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花屋の薫君 制作秘話 ‐寒いの承知の早口語り‐

 突然ですが、作品の制作秘話、本のあとがき、作者の裏話など、作り手の心の声が文章になったものが好きです。「あのアイテムにはこういう意味があったのか~」とか「この二人の関係はこう読めばいいのね!」とか、一人で読んでいるだけでは気づかない、作品を楽しむためのポイントが詰まってるからです。
 そして私は、語りたがりです。自分が作ったものに込めた思いは、一つも余さず早口でまくしたてたいタイプの人間です。
 でも、知ってます。面白いのは、文章が上手い人の制作秘話だけなのです。テキトウに書いてしまうと、面白くないどころか語りすぎて寒いということになりかねません。だから、今まで作品の裏話はしてきませんでした。
 ただし、今回は我慢できなかった。語りたい。読んだ人にここに注目してと叫びたいし、なんなら、読んでない人にもこれよくないですか?と問いかけたい。
 痛い目みるぞ、やめろと脳内が叫んでいますが、もう四か月ほど前の作品だしいいよねと黙殺します。そんなこんなで、寒いの承知の早口語り、『花屋の薫君』の制作秘話はじまります~。

1『花屋の薫君』概要
 第四回文学フリマ京都にて販売した『花屋の薫君』は、法田波佳さん(Twitter:@nammmmika)との合同誌です。波佳さんとは9年目の付き合いになるのですが、実は合同誌を作るのは初めてだったりします。一つ夢が叶ったような気がしますね。
 本作は、小説合同誌の形態ではありますが、表題作『花屋の薫君』は小説ではなく演劇用の脚本です。あとがきに書かせていただいたように、2016年秋、当時所属していた演劇サークルで脚本の募集があり、それに応募するために書きました。文フリのブースでぱらぱらとページをめくってくださっていた方が、脚本を見て驚いていたのを覚えています。騙してしまって申し訳ない……。
 脚本の他には、『小さな真心にカーネーション』『アネモネに秘匿する』『百八本のチューリップよりも』『釣鐘草は鳴り響く』『今、カスミソウは手折られた』『薫君の花屋』の六作の短編が収録されていて、こちらは全て小説の形態をとっています。
 どの作品も、花屋を営む青年・薫君と、そこに訪れるお客さんの物語として作っており、それぞれにさまざまな意味を持った花達が登場するのも共通点です。
 今回は、このなかでも、私が担当した『百八本のチューリップよりも』『花屋の薫君』『今、カスミソウは手折られた』『薫君の花屋』の四作についてつらつらと喋っていくことにしたいと思います。

2『百八本のチューリップよりも』
 『花屋の薫君』は七作の短編が詰まった短編集になっていますが、『釣鐘草は鳴り響く』までの四作を前編、『花屋の薫君』以降の三作を後編として構成しました。(あくまでも、私の解釈です)
 そして『百八本のチューリップよりも』は、私の担当作のなかで唯一前編の作品です。前編の四作は、薫君が皆を救う物語。読んでくれた人がほっこりできる話を意識して書きました。

 ざっくり人物紹介
薫君 『百八本のチューリップよりも』は三作目なので、もはやおなじみの花屋店主。
 法田さんの薫君が格好良すぎて、自分で書くと残念な感じになるのが悲しい。

四戸 実乃里  作品の語り手。精神科の医師。名前のモチーフは「実」
 彼氏(圭)への記念日のプレゼントを探しに花屋を訪れる。

一色 尊琉 花屋がある都市の若き市長。名前のモチーフは「色」
 今回の騒動の原因であり、一番の功労者でもある。

圭 実乃里の彼氏。名前のモチーフは「茎(ケイ)」
   設定としては医者。実乃里が尊琉と浮気してると勘違いして取り乱す。


 書き出しが「やってしまった」なみるからにライトな作品。
 その後の、実乃里がひとりで慌てるモノローグは書いていてとても楽しかったのですが、私にこの手のを書かせると、まあ物語が進まない。延々と独り言を言い続ける展開になってしまってます。
 ただ最後の「淡白だが柔らかい響きをもった声」は少しお気に入りの表現です。私のなかでの薫君の声のイメージがこれなんですよね。
 ちなみに、薫君の声の表現は法田さんも沢山してくださったので、これに注目して読むと書き手、聞き手、状況によって薫君の声が変わるのがわかって面白いです。

 さて、本作は、作品集のなかでは三作目にあたる作品です。ここまで読んでくださった方は、一作目の『小さな真心にカーネーション』で作品世界や薫君と出会い、二作目の『アネモネに秘匿する』で葉月の恋模様を通じて、花が持つ力と、薫君の優しさ、そして眩しいほどのイケメンオーラを浴びることになったと思います。(本当に法田さんが書く薫君はイケメンという言葉が似合います)
 では、三作目では何をしよう。作者も変わるし、何か新しい展開も書いてみたい。そこで考えたのが、『花屋の薫君』への準備段階にしようということでした。
 例えば、実乃里が精神科の医師ときいた尊琉が、すんなり納得して「目的は店主?」と即座に切り返すやりとりや、圭の荷物に手を伸ばす薫君を慌てて止める実乃里の場面などは、薫君の窃盗癖を意識しています。実乃里が「先生」と呼ばれているのも、薫君が実乃里の患者であることを表したくて設定した呼称ですね。
 こういう描写を通して、読者の皆さんに少しでも「ん?」となってもらうのが、今作の目的の一つでした。今まで素敵な花屋さんだった薫君が、少しでもミステリアス、もしくは不気味な存在にうつってもらえたら嬉しかったのですが……。あまりにもイケメンな『アネモネに秘匿する』の薫君の後にみてしまうと、「純粋に格好良いころを返して」という気分になりませんか。私はなりました。
 
