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お空へ着いた。

彼の訃報から、1週間が経った。
職場では彼から引き継いだ月末業務がなんとか完了して、残業申請などの書類も片付け始めている。
上司が彼のために、残業申請の書類を代筆していると、消化するはずだった有給休暇の申請書が出てきたという。
見せてもらうと、見慣れた汚い字で、退職のため、と書いてあった。

タイムカードの退勤時間を見ていて、月初、月末はだいぶ残業するんだなぁと主任が話しているので、そりゃあこの仕事は月末業務が勝負ですから、と私は答えた。
私の退勤時間とほぼ変わらないのを見た主任から、本当にあなたは彼とずっと一緒にいたんだね、と言われて、また胸が苦しくなった。

前回の最後に書いた、不思議な体験を書く。
全部想像というか、私の心の中の話だから、同僚には話せない恥ずかしい話だし、こんなスピリチュアルな話をリアルに体験することが驚きだったけれど、せっかくだから書く。
非難や批判は受け付けない。

葬儀が終わって斎場に向かう遺族と彼を見送って、職場でも泣いて帰宅した後、少し休んでいた私は、胸に凝った違和感に耐えていた。
職場でもわあわあ泣かせてもらって、うんとさっぱりすることができたけれども、帰ってからまた苦しくなっていた。

会いたい人にもう会えない悲しみ、これから待ち受けるであろう孤独、支えてくれた人を失った喪失感と不安感。
彼が長く共に過ごして来た仲間たちとは同じように見えて、また違う気持ちだった。
入ったばかりの私がどれだけ役に立てるだろう、分からないことだらけの職場で今後どう立ち回れば良いのか、まだ顔と名前が一致していない利用者の連絡をどのようにやれば良いのか…
私に教えるためにやって見せてくれた彼に、そろそろ自分でもやってみますと言うたびに、寂しそうな顔をされた。
私が何か出来るようになるたびに、職場を離れる喪失感を感じていたようだった。もしかしたら彼は、この愛する職場を離れたくなかったんじゃないだろうか。

もしかしたら残るべきだったのは、私ではなくて彼だったんじゃないだろうか。

いや、それを私が言ったらみんなが否定する。たとえそう思っていなくても。

真摯に仕事に向き合う横顔を思い出して、辛くなった。

涙が出そうで出ない。出ればいくらか楽になるだろう、でも出ない。顔をくしゃくしゃにしても涙は流れてこなかった。苦し紛れに深呼吸をして、同僚からもらったばかりの彼の画像を見返した。

その時、急に呼吸が楽になった。

あれっと思っているうちに、私の喪失感が消えた。

すぐに思い当たったのは、彼のことだった。

そうか、終わったんだ。
焼き場に行って、体を焼いたら、体がなくなって、体が自由になったに違いない。

だから、彼に会いたいと思っている人たちのところに行けるようになった。
そう思ったら、ふわっと気持ちが楽になった。

もしかしたら、不謹慎な話かもしれない。
生前の彼は仕事に縛られて、人に言えない苦しさに耐えて来たけれど。
何も考えられなくなるくらい、疲労してしまったけれど。
体を失って、やっと楽になったんだと思う。
それで、私たちに会いに来たんだ。私のところにも、会いに来てくれた。
そう思ったら、嬉しくなった。
これでもう、寂しくない。
安心したら、苦しくなくなった。

これからはずっと一緒。
言葉は交わせないけれど、私の中で生き続けてくれる。

なんだかよく分からないけれど、胸の苦しさは以前ほど強くはなくなった。

嬉しくて、彼にすぐ伝えた。

来てくれて、ありがとうございます。
私は貴方がずっと好きです。

前に私が、おでんが好き、ちくわぶが好き、と言った時に、「あっ、一緒だ…」って呟いた彼の顔が蘇った。

その後、心の中の彼が堰を切ったみたいに嗚咽をあげた。
完全な想像なんだけど、不思議な感覚だった。
私の気持ちを知って、彼の気持ちが解放されたんだと思う。色白の彼の顔が、耳が、真っ赤になり、しばらく私の心の中に彼の声が響いていた。

泣きたければ泣けばいい。私もたくさん泣かせてもらったから、ね。
そう言って、私は背中を向けた。声だけを聞いて、彼が泣きやむのを待った。

泣きやんでから振り返ると、彼はまだ私の部屋の中にいた。
だから、私の方から、一緒にいてほしいです、と言った。
分かっていると思うけど、私と一緒にいると、職場にも行きますし、同僚が貴方の話をするのを耳にすると思います。私が貴方の話をするのを耳にすると思います。それは貴方にとって嬉しいこともあるかもしれないけど、耳に痛いことを聞くこともあると思います。
だけど、今は私は貴方の味方だし、私が一緒にいます。
一緒にいて、私がどんな気持ちで貴方の仕事を引き継いでいるか、見ていてほしいです。

彼が、驚いた顔をして、しばらく経って、自分の胸に手を当てて…頷いた。

私は、その反応を受けて、嬉しくなった。
これからもよろしくお願いします、と言った。
それから、いつもの調子で尋ねた。

で、不謹慎ですけど、さっきまで体を焼いていたんですよね?あれ熱かったんじゃないですか?

まぁ、、まぁ、、それは、ね、、と慌てて誤魔化す彼の表情も、いつもの調子に戻っていた。

だから、私はしばらく、彼と一緒に過ごす。


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