見出し画像

終末期せん妄は戻らない、だからできることがある

今回の記事はやや医療者向けの内容となります。

6/18-19に開催された日本緩和医療学会学術集会において、MDアンダーソンがんセンターのDavid Hui先生による「終末期せん妄」の講演が行われた。
ここでは、その講演内容について、僕個人のコメントも挟みながら記録を残しておきたい。

まず「終末期せん妄」の定義だが、死の直前(1週間~数日)において発生する「不可逆的な意識障害」のこと。この「不可逆的」というのがポイントで、せん妄を起こす原因を取り除いたり、何らかの薬物治療で元に戻るのは「終末期せん妄」ではない。
これは僕自身もたくさん経験があるが、若いころは「終末期せん妄」と「普通のせん妄」を区別できず、何とかして終末期せん妄から正常な状態に戻せないか?と試行錯誤していた時期がある。
いや、もちろんせん妄が改善しないかと試行錯誤すること自体は大事であり、それは最初に試みるべきことではあるのだが「終末期せん妄(つまり不可逆性)であることを念頭に、回復ではなく症状緩和に努める」ことを考えないとならない。
最近、ご家族に説明は「がんの進行に伴って、肝臓とか、心臓とか、そういう臓器が弱っていきます。それに伴って脳の機能も弱っていくとせん妄とよばれる状態となり・・・」と説明している。そう説明すると多くの方がわかってくれるよう。

ちなみに、(終末期せん妄ではない可逆性の)せん妄から回復した患者さんへのインタビューでその3/4は「自分が混乱していたこと」を覚えており、その経験は苦痛であったと答えている。特に興奮を伴うせん妄の場合、家族の苦痛もより強くなる。

主な無作為化比較試験の結果

終末期せん妄について、薬物療法についての知見は混沌としている。
以下、主要な無作為化比較試験について紹介。

・ハロペリドールvsクロルプロマジンvsロラゼパム 
(Breitbart, et al. Am J Psychiatry 1996)
→ベンゾジアゼピン<クロルプロマジン・ハロペリドールの結果だがサンプル数など少なく評価保留

・リスペリドンvsハロペリvsプラセボ 
(Agar et al. JAMA Intern Med 2017)
→リスペリドン、ハロペリドールともプラセボよりも症状が悪化、しかも錐体外路症状など副作用もあるとのことでBreitbartと逆の結果、評価保留

・ハロペリ±ロラゼパム 興奮を伴うせん妄を対象
(Hui et al. JAMA 2017) 
→ロラゼパムを加えた群の方がより興奮状態を緩和することができた/家族や看護師が感じる安心感も強かった

・ハロペリドール不応→ハロペリドール増量vsクロルプロマジンへ変更vsハロペリドール+クロルプロマジン 
(Hui et al.Lancet Oncol 2020) 
→各群とも興奮を緩和する効果/ただしクロルプマジンへの変更群で落ち着きのなさへのレスキュー薬剤の投与は少なかった。クロルプロマジンでは血圧低下に注意必要だが生存期間には差はなかった。

非薬物的な複合的アプローチもせん妄予防効果は期待できるものの、終末期せん妄セッティングにおいてはエビデンスが不十分。ただ、コストがかからず副作用が無いものがほとんどなので、まず試みて良いのではないか、とのこと。

MDアンダーソンがんセンターの戦略

これまでの知見をふまえ、MDアンダーソンがんセンターでは下記のようなプロトコールで終末期せん妄の治療を行っている。

・低活動性せん妄
 除去可能な原因の検索と治療、(可能なら)非薬物的アプローチ

・活動性/混合性せん妄
 除去可能な原因の検索と治療、(可能なら)非薬物的アプローチ
 身の置き所の無い、焦燥感が強いせん妄の場合は
→頓用:ハロペリドール1~2mg(1時間あけて)
→改善乏しい:ハロペリドール2mg 4~12時間ごと+頓用(1時間あけて)
→改善乏しい:
変更 クロルプロマジン25mg 4~12時間ごと+頓用(1時間あけて)
追加 ロラゼパム1~3mg(8時間あけて)
→改善乏しい 緩和的鎮静の考慮

ここで重要なことは、2点ある。
まず一つ目はクロルプロマジンが治療戦略として入っていること。日本においてはあまり積極的に使用されないクロルプロマジンだが、血圧低下の問題を除けば自分も何例か有効性があった患者さんを経験しており、今後の日本の臨床にも応用していっていいのではないか。
そして二つ目は、ハロペリドールの1回量の少なさ。米国など海外では一般的に高用量で薬物が使用されることが多いが、「ハロペリドール1~2mg」は日本で使われている量よりも少なく感じるかもしれない。なぜなら、日本でハロペリドールを例えば「ハロペリドール1A+生食100mL」などとオーダーすれば、その用量は「5mg」だからだ。緩和ケアの専門家で一時、注射用ハロペリドールの量について議論になったことがあったが、ハロペリドール注は1回1/2A(2.5mg)、または0.3mL(1.5mg)といったオーダーで処方する方が、錐体外路症状など副作用を考慮すると妥当ではないかと思う。ただ、米国の処方も頓用を追加、追加という形で使っていくと最終的には高用量になってしまうのだが。個人的には、せん妄のコントロールが難しい場合、むやみにハロペリドールを増量していくよりは早めにベンゾジアゼピンを追加する方が良い印象を持っている。

(この先、マガジン購読者用に感想などを追記しておきます)

ここから先は

992字

¥ 150

スキやフォローをしてくれた方には、僕の好きなおスシで返します。 漢字のネタが出たらアタリです。きっといいことあります。 また、いただいたサポートは全て暮らしの保健室や社会的処方研究所の運営資金となります。 よろしくお願いします。