 そんなこんなで今までになかった闇を纏いはじめた薫君に加えてもう一人、この話では大事な人物が登場します。
 一色尊琉。薫君の友人であり、彼らが住む町の市長さんです。
 とはいえ、この物語において二人が友人であることは明かされません。実をいうと、最初は薫君と尊琉と実乃里が三人で騒動を解決する物語としてプロットを組んでいたのですが、途中で『花屋の薫君』を読み直すと、実乃里は『花屋の薫君』の時間軸まで、薫君と尊琉が友人同士だということを知らないことになっていたのです。『百八本のチューリップよりも』はそれより前の話という設定なので、これはまずいと慌ててプロットを組み直し、なんとか三人が同じ場に揃わないようにしました。あの少し不自然な登場人物の入れ替わりはそのためです。自分で書いた設定ぐらい覚えてろって感じですね。実乃里が圭にプレゼントを送る理由も、記念日のためという設定なのに、一回だけ誕生日のためという誤まった表記をしている部分があります。これは最初誕生日の設定で書いていたものの名残なのですが、やはり私は、自分で作った設定を忘れる傾向にあるみたいです。

 尊琉の話をすると、今回の彼は完全にトラブルメイカーなので、本当に頭いいの?と聞きたくなりますが、きっとオフの彼はいつもあんな感じなんでしょう。知らんけど。
 ただ、実乃里の言葉を視線一つで黙らせる描写などから、ただものじゃない雰囲気は感じてもらえればと思っていました。尊琉は優秀なリーダーですが、優秀すぎて一人でなんでもしてしまう彼は、ほとんど暴君みたいなものなので。
 特に、薫君に関わる人間関係には相当敏感なようで、実乃里が薫君の自室を覗こうとしたときの「僅かに込められた咎めるような響き」は、実はかなりの警戒心のうえで発されてます。もし、実乃里が知り合いでなければ。もしくは何か下手なことでも言おうものなら……。『薫君の花屋』で葉月達三人組が怒鳴られたときと同じ展開になっていたでしょうね。いや、まだ逃亡中だったのでもっと酷かったかも。恐ろしや。
 そんな尊琉ですが、花の前では、普段の態度からは想像できないほどの迷いをみせます。これは私の妄想ですが、彼が三本の赤いチューリップにわかりやすく顔を顰めたのは、香奈美が彼に想いを伝えるために送ったのが、三本の赤いチューリップだったからではないでしょうか。それは、元来花に興味のなかった尊琉が最初に覚えた花言葉であり、一生忘れることのないものです。そんなものが出てくる関係であるに関わらず、もだもだしている実乃里達に呆れてものも言えなくなったという感じですかね。でも、ちゃんと世話を焼くあたり優しい奴だとも思います。
 そう考えると、尊琉が好きな花としてチューリップをあげたのは当然とも思えます。このときの「花ねえ。あんまり詳しくねえけどな」なんていいながら、迷わずチューリップのところに足を運ぶ発言と行動がちぐはぐな感じは、少し可愛らしくてお気に入りです。
 しかし、その後尊琉が色とりどりのチューリップから選んだのは、赤ではなく白のチューリップでした。私の担当作では、登場する花の花言葉は大半が作中で明かされます。最初に述べた通り語りたがりなので。ですが、語りたい衝動を抑え、敢えて作中で語らなかったものがいくつかありまして、この白いチューリップもそのうちの一つです。
 せっかくなのでここで明かします。
 白いチューリップの花言葉は「失われた愛」です。うわ、重い……。尊琉は愛する香奈美を亡くして、愛そのものを失ってしまったということかもしれないですね。実乃里の花であるピンクマーガレットが「真実の愛」であることを考えると、対比が美味しいなあ(自画自賛)
 ただ、この花言葉は日本での話。海の向こう、西洋ではまた違った花言葉があります。
 
 「ask for forgiveness」

 はい、高校レベルです。「許しを請う」とかになるんですかね。
 あああ……愚かすぎるでしょうよ、一色尊琉……。なぜそれをきちんと伝えない。「いいや、気まぐれ」ってそんなわけない絶対意図的じゃん。ずるい男だよ……。口に出せるはずがないから花に乗せるんですけどね。
 尊琉が、香奈美の親友であった実乃里に送る花として、これほど適した花はないと思って選びました。かなりのこだわりポイントです。渡すシーンも圭を勘違いさせないといけないので、できるだけそれっぽい演出を目指しましたが、書いてる間も尊琉の本心を知っている者としてはしんどかった……。これでどうやってキラキラオーラを纏わせろというのか。ちなみに、圭は恋する人なので、先の花屋の店員さんも白色の意味は詳しく伝えてないのかもしれませんね。だから、本数だけで早とちりしてしまったのかな。

 その後、尊琉と薫君が入れ替わり、今度は薫君が実乃里のために花束を作ることになります。実乃里が薫君に向かって手を伸ばすも、薫君はそれを避けてしまうやりとりとか好きです。普段はこんなことしてなさそうですが。
 そして満を持して、今回の主役の花の登場です。ピンクマーガレット。花言葉は前述の「真実の愛」です。「真実の愛」という意味を持つ花はほかにもあるのですが、今回ピンクマーガレットを選んだ理由は、まず、私自身がピンクマーガレットが好きということです。ちなみに一番好きな花は、もちろん、たんぽぽ……ではなくコスモスです。ピンクのが可愛くていいです。
 そしてもう一つは、圭の花である赤いチューリップとの相性でした。
 この短編集を作る前、最初に法田さんと私で担当分けを行っていました。『花屋の薫君』に登場した人物達それぞれが主役の回を作ろうということで、法田さんが、幹也と葉月・綾芽、私が、実乃里と尊琉という割り当てに決まったのです。
 では、実乃里が主役の話はどのようなものにしよう。彼女は誰にどんな想いで花を送るのだろう。そのとき、思いついたのが遠恋中の恋人という設定でした。幹也には妻がいますし、葉月の『アネモネに秘匿する』は先後輩の許しの物語、尊琉の遠恋は生死の境を越えた別物です。案外、正統派の恋愛ものが空いているのでは……?となり、普段書かない恋愛で花束を作ろうとなりました。
 しかし、ただ花を送って「好きです」というだけではあまりにも普通です。もうひとひねりできないかと考えながら、Google先生で花束の画像を検索していると、ピンクのガーベラと赤いバラの花束が目に入りました。その組み合わせの可愛らしさに、そうか、二つ組み合わせていいんだという当たり前のことに思い立ち、赤とピンクの花束という設定を先に決めてしまいました。
 同時に、組み合わせるという行為に新たな可能性を感じるようになります。基本的にプレゼントとは、どちらか一方からの気持ちで構成されています。お返しをすることができるとはいえ、気持ちが一方通行なんです。もし、これが相互の関係になれば……従来のプレゼントの枠を越えたものが生まれるかもしれない。そう思うと、それで書いてみたくて仕方なくなりました。
 圭の花に情熱の赤、実乃里の花に可憐なピンクをあて、その二つが合わさることで、二人だけの唯一無二の愛の結晶が誕生する。それを生み出すのが薫君である。という展開を書くために、実乃里の花にはチューリップと同じ春の花であるマーガレットが選ばれたというわけです。
 『百八本のチューリップよりも』というタイトルにもそういう意味を込めました。薫君が生み出した二人の愛の結晶は、百八本の花束に込められた「一人の想い」を超越したものであるということ。「よりも」の後に続く言葉はいろいろ考えられますが、決めきれなくて結局ここで切ってしまいました。
 ちなみに、尊琉が作中で言及していた「百八本のチューリップ」の意味ですが、調べてみると、百八本で「結婚してください」となるのは、何もバラに限ったものではないらしく、もっといってしまうと別になんでもいいみたいです。なので、チューリップが百八本集まれば、それで「結婚してください」という意味になるようなんですね。初めて知りました。
 それでも、それだけの数、お金、労力を用して自分の気持ちを表現した花束よりも、実乃里と圭が手にした薫君の花束は特別だったのかもしれません。だって、二人の気持ちが合わさったものなのですから。
 最後の二つの花が仲良く揺れるシーンは、そのまま二人のその後を暗示してると信じたいですね。 

