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佳作

佳作という言葉に酷く劣等感を抱く。

「出来はいいが1番ではないよ」と念押しされているような感覚に陥る。だから嫌いだ。

先日、図書館で早瀬耕さんの『プラネタリウムの外側』という本を借りた。
その作中に"佳奈"という人物が登場する。彼女は、自分の漢字を「佳作の佳に奈良の奈です」と簡潔に説明した。

私はわたしの名を説明するとき、意図的に佳作という言葉を使わずに「にんべんに土2つです」というわかりにくい説明の仕方をする。

佳作という言葉とその意味を知ったとき、わたしは酷く絶望した。だから、自分の名を説明するときに避けてきた言葉だ。それだというのに、私の漢字を説明するのに1番簡単で1番伝わる方法が佳作だということを、この本で改めて実感させられた。

わたしの中でいつしか、佳作の意味の最初の部分が抜け落ち"1番ではない"だけが残った。
だから、三姉妹の次女として生まれた私の漢字に"1番ではない"を意味する佳作の佳が使われるのは正しいように感じる。


1番最悪にも、1番最高にもなれないわたしに、佳作というラベルはぴったりなのかもしれない。


佳作という言葉は嫌いだ。
これからも、わたしの漢字を「にんべんに土2つ、神奈川の奈です。」という、わかりにくくはないけれど、"1番わかりやすい"とは言い難い説明の仕方をするのだと思う。


p.s.
佳作をとるのも案外難しいということ、ちゃんと知っているよ


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