なぜ教育現場では追試が一般化されないのか?

今回も、教員と芸人との相違点について考察します。

教員の場合は、子ども達に対して、過去に誰かがやった素晴らしい実践を、(忠実に追試できるかはさておき)堂々と追試することができます。

有名な実践であろうがなかろうが、それは教員の間だけのことです。

子ども達が知りうる可能性は、ほぼありません。

そして、その実践を披露することで、教室が盛り上がったり、子ども達の理解を深めたりすることができた場合、子ども達からの評価は確実にアップします。

「○○先生の授業、面白い!」

「○○先生の授業、分かりやすい!」

となります。

もちろん、その手柄は、その時に実践した教員のものになります。

また、授業というものは、子ども達に力をつけさせることが1番の目的であり、その先生なりのオリジナリティがあるかどうかは、一切問われません。

「過去の誰かの実践だから」という理由で、他の教員からひんしゅくを買うことはありません。


一方、芸人の場合は、お客さんに対して、過去に誰かがやったネタを、堂々と追試することはできません。

有名なネタであればあるほど、芸人にもお客さんにも知られています。

ですから、そのようなネタを、もし万が一、ライブで披露した場合、芸人にもお客さんにも、総スカンを食らうことになります。
ひんしゅくを買うことになります。
信用を大きく失うことになります。

なぜなら、芸人のネタというものは、お客さんを笑わせることが1番の目的ではありますが、笑わせるための手段にはオリジナリティが求められるからです。

教員の世界では「追試」として推奨される行為が、芸人の世界では「パクリ」と認定されてしまうのです。

ですから、芸人は、技術を高めるだけでは駄目で、0からネタを作り上げる力と、そのネタが時代遅れにならないような配慮が必要なのです。


決して、誤解をして頂きたくないのですが、

ここで、私は

「教員よりも、芸人の方が大変だよね」

とか

「教員は、追試できるからズルいよね」

ということを言いたいのではありません。

むしろ、その逆なのです。

教員は、素晴らしい実践であればあるほど、可能な限り追試すべきだと思うのです。

芸人の世界と違って、追試したからといって、誰のひんしゅくも買いませんし、誰の信用を失うこともないのです。

こんなにノーリスク・ハイリターンなことはありません。

そして、追試する理由の全ては、「子ども達に力をつけるため」なのです。

追試するにあたって、これ以上の理由があるでしょうか。

しかし、実際の教育現場では、素晴らしい実践を追試する、という文化がほとんど根付いていません。

せいぜい、同じ校内の先生の実践で、たまたま見かけたもののなかで、自分に合ったものを真似ている程度のことです。

職員室で、誰かの先行実践について堂々と話題にしている先生を見たことがありません。

そういう話題を口にしてはいけないような空気が職員室にはあるのです。

なぜ、「良い実践を調べて、追試する」という文化が教育現場に根付いていないのかが、全くもって理解できないのです。


芸人の楽屋では、バカバカしい話をすることもありますが

それだけでなく

「誰それのコントは、こういう設定で面白かった」

とか

「あそこのコンビのツッコミの言葉選びは勉強になる」

とか

そういう話題を口にすることも多いのです。

もちろん、ネタを丸パクリすることはしませんが

売れていない芸人であればあるほど、他の芸人のネタから、何かを学ぼうとする意識は高かったように思うのです。

教育現場で、「良いものは進んで取り入れる」という文化が根付いていない最大の理由は

結局のところ

「取り入れなくても、特に、教員は何も困っていないから」ということに集約されるのでしょうか。

困っているのは子ども達なのですが・・

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