3『花屋の薫君』

 きました表題作。これは作ったのがあまりにも昔過ぎて、裏話もなにも出てこないですね。正直、数か月前に書いた他の作品のことを思い出すのすら難しいぐらいので……。

ざっくり人物紹介

七花 薫 通称:薫君 名前のモチーフは「花」
 ついに本性を現した本作の主人公。「スズラン事件」の実行犯

三ノ宮 香菜子 警察官 名前のモチーフは「香」
 姉を奪った「スズラン事件」の犯人を追っている。

一色 尊琉 薫君達が住む都市の市長。警察に市議会予算の不正を疑われている。
 薫君の共犯者であり、彼を守るためには手段を選ばない。

二郷 幹也 香菜子の上司の警察官。名前のモチーフは「幹」
 市長の不正疑惑を追っている。妻には逆らえない。

四戸 実乃里 精神科の医師。
 薫君の主治医で、窃盗癖の治療を担当している。
 香奈美の親友で、彼女の命日に花束を送ろうと考える。

五十嵐 葉月 中学三年生。名前のモチーフは「葉」
 薫君にお熱な少女。バレー部でスパイカーとして活躍中。

六条 綾芽 中学三年生。名前のモチーフは「芽」葉月のストッパー役。口調のモデルは某L5作品の三影ミカちゃんだった。

三ノ宮 香奈美 香菜子の姉。名前のモチーフは「香」
 薫君にとっては初めて名前を呼んでくれた人。
 尊琉にとっては愛すべき世界そのもの。

 私はこの作品を書いた後に他の作品を書いたのでそこまで感じることはありませんでしたが、普通に読んでくださってる方からすれば、今までのオールスター作品になってますね。これは少しアツいかも。

 『花屋の薫君』誕生までのいきさつと末路はあとがきで書かせていただいているので割愛するとして、それでもこのボツ作に再び日の目をみるチャンスを与えてくださった法田さんには感謝しかありません。本当にありがとうございました。
 裏話といえば、『花屋の薫君』にはモデル作品があるということぐらいですかね。タイトルは伏せさせていただきますが、当時一緒に演劇サークルに所属していた方のなかに漫研も兼部していた凄い方がいまして、その人の漫画作品がモデルになっています。
 ざっくりと解説すると、無口な男の子クモリ君と明るく社交的なアラシ君という二人の登場人物がいて、二人は仲良しです。しかし、クモリ君はどんなときも一言も喋りません。クモリ君が喋らない言葉はアラシ君が代弁して生活しています。二人の日常が続く中、最終シーン、アラシ君がクモリ君にキスをします。すると場面が過去の情景に切り替わり、血みどろのクモリ君と、そんな彼の口をキスで塞ぐアラシ君が映ります。どうやらクモリ君は殺人を犯してしまったようです。呆然とするクモリ君にアラシ君は「俺たちは共犯者だ」といって、物語は終わります。
 共犯という歪な関係で、お互いに寄り添いながら生きる二人。薫君と尊琉の関係はこの二人を参考にしています。作者のRさんにモデルにしたことを伝えてから『花屋の薫君』を読んでもらったところ、「途中まで、薫君と尊琉さんが付き合ってると思ってた」と言われました。なるほど、モデルはBLとして作ったらしいのでそう見えるのかも。騙して申し訳ないです。最終的に、男二人、女一人の三人組になったのは、完全に私の好みですね。昔から二人組より三人組が好きなんです。関係性がより深くなって面白くなると思っています。

 花の話をしましょう。『花屋の薫君』には多くの花が出てきます。
 「バラ」「スズラン」「勿忘草」「藤」「ネモフィラ」「キブシ」、それと名もなき花達も合わせるともっとですね。
 バラは幹也が妻に愛を伝えるための花。花言葉は有名な「あなたを愛しています」です。
 本当に、幹也さんは少し抜けてるところがお茶目で愛おしいです。それでも、仕事をはじめ、何もかもにまっすぐ幹也さんだからこそ、ストレートな愛の言葉を持つバラの花が似合いますね。


 スズランは香奈美の花です。「純粋」や「純潔」はまさに彼女を現す言葉で、そんな彼女だからこそ、薫君は救われたのだと思います。彼女は最期「幸福の再来」という花言葉を薫君に伝えましたが、これは見事に予言となり、叶うことになります。そういえば、私はスズランに毒があることをこの話を書くまで知りませんでしたが、あの見た目で毒持ちって怖すぎますね。スズランを部屋に飾っていて、気づかないうちに花粉が落ちた食事を食べて毒が回った話を聞いて震えていました。
 香奈美の殺し方については結構悩んだのですが、花を食べるというのは絵的にも美しくて個人的には納得できる最期だったのかなと思っています。ただ、おかげさまで謎の不治の病が出てきてしまいました。無症状で余命半年ってどんな恐ろしい病気なのか……。


