、とグラスに氷が当たる音が静かに響いていた。