とんかつを食べに行った話

仕事終わり、とんかつを食べに行った。今日はちょっとだけ早く家に帰った。電気屋さんが家に来て作業するからだ。新居のシーリングライトを家電量販店で買ってきたが点かないで困っている。電気屋さんが部屋に入り作業をしてくれる。電話で遅い時間の作業をお願いすると明らかにテンションが下がっていた。でも作業自体は懇切丁寧なのでかえって好感が持てる。やる気のない仕事ができる人が好きだ。作業は今日中には終わらなかった。入居した建物が古すぎて天井に張り付いたライトの根っこを取り換える必要があるためだ。電気屋さんが次回新しい根っこを持ってきてくれるらしい。遅い時間に対応していただいたお礼に芋けんぴを渡した。最初は断られたが自分も余らせて困ってると伝えると受け取ってくれた。時刻は20時過ぎ、お腹がすいた。こないだ散歩で見つけたとんかつ屋に行ってみることにした。
店に入ると、小柄なおじさんがせかせか動いていた。一人で切り盛りしてるのだろう。カウンターと二人掛けの机が2つ、奥に小上がりが1つのあまり綺麗ではない店内。直感で自分はこのお店のことが好きだと思った。カウンターには練習終わりであろうスポーツ大学生が二人座っていた。僕が一生辿り着けないバズーカみたいな太ももをしていた。700円のとんかつ定食を頼む。ロースかつにしても800円だ。壁にはびっしりサッカー選手や名門大学の部活主将などのサインが貼ってあった。このお店はずっと彼らとその太ももを育ててきたのだろう。とても信頼がおける。持ってきた文庫本を読む気になれないうちにとんかつ定食が運ばれてくる。ごはんに味噌汁お漬物、どっしりとしたキャベツにパセリ、レモン、縦に8つ切ったとんかつ。最高だ、とんかつの下にはマカロニサラダが隠れている。インスタで見る蓋が閉じられないほど大きいかつ丼に憧れを抱くこともあるが、本当の幸せは700円のとんかつ定食だと思う。まずはキャベツを崩す。とんかつを何も付けず食べてみる。ちゃんと脂があっておいしい。とんかつ定食で一番味が濃いのはお漬物である。ごはんがすすむ。そろそろソースをかけてみる。テーブル端の調味料には壺に入ったソースと残りが少ない醤油が置いてあった。僕は思わず納得した。そうだよな、とんかつ屋で醤油使うことはあまり無いもんな。ここがチェーン店だったら残りが少ない醤油は必ず継ぎ足される。開店前、閉店後、捨てたり足したり一定の決まった量を。それがこのとんかつ屋では放置されてるのだ。なぜならとんかつに醤油はそんなに必要ないから。ただ、醤油を撤去してしまうのは違うのだ。醤油がある自由な状態を残しつつ、そんなに重要度が高くないから放置されてる、このバランスが最高なのだ。目の前の100円タッパーに入れられた練りからしにしてもそうだ。プラスチックの小袋に入ったものや、チューブでは味気ない。だが、お皿の横にわざわざ付けてもらうのも手間だ。そもそも、からしを使いたい量なんて人によって異なるし、無くていい人もいる。ちょっと汚らしいタッパー練がらしが1番良いのだ。自分の範囲で工夫している。環境保全とかSDGsとかとも異なる第3のエコロジーではないだろうか。無駄がない。時刻は9時前、店にいる客も自分一人になっていた。ごちそうさまでしたと言いながら会計に席を立つ。ちょうどおじさんが前の机の食べ終わった皿を厨房へ持って行こうとしていた。お皿を机に戻してお会計してくれるおじさん。こういうところもいい。ありがとうございましたとお釣りを渡すおじさん。自分もおじさんと同じトーンで返す。とてもいい晩御飯だった。そんなに広くない店を出る。おじさんが条件反射のようにありがとうございましたと言う。それに応える。本当はおやすみなさいとおじさんに言いたかった。さすがに、初対面のおじさんにおやすみなさいは違うか。次はおやすみなさいを言うためにとんかつを食べに行きたい。もっと東京に慣れていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?