 残りの、藤、ネモフィラ、キブシは過去編に登場する花達です。藤は『今、カスミソウは手折られた』で、ネモフィラは『薫君の花屋』でそれぞれ回収させてもらいました。こちらも花言葉を隠した花ですので、それぞれの物語の項目で取り上げようと思います。
 キブシはこのシリーズには珍しい樹木です。花言葉は「出会い」「待ち合わせ」。本当は、出会いの意味を持つ切り花にしたかったのですが、なかなか該当する植物が見つからず、雑誌の写真という扱いになっています。ちなみに、他の花言葉として「嘘」というのもあるんだとか……。このタイミングで「嘘」となるとなかなか意味深だなあ。


 そして最後は「勿忘草」。今までいろいろな人に花を送ってきた薫君の、彼自身の花です。
 花言葉はこれまた有名な「私を忘れないで」。人々から忘れられたまま生きていた薫君の心の悲鳴です。香菜子のことを知らなかったとはいえ、香奈美宛ての花束にうっかりこの花を入れてしまうあたり、彼の苦しみは相当のものだったのではないかと思います。
 そしてもう一つ、勿忘草にはある伝説があるそうです。(ネット調べ)
 時は中世ドイツ。一組の恋人がいて、男の方が女のために花を摘もうとします。しかし、花は急流の中に咲いており、男は急流に巻き込まれてしまいます。死の直前、男は摘んだ花を岸へと投げ、「僕を忘れないで!(Vergiss-mein-nicht!)」と叫びました。女はその言葉を守って、男が摘んだ花を頭に飾り、一生彼を想い続けたとのことです。
 そのときの花が勿忘草なのですが、香奈美が花飾りを薫君に送ったのはこの伝説をイメージした展開です。薫君は頭に花飾りを飾ることはできませんが、一生花屋の引き出しのなかで大事に保管するでしょう。「私を忘れないで」は薫君の言葉であると同時に、香奈美の言葉でもあるのかもしれないです。

 花以外の要素としては、登場人物もお気に入りの子がたくさんいます。
 特に、薫君、尊琉、香菜子の三人はメインとして動いてもらったので、いろいろと悩んだ記憶があります。今になると笑ってしまうのですが、書いていた当時は、薫君と香菜子がいい感じ(恋愛的な意味で)になってくれたらいいなあと思っていました。尊琉には永遠に香奈美の幻影を追ってもらうつもりでした。それが蓋をあけたらこれだからなあ。理由はいくつか考えられますが、多分最大の要因は、法田さんの『アネモネに秘匿する』だったと思います。薫君に純粋すぎる恋慕を向ける葉月や、その葉月をみて悩む太一を見せられては……ねえ? 基本的に意志が弱く、すぐにパラレルワールドを創造してしまう人間としては、年の差も悪くないなと納得させられてしまいました。法田さんの年の差の破壊力は凄いので当然の結果なんですけどね。
 書き手としては、葉月を、薫君に惚れる女の子という記号を描くためのモブAとしか認識していなかったので、まさか彼女があそこまで生き生きする日が来るとはと感動してしまったのも覚えています。もちろん、葉月の恋が実るビジョンも全く想定していなかったのですが、これはわからないな……。もしかしたらもしかするなんてこともあるかもしれない。新たな可能性を生み出してくださった法田さんに感謝。
 そもそも、薫君と香菜子がお似合いかといわれると、可もなく不可もなくという気がします。薫君にとって香菜子は恋愛対象というより、自分を正しく導いてくれた先生、もしくは、親のような存在でしょうから。対等に恋人やってる光景はあまり想像できないかもしれないです。どちらかというと、香菜子には尊琉のような優秀でヤバい男が似合いますね。兄弟姉妹は好みが似るという話も聞いたことがありますし、尊琉なら元恋人の妹という禁忌的なシチュエーションも破壊してくれそう。ここだけの話、ページ数が許すなら、この二人の話も書きたかったです。かつてないほど愛した女と決別して新たな恋を始めようと決意する男と、大事な人を奪った男に惹かれてしまう自分に悩む女の話。うーん、地獄絵図。
 あと珍しい人物設定でいえば、薫君の窃盗癖ぐらいですかね。一応、少し調べて書くようにはしているのですが、なにしろ心理学とか全くわからない人間が書いているので、不快な思いなどされた方がいるなら申し訳ないです。この場を借りて謝罪します。
 初めて知ったのですが、窃盗癖持ちの人をクレプトマニアというそうです。なんだかそういうと格好よくすら聞こえる不思議。サイコパスとかと同じですね。長い横文字は苦手ですし、その異能力者感(伝わってほしい)が出てほしくなかったので、今回その言葉は使いませんでした。やはりあれは誰がどう言おうと、薫君にとっては忌むべき悪癖なので。
 そういや、今まで書いた作品で、主人公が犯罪者という設定は初めてなんです。どんな人生送ってきたんでしょう。私的には、ずっと自宅で半軟禁生活だったのかなあとか妄想しています。隣の部屋からは父親、母親と弟の笑い声が聞こえてくるのに、自分は自室から出られないみたいな……あ、薫君には弟がいるんですよね。なんでこんな恰好のネタを逃したんだろう。成長した弟が薫君に会いにくる話、読みたいなあ。
 
 しかし、いつみても演劇の脚本としてはなんともいえない出来ですよね。どうやって演じるんだみたいなシーンがいくつもありますし、そもそも薫君の雰囲気って現実の人間で再現可能なんですか……? 脳内イメージは完全にアニメ絵なんですけど……。
 そんなボツ作をなんで本に載せたんだという話ですが、もちろん、私も改良を考えました。題して「『花屋の薫君』ノベライズ計画! 」まあ、結果はみての通り、駄目だったんですけどね。
 理由はとても簡単です。視点が定まりませんでした。演劇の脚本は観客の視点なのですが、小説で再構成するとなると、語り手を定めないといけません。もちろん、神の視点で書くという手もあるのですが、私の技量では、たとえ三人称でも、メインで視点を寄せる人物を置かないと、展開がこんがらがってわけがわからなくなってしまいます。今作の場合は、薫君と香菜子どちらをメインにすればいいのか決めきれず、無念のノベライズ断念という形になりました。
 え、だって難しくないですか? 薫君にメインの視点を置くと、香菜子と実乃里や幹也とのやりとりが書きにくいですし、香菜子にメインの視点を置くと、薫君と尊琉の会話が書けない。作中で視点転換も考えたんですけど、上手く書ける自信がなかったんですよね。(○○side)みたいな構成、二次創作などでよく見ますけど、あれはきちんと物語世界を作らないと書けないと思います。二面から書くと単純計算で文字数も二倍ですし、ただでさえぎりぎりのページ数のなか、さすがにそんな真似はできませんでした。もし良い方法をお持ちの方がいたら是非教えてください。心の底から割と切実にお待ちしています。

