知り過ぎた僕等の別世界戦争

ああ……。
敵の砲弾が絶え間なく降り注いでいる。敵じゃない奴からも、流れ弾が飛んでくる。
脚を踏み出せば、そこには地雷が埋まっているかもしれない。海へ逃げても、サメじゃなくて魚雷に喰われる。
朝も昼も夜も、ここには安全な場所なんてない。

ああ……、これじゃあ……。
身を隠してから、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。まだ、壁の外では偵察機の音がするが、これは幻聴だろうか。

これじゃあ……、これじゃあ、一歩も動けない。
分からないなりに逃げ惑って、なんとか、命からがら敵の追撃を振り切ることができた。だが、壁の内側に閉じ籠ってから、より分からなくなった。

銃を構えて歩を進めてくる敵も、みんな哀しそうな顔をしている。いや、そう思わせて僕を油断させているだけかもしれないが、それでも、話してみれば言葉が通じるのではないか、という気にさせられる。

ああ……。
思い返せば、誰かに言葉が通じたことなんて、今までにあっただろうか。

戦士である以上、僕には倒さなければならない敵がいるのだけれども、いざ戦場に立ったら、敵軍の中には僕の友人がたくさんいるということに気づいた。
戦闘が始まれば、敵も味方もない。仲間の信用なんて、まやかしだった。自分の身体でさえも、何をしでかすか分かったもんじゃない。

なんとしても、生きなければならない。
そんなことは誰もが分かっていることだ。それでも敵わないのは、一方的な蹂躙に抗う術がないからだ。

そう、これは、一方的な蹂躙だ。
最初から、戦力差は歴然で、そこに交渉の余地なんてなかったのだ。

友人を撃った、この手で。
怖い。死にたくない。そんな弱音を吐いている間に、一人、また一人と、大切な友人が死んでいく。僕が殺してしまうから、大切な友人が死んでいく。
……違う。
この手が友人を殺したのであって、僕が友人を撃ったわけじゃない。

目の前で起きている現象を、僕も、迫り来るあいつも、どこかで生き長らえている友人も、いまひとつ理解できていない。

ああ……、どこへ逃げれば、僕は生き延びられるのだろう。
救えなかった友人の亡骸を抱きしめながら、まだ僕は、そんなことを考えている。

友人を殺してまで、僕が生き残る価値なんてあるのだろうか。
生きていることのほうが、異常なのだろうか。

頑張れば、この戦争に勝てるのだろうか。
勝ったとして、それが何になるのだろうか。
勝った先に、待ち望んだ未来があるのだろうか。では、負けた先には、何が待っているのだろう。
そもそも、これは勝ち負けの話なのだろうか。

言葉も銃弾も、大した差はない。
どちらも撃つ物で、人を殺すために発明され、量産されている道具だ。
相手を撃てば相手が、僕を撃てば僕が、ただ、それだけのことだ。
そんな野蛮な道具、今すぐに棄てたほうがいい。言葉でも銃弾でも、人は救われないのだから。

でも、持ってしまった以上、棄てることなんてできない。
こんなに便利で都合のいい道具、棄てられるはずがない。

中立的、とは、優柔不断、ということ。
寛容的、とは、排他的、ということ。
静観、とは、無力、ということ。

偏った見方は悪、という偏見。
異物を受け入れる、という拒絶。

外側で戦争をしていることを知って、内側が平和であることを自覚する。
戦争がなければ、平和だってない。世界平和を望むことは、別世界戦争を望むことに他ならない。

僕等は学習できない。
どこまで行っても、同じ過ちを繰り返す。
修正できないように、できているのだ。

なら、どこへも行かなければいい。

最初の最初に、心からの友達と無邪気に走り回っていた箱庭。そこでの絶対的な孤独は、淋しいものではなかった。
元々、僕等はひとつの孤独な場所に、極端に大きく偏っていて、そこで楽しく暮らしていて、外に別世界があることなんて知る由もなくて……。

それで、本当に幸せだった。
本当に、幸せだった。

深刻な拒否反応に蓋をしてまで外の世界へ往ってしまった旧友を、相対的な孤独を知ってしまった旧友を、どうにかして僕等の最初の箱庭へ連れ戻す術はないのか。

無益な生存競争に巻き込まれている旧友へ

どうにもならないことは、無理にどうにかしなくていい。解り会えない人だらけ、関わるべきじゃない人だらけだってことが分かったんだ。
同じ言語を話していても、そいつらに言葉は通じない。お願いだから、そんな奴らに立ち向かわないでくれ。
僕と君なら、解り合えなくても、話し合えた。好きなだけ信じ合えて、好きなだけ疑い合えて、それだけで楽しかった。
君だけから聴きたいことが、君だけに聴いてほしいことが、僕にはまだ山ほどある。
いのちを諦めそうになったら、生存競争とは無縁だった最初の箱庭へ向かってくれ。
もう一度、君に会いたい。
どうか、どうか、死なないで。


力尽きた兵士が胸に抱いていた手記は、ここで途絶えている。

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