4『今、カスミ草は手折られた』
 これはいわゆる過去編です。私は物語の過去編を考えるのがとても好きなので、この作品が収録されるのはもはや必然だったと思います。法田さんとの担当決めの際にも、真っ先に過去編は自分で書きたいと口走ったような人間なので。

ざっくり人物紹介

一色 尊琉 香奈美を殺害した薫君をかばって逃亡の旅へ出る。
 愛するものを失ったショックで、世界がジオラマにしかみえない病にかかる。

浜名 鈴音 尊琉が出会った幼い少女。
 名前のモチーフは「ハマナス」と「スズラン」
  町に新しくできた花屋に行きたいとせがむが……。

花屋の店主 港町で花屋を営む冴えない中年。
 優男のような風貌で頼りないが 花を扱う技術は一級品。     

七花 薫 香奈美を殺害してしまったことで尊琉とともに逃亡を続ける。
 事件をきっかけに心を病み、 満足にベッドから出ることもできなくなっている。

 先に述べた通り、最初はノリノリで書きたいと宣言した作品だったのですが、実に難産でした。そもそも、私が書くつもりだった過去編とは、薫君、尊琉、香奈美の三人の話であり、こんなはずではなかったんです。ただ、書き上げた今となっては、結構愛着ある作品になりました。もしかしたら、今回書いたもののなかで一番好きかもしれません。
 
 今作の語り手は尊琉です。またこいつかと思われてしまうかもしれませんが、本当に私は彼ばかり書いていたような気がします。法田さんのパートでは一度も登場しないにも関わらず、私のパートでは薫君を除いて唯一の皆勤賞ですからね。書き終えてみると、書いていて一番楽しかったのも彼だったように思います。彼のようになんでも持っているような顔をしている人間が、実は何よりも大きな喪失を抱えているのが大好きです。
 先に述べた通り、はじめは、薫君や香奈美と幸せな生活を送る尊琉の物語を書く予定でした。しかし、いざ構成を考えはじめてみると、どうしても『花屋の薫君』以上の内容に膨らまず、一つの作品として成り立たせるのが困難だとわかってしまいました。初期案は没。当初の指針を見失い、何を書こうかと悩む日々。もやもやとしながら片道十分の通勤路を歩いていたとき、ふと気づきました。
 あれ、寒くない。
 時期は冬に差し掛かる頃です。いつもは冷え始めた外の空気に震えながら出勤していたのですが、その日は太陽の日差しが眩しいばかりで、暑くも寒くも感じられない日でした。それだけではありません。近くの工事現場から聞こえてくる音も、見上げた先の青空や雲も、なんだか自分の一つ外側にあるような気がします。それはまるで、自分が薄い膜で覆われているような、外のものが何一つ自分に届かないという感覚で、膜を通して見る世界は全てが作り物のジオラマのようでした。
 その非現実な感覚に「あ、これを書こう」という考えがもたげ、その瞬間、動かなかった物語世界が急展開をはじめました。愛するものを亡くしたことで、自身の感覚を死なせてしまって彷徨う尊琉の物語にしよう。そして、それが救われて、一歩前へと踏み出せるようになる話にしよう。そこまで決まれば、あとは結末です。過去編として物語を深くするために求められていることは何か。一歩踏み出した尊琉がすることは何なのか。いろいろ考えた結果、花屋誕生のきっかけにつなぐことにしました。感覚が死んでいるという設定と、ラストの「なあ、薫。花屋をしないか」というセリフ。この二つが『今、カスミソウは手折られた』の展開の原点になっています。おかげさまで、尊琉も薫君も私が想像していた以上に心を病んでしまっていることが発覚して驚きました。まさか、薫君、あんなことになっていたなんて知らなかったよ。(設定組んだのは自分なんですが……)

 対役の鈴音も最初は登場する予定がなく、全編尊琉のモノローグで作るつもりだったのですが、あまりにものつまらなさと下手さに断念しました。結果的に、ここで諦めたのは英断だったと思います。絶対途中で心折れてた。心の荒んだ男と組み合わせるのは幼女だろうという漠然としたお決まり感が自分のなかにあるのですが、どこからのイメージかはわかりません。
 そして、そういう幼女には闇があるというのもお約束のような気がしますが、どこのお約束なのかは知りません。鈴音は幽霊なので、瞬間移動したり、町の人なら大体わかるはずなのに、買い物にきている地元民をお客さん(=よそ者)と感じていたり(鈴音が知っている町民の情報は二十年前で止まっています)など、ところどころで事実や発言と矛盾した動作を入れてみたのですが、そんなことをしなくても、海で失踪した少女の看板で全部察したと、ある人に言われてしまいました。聡すぎるのも難点では……いや、私の表現が下手すぎるだけなのか。
 そんな鈴音の名前は「ハマナス」と香奈美の花である「スズラン」からとりました。
 「ハマナス」は浜辺で咲く花なので、港町で生きた少女の名前としてよいかなと考えました。また、この花はすぐに散ってしまう一日花であり、短命な少女という設定にも似合うのかなと思っています。花言葉はいろいろありますが、今回意味づけをするなら「悲しくそして美しく」や「美しい悲しみ」などです。
 「スズラン」は『花屋の薫君』でおなじみの花ですが、スズランの花がベルのようにみえることから、音という単語をつけ足した名前になりました。尊琉にとっては、鈴音も救えなかった存在。第二の香奈美という意味を込めて、この花を名前に仕込みました。あえてトラウマを抉っていくあたり、我ながら趣味が悪すぎて引きます。

 もう一人の登場人物である花屋の店主は、花屋誕生のきっかけになってもらうために登場してもらいました。女性でもよかったのですが、薫君と重ねやすくするように男性として設定。今思うと、この人がいないと尊琉は花屋を作ることを思いつかなかったので、物語におけるかなりのキーマンと呼ぶことができるでしょう。名前ぐらいつけてあげてもよかったかもしれません。
 ちなみに、店主がカスミソウの花束を作る場面は「初めての子供を抱き上げる父親」→「花嫁のヴェール」→「花束を見つめ、ほんの少しだけ眉を下げる」→手渡す。となっていて、子供が生まれ育ち、最高の相手と結ばれ旅立っていくのを見送るという一つの流れを意識しています。そのため、店主は花を「子」と表現します。この表現は『百八本のチューリップよりも』で薫君も述べていて、薫君と店主が直接会うことはありませんが、店主の意志が薫君に引き継がれていることがわかるようにしたいと思って入れた表現でした。あと、このとき店主が述べた「本当の意味で咲くこと」論は、私がこの作品集を通して描きたかった花の形で、ここでまさかセリフとして書くことができるとは思いませんでした。書けてよかったです。

 この辺で花の話にいきましょう。主役であるカスミソウの花言葉は作中で述べた通りです。「夢見心地」というのは、いい意味にも使えますが、今回は少し皮肉じみた意味にしました。香奈美の記憶も鈴音の存在も全て幻、尊琉は夢見心地のまま生きている。
 それを振り払うため、最後、尊琉はカスミソウを海に投げ捨てますが、この光景のイメージはアニメポケモンのサントアンヌ号沈没回からきてます。何年前だよという回ですし、海に花を投げ入れるというのは割とよくあるシチュエーションなのかなと思うので、特に強いこだわりがあるというわけではないのですが、白い花と青い海の組み合わせは美しいですね。あと水葬を連想するのも、鈴音を見送る場面としてはよかったのかなと思います。
 それ以外で登場したのが「藤」で、『花屋の薫君』で香奈美が尊琉と薫君を誘って見に行こうとしていた花です。花言葉は「恋に酔う」「決して離さない」。そこはかとなく漂うヤンデレ感が愛の重さを感じさせます。このあたりの尊琉のモノローグは、実はあまり考えずに書いた部分で、脳内の尊琉が勝手に喋ってくれたという感覚が近いのですが、改めて読むとめちゃくちゃ重いですよね。執筆中「愛すべき世界そのもの」なんて言葉が画面上に浮かんだとき、思わず悲鳴をあげそうになりました。

 終盤、鈴音が消えた後、感覚を取り戻し狂ったように笑う尊琉のシーンは、できるだけ鮮明に情景を想像してもらえるように願いながら書きました。でも、景色が浮かぶ情景描写や感覚に訴えるような痛みの描写って凄く難しいですね。あと、ここでの「悲しいくらいにどうしようもなく、今、彼は生きているから」はかなりお気に入りの表現で、悲しいと生を結びつけるのが、どうしようもなく駄目だなあと思ってしまいます。生きてくれよ。お願いだから。
 それでも、カスミソウを一輪持って帰ってしまうあたり、尊琉も完全に夢(香奈美や鈴音)を捨てきれていないのでしょう。
 帰った先のホテルで尊琉は薫君と再会します。薫君が頭まで布団を被るのは、周囲から自分を隠し、守るためであり、逃亡を始める前からの癖だったという設定です。実家で暮らしていたときは、そうすることで周りの音を遮断し、襲いくる孤独に耐えていたのかもしれません。というのも間違いではないのですが、実際は、今まで見えなかった瞳が表れ、それがここまでの作品の薫君とは似ても似つかないものだったというびっくり展開がやりたかったため、布団に幕の役割をお願いしたという感じです。
 悪夢にとらわれ、思考を止めて、ただ呼吸だけをしながら生きている。そんな薫君を引きずり出してでも、尊琉にはやらなければならないことがあった。最後の尊琉のモノローグは、彼が再び一歩を踏み出した証であり、薫君を守るためなら手段を選ばないという、恐ろしい共犯者としての誕生の瞬間です。

5『薫君の花屋』
 長かった作品解説も最後ですね。本作は『花屋の薫君』の五年後の世界。これまでの六作の終着点であり、今まで皆に花を贈ってきた薫君が花を贈られる話になっています。

ざっくり人物紹介

七花 薫 服役から戻ってきた花屋の店主。 
大切な仲間と帰る場所と生きる勇気を持った彼は、もう無敵である。

一色 尊琉 薫君達が住む町の元市長。
すでに服役を終え、今は香菜子と生活している。

二郷 幹也 警察官。
 五年で昇進して、いつも仕事に一直線。 妻には未だに逆らえない。

二郷 梓 小学校中学年ぐらいの少女。
 まだ人見知りはあるが、母親に似て賢く成長した。

四戸 実乃里 精神科の医師。
 薫君が戻った後は、 また二人三脚で治療に取り組むことになりそう。

五十嵐 葉月 大学二年生。農学部。
 未だに薫君にお熱な女性。  最近は学校の畑で実習を積むのが楽しい。

六条 綾芽 大学二年生。薬学部。
 進学先はこのあたりでは有名な総合大学であり、今でも葉月や太一と同じ学校に通っている。

桂 太一 大学二年生。経済学部。
 薫君に素直になれないのはちょぴりのジェラシーのせい。

三ノ宮 香菜子 警察官。
  「スズラン事件」が解決したとはいえ、 彼女の警察人生はまだまだこれから。尊琉との関係は謎。

三ノ宮 香奈美 香菜子の姉。
 とうとう薫君は自分の居場所を掴み取った。 彼女もようやく成仏できることでしょう。

 私は、この作品集のクライマックスはあくまでも『花屋の薫君』だと考えています。その後に続く『今、カスミソウは手折られた』は過去編。そしてこの『薫君の花屋』はエピローグのようなものだと思っていただければと思います。
 エピローグを書くにあたって決めていたことは、一、登場人物がみんな花屋に来てくれる展開を入れること。二、ハッピーエンドにすること。の二つだけでした。というより、それだけで十分だったのです。帰ってきた薫君が今まで花を贈ってきた人たちに受け入れられ、真の意味でこの町の花屋の店主になるための物語に、それ以上はいらなかった。
 ……そのはずだったのですが、語りたい欲求に耐えられず、序盤は尊琉との再会について延々と語る場面が続いてしまいました。結局、四作品を通して薫君以上にこの人を書いた気がします。準主人公だからで通じる域はとうに越えてますね。
 読み進めるとわかってくださると思うのですが、尊琉が乗っている車は香菜子のものです。個人的にフローラル系と柑橘系の芳香剤は対になっていると思っていて、私のなかでは、フローラルが香奈美だと述べた瞬間に、香菜子は柑橘だと決まってしまうんですよね。この感覚わかってくださる人、他にいるのだろうか。
 
 花屋についた後は、登場人物達の五年後の姿をとても楽しく書かせていただきました。過去編を考えるのが好きな私ですが、未来編を考えるのも同じぐらい胸が踊ります。普段やらない詳細な服装描写までしているのは、建前上は、彼らが成長したことを明確に伝えるためという理由がありますが、本音の部分は自分が楽しいからです。特に葉月のシュシュはこだわりポイントで『アネモネに秘匿する』で中学生の葉月が薫君に会う時のみつけていたお気に入りのピン留めと同じ柄にしています。つまり、葉月は今でも薫君のことが好きなんでしょう。どこまでも一途で薫君にはもったいないぐらいです。でも、なんだかんだ言いつつ、こんな描写入れてる時点で、薫君と葉月の組み合わせに納得しているようなものですね。法田さんが書く男女はフォーエバー。
 綾芽がモード系になってたり、太一に白シャツ着せてたりするのも趣味全開という感じです。イケメン男子大学生=白シャツのイメージがあるので、太一は格好よく育ったということなんでしょう。太一と葉月の組み合わせも好きなので、またパラレルワールド作ってしまいそうです。
 それにしても、この学生三人組は本当に書いていて楽しかったですね。葉月みたいな少女はもとから書きやすい方ですし、葉月を中心にした三人のかけあいは放っておくと永遠に書き続けてしまいそうでした。例えば、尊琉が三人を怒鳴ったという過去の場面は、『百八本のチューリップよりも』のときの尊琉の精神状態を間接的に描こうとして入れたのですが、結果として、三人の連携攻撃が尊琉を慌てさせる展開になりました。彼女たちは大人に負けない強い子達です。
 一つ心残りがあるとすれば、早苗さんが出せなかったことですね。実は『薫君の花屋』を書いたときは『釣鐘草は鳴り響く』のみ未読の状態だったんです。というより、私が『釣鐘草は鳴り響く』を読んだのは編集作業が終わった後なので、あの作品に関しては、ほとんど一般読者なんですよね。タイミング的に仕方なかったとはいえ、早苗さんのことが好きなので、少し悔しいです。
 ただ、私が他の作品で書けなかった幹也は書くことができました。それだけでなく、『小さな真心にカーネーション』で登場した梓まで書かせていただけて、とても楽しかったです。快く梓の登場を認めてくださった法田さんに何度目かわからない感謝を。梓は鈴音とは少し違うタイプの少女で、普段書かないタイプの子だったのですが、それも新鮮でよかったですね。
 実乃里と尊琉が仲良くしているのも時の流れを感じます。尊琉は実乃里に白いチューリップ渡せたんですかね……渡さなくても通じ合ったのかもしれませんが。そういえば、ところどころ実乃里の口調が敬語調になってしまっているのは完全にミスです。二版とか出るなら絶対に修正したいポイントですね。ちなみに第二版の予定は全くありません。
 
 ただし、全員集合編を作るとしても、その場に香菜子は出さないことに決めていました。やはり、彼女の薫君に対する感情は、他の人たちとは異なるものだと思うので。しかし、香菜子も薫君の花束を受け取った人間であり、そうでなくても、本来、正義感が強く人情に厚い人なので、薫君の帰ってくる場所を誰よりも守りたがるのも彼女なのかなあと考えていました。お姉さんとの約束もありますしね。
 では、どうやって彼女の気持ちを薫君に伝えようかと考えたところ、ここはやはり花しかないだろうと。最初は花屋に集まった皆から花を贈るという展開を予定していたのですが、皆には少し我慢してもらって、最後の大役を彼女に任せることにしました。
 そんな香菜子が選んだ花、そして、作品最後に登場する花は「ネモフィラ」です。
 藤と同じように、香奈美が薫君や尊琉と見る花として選んだ花ですが、香菜子はその事実を知らないはずなので、その思い出を意識したのではなく、彼女自身の意志で選んだということになります。香奈美も香菜子も同じ花を選ぶあたり姉妹だなと思わざるをえません。しかし、ネモフィラの凛とした青は実に香菜子らしいと思いますし、彼女の花としても似合うものなのではないでしょうか。
 さて、ネモフィラの花言葉ですが、作中で尊琉と葉月が言及してくれています。「どこでも成功」と「荘厳」「可憐」個人的にはどれも香菜子らしいと思います。ちなみに、ここで葉月に花言葉を言わせたのは、『花屋の薫君』のときにスズランの花言葉を言えなかった彼女が勉強し、花言葉に詳しくなっていることを表現するためでした。着々と薫君の隣を狙っている感じがしますね。努力家で可愛いです。
 しかし、薫君は二人の話を聞いて「彼女が本当に花にのせたかった想いは別のところにある気がしていた」とモノローグで語ります。実はその通りでネモフィラにはまた別の花言葉があります。それは、

「あなたを許す」

 決して手放しで褒められるものではない薫君の人生にとって、許しというのは最大の救いになると思います。そして、許すことは香菜子を「スズラン事件」から解放することにもつながります。ネモフィラを通して二人はようやく救われるのです。人々の想いをのせつづけた花は、最後には二人の人間を闇から引きずり上げるほどの力を持つようになった。空っぽだった薫君が花に注いできた愛情が、ようやく、何倍にもなって返ってきたということなのかもしれません。
 花は人を裏切らない。そして、人は人を愛することができます。最後に皆が薫君に言葉を贈る場面は、皆の愛情を感じていただければと思って書きました。薫君の成長に感極まる実乃里も、喜びに包まれる葉月も、葉月の喜びを自分のものとして享受できる綾芽も、素直になれない太一も、背中を押す幹也も、また今度を約束する梓も、皆それぞれの気持ちで薫君と花屋を愛しています。そして、尊琉から門出を祝われ、香奈美からは帰還を喜ばれる。この二人も薫君が前を向いたことで、ようやく過去から解放されるのでしょう。もう二度と、悲しみと生きることを結びつけるような人間にはなるなよ。
 ちなみに、本の背表紙に青い花が描かれているのはお気づきでしょうか。これ、ネモフィラのイメージなんです。実は、彼らが救われることは背表紙の時点で決定づけられていたというわけですね。さすが法田さん良い仕事をしますね!

 最後にタイトルの話をします。
 この作品集に収録されている作品は、一部を除きタイトルに花の名前が入っています。これは目次で花束を作りたいということから生まれた縛りで、狙い通り、華やかなタイトルが並ぶ目次になったと思います。
 そして、文フリ当日にブースに来てくださった方はご存じかもしれませんが、販売ブースにも造花の花束を置かせてもらいました。100円ショップや雑貨店をはしごして造花を集め、法田さんと手作りしたのですが、この花束に入っている花は作中に登場したものです。まさに、作品を束ねて作った花束が現実の世界に抜け出してきたような感じです。まさか、実体を伴うようになるとは思っていなかったので感動もひとしおでした。一緒に閉店直前の100均に走ってくださった法田さん、ありがとうございました。あれはいい思い出になりましたね。
 
 それに対して、表題作とエピローグには花の名前が入っていません。『花屋の薫君』は最初につけたタイトルをそのまま使用しており、エピローグのタイトルは『薫君の花屋』です。これは作品集を作る前から決めていたタイトルでした。もし『花屋の薫君』の続きを書くことがあれば、そのタイトルは『薫君の花屋』にしようと思っていたのです。
 語順って難しいですけど、奥深いと思います。私が好きな漫画に『ポケットモンスターSPECIAL』というのがあるのですが、作品中のある章のタイトルがとても面白いのです。
 この章は、ダイヤモンドとパールという少年が登場する物語なのですが、第一話に「パールとダイヤ」、最終話に「ダイヤとパール」というサブタイトルがつけられています。のんびり屋で食いしん坊のダイヤモンドを、しっかり者で少しせっかちなパールが引っ張るという関係性の二人は、いくつもの試練を経て、真に対等なコンビになっていきます。最初は「パールとダイヤ」だった二人が、最終話で「ダイヤとパール」になる。いや、一話との反復表現であることを考慮すると、二人は「パールとダイヤ」であり「ダイヤとパール」であると考えるのが適切かもしれません。語順を入れ替えただけでここまで二人の成長が表現できるのかと感動した記憶があります。今回、その表現を真似してこのタイトルを決めました。
 『花屋の薫君』は、数ある花屋で働く従業員のうちの一人、薫君。という意味ですが、『薫君の花屋』になると、薫君が働く唯一無二の花屋。という意味に変わると思います。この作品集は薫君が自分の居場所を見つけるための物語でもあるため、その最終話のタイトルとして『薫君の花屋』というのはなかなか悪くないのではないでしょうか。(またもや自画自賛)

6まとめ
 うーん、長かったですね。語りたかったことは全て書き殴ったような、でも何かまだ足りないような。多分、完全に満足するなんてことは、永遠にないんだと思います。それは『花屋の薫君』にかぎった話ではなく、他の作品について話しても同じなのでしょう。
 そもそも、この『花屋の薫君』は合同短編集なので、これで全てではありません。法田さんが書かれた珠玉の三作も収録されています。
 幹也の少し抜けているけど真摯な父親像と梓の健気さが微笑ましい。『小さな真心にカーネーション』
 青春ど真ん中の少女達の葛藤と許しの物語。そして葉月の恋心がどこまでも眩しい『アネモネに秘匿する』
 痛みを負った女性が、その痛みと向き合って一つ殻を破るまでのお話『釣鐘草は鳴り響く』
 どれもこれも、読むと心が揺さぶられます。むしろこっちがメインかもしれない。
 あ、ちょっと興味わきました?わきましたよね?わいたね(断定)そんな方に朗報です。
 なんと現在『花屋の薫君』はBOOTHで通販販売中なのです! 会場来なくても、イベントまで待たなくても買えるよ。やったね!
 ここまで長々と語ってきた作品たちと、法田さんの最高の作品たちが掲載された『花屋の薫君』は、全202ページ、800円になっています。
 購入は、以下のリンクから!安心BOOTH設定にも対応しているので、個人情報開示の必要はありません。ありがたいですね。

 https://namiro-11.booth.pm/
 (法田さんのサークル 波色水晶さんのBOOTH)
 (注文管理や発送は全て法田さんにお願いしております。いつもありがとうございます。) 


 薫君の花屋には、今日もたくさんの想いを持った人が訪れます。感謝、後悔、恋心、懺悔。それら強い想いと花を結びつけることで、本当の意味で花を咲かせる薫君は、一種の魔法使いのような存在なのかもしれません。今日もどこかで、花の力が人と人を、そして人と薫君を結んでいることを願いながら、筆を置かせていただきたいと思います。
 では最後に、あとがきでも書かせていただきました登場人物達のイメージフラワー(?)を紹介して終わりといたします。最後まで読んでくださりありがとうございました。

 イメージフラワー

七花 薫  勿忘草            「私を忘れないで」   

一色 尊琉   チューリップ(白)   「失われた愛」「ask for forgiveness」 

三ノ宮 香菜子 ネモフィラ       「どこでも成功」「荘厳」       「可憐」「あなたを許す」

二郷 幹也   バラ(赤)       「あなたを愛しています」

四戸 実乃里  マーガレット(ピンク) 「真実の愛」

五十嵐 葉月  アネモネ        「私を見捨てた」「あなたを信じて待つ」
法田さん出題のクイズの花 :「???」

六条 綾芽 特になし。綾芽と花の話は書けなかったのが心残りです。

三ノ宮 香奈美 スズラン        「純粋」「純潔」「幸福の再来」

圭       チューリップ(赤)   「愛の告白」

浜名 鈴音   カスミソウ               「夢見心地」




 

 

     

 


 


 


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