アナモレリンはがん栄養の救世主となるか?
2021年6月末に横浜で開催された、日本緩和医療学会学術集会にてアナモレリン(商品名:エドルミズ 小野薬品)の講演を拝聴した。
このアナモレリンは「がんの悪液質」に対する効果を認めた薬剤であり、2021年1月に国内での製造販売承認が得られたばかり。そして、この認可承認が得られたのは世界でも日本が初めてとのことなので、国内では大きく注目されている。
実際、この日の講演でも「世界で初めて、悪液質を改善する薬剤」として、その効果が強調されていた。
しかし、本当にこの薬剤は「夢のような薬」なのだろうか?
そもそも悪液質とは何か
「悪液質」とは何か。
医療者であれば、その言葉自体は何度も聞いたことはあるだろう。では、その「診断基準は?」と問われたら、答えられる医療者はどれくらいいるだろうか。
なんとなく、下のイラストのような「ガリガリにやせ細って衰弱した」イメージを抱いているのではないだろうか。
しかし、実際の悪液質の診断基準は
①過去6か月の体重減少>5%
②体重減少>2%かつBMI<20
③体重減少>2%かつサルコペニア
のいずれかとなっている。
これを見ると、「あれ、悪液質って意外と大したことないじゃん?」と思うかもしれない。実は、この「イメージの違い」こそが大きな問題であり、これまでがん患者に対して栄養的介入がほとんど行われてこなかった原因である。つまり、がんに伴って食欲が低下し、先のイラストのようにやせ細った状態(医学的には不応性悪液質と呼ばれる)になってから初めて「栄養が足りない!」と慌て始めるのだが、その時から栄養状態を改善するのは至難のわざなのだ。
まずは、この「悪液質」の状態を正しく認識して、早期に介入することこそがスタート地点となる。
悪液質の詳細については日本サポーティブケア学会作成の「悪液質ハンドブック」が参考になる。
悪液質を改善した方が良いのはなぜか
先に示した悪液質の診断基準を見ても分かるように、実際に悪液質の状態に陥るのは余命が限られてくる終末期ではなく、がん化学療法などを行って通院を続けている時だ。臨床現場では、本当は悪液質の診断基準を満たすにもかかわらず、医療者から見過ごされている例が多くあるに違いない。実際、進行肺癌や進行消化器癌の患者では、その診断時点で半数近くに悪液質を認めるとの報告もある。
悪液質がある患者とない患者では、化学療法の治療効果にも差があることが示唆されており、栄養状態の改善が喫緊の課題であることがわかる。
具体的には、悪液質がある状態では身体の予備能力が下がっており、普通であれば耐えられる程度の副作用でも治療継続が難しくなったりする。例えば、元々食欲が低下しているところに加えて、化学療法の副作用でさらに食欲が落ちれば栄養状態が一気に悪化し、治療を続けるどころではなくなってしまう・・・というのは想像できるのではないだろうか。
また、食欲の低下は患者を看護する家族の大きなストレスになり、「私が一生懸命にご飯を作ったのに全然食べてくれないんです」などと家族間の軋轢の原因になることも多々ある。その結果、患者本人が家族内で精神的に孤立してしまう場合もあるのだ。
アナモレリンの効果とは
これまで、いくつかの薬物療法が悪液質の改善を目的に試されたが、十分な効果が得られる薬剤は存在しなかった。
このような状況の中、食欲を改善するホルモン「グレリン」に似た作用を示すアナモレリンが薬剤として開発されたのだった。
国内では、小野薬品が承認申請のために行った治験「ONO-7643試験」が講演会などでもよく用いられる。この試験は、非小細胞肺癌患者174名を対象とした無作為化比較試験で、主要評価項目は「徐脂肪体重」である。結果として、プラセボ群はわずかに体重が減少したのに対し、アナモレリン群では食欲が改善し約1.4㎏体重が増加した(P < .0001)。
しかし一方で、身体機能(握力など)は改善せず、ONO-7643試験に関連して報告されたもうひとつの試験においても、体重を増やし、食欲関連QOLは改善させたものの全体のQOLは改善させることができなかった。
また、アナモレリンを語る上では欠かせないグローバル試験としてROMANA試験がある。
ROMANA1/2試験は、2011年~2014年の間に世界19か国から約1000人もの非小細胞肺癌患者を集めて行われたプラセボ対象無作為化比較試験である(主要評価項目は12週後の徐脂肪体重)。
結果として、ROMANA1試験ではプラセボ群で-0.49㎏と体重が減少したのに対しアナモレリン群では+0.99㎏と増加、ROMANA2試験でもプラセボ群-0.98㎏に対し、アナモレリン群+0.65㎏と有意に増加した(p<0·0001)。
そして、ROMANA3試験ではROMANA1/2で12週投与されたアナモレリンをさらに12週、計24週投与した際の安全性をみた。結果として、24週投与してもアナモレリンはプラセボと比較して大きな有害事象はなく、また24週投与期間を通じて体重増加と食欲改善の効果が維持された。
日本語で詳しい結果をご覧になりたい方は、呼吸器内科医・キュート先生のブログをご参照ください。
ROMANA1/2試験
ROMANA3試験
この結果だけを見れば「アナモレリン、すげー」ってなるかもしれない。しかし、このROMANA試験においても筋力(身体機能)は改善を認められず、欧州医薬品庁(EMA)や米国食品医薬品局(FDA)はアナモレリンの承認申請を却下している。曰く、「わずかな除脂肪体重の増加しか得られず、身体機能やQOLに対して信頼に足る、臨床に直結する成果を得られなかった」とあり、「潜在的リスクがその利益を上回っている」と結論付けたのである(参照)。
日本で行われる講演では、このROMANA試験の結果およびEMA・FDAでの承認申請却下、そしてその件に対する考察が甘いように感じられる。日本では「夢の薬」のようにもてはやされる一方、海外では冷ややかに見られているこの薬剤。さて、皆さんはこの結果を受けてどのように感じられるだろうか?
そもそも悪液質改善は薬剤だけで可能なのか
数々の臨床試験の結果を見る限り、アナモレリン単独では患者の身体機能やQOL改善を得られないことは確かであり、栄養療法や運動療法を組み合わせた複合的介入が良いのではないか、と一般的には考えられている。
しかし、この栄養・運動療法からしてまだまだ効果的というエビデンスには乏しく、現時点でも悪液質に対する標準治療は定まっていないのが現状だ(日本では運動・栄養療法についてNEXTAC-TWO試験が進行中であり、その結果が待たれる)。
また、複合的介入を行うにしても、理学療法士や栄養士のマンパワー不足、標準的教育方法(スタッフにも患者にも)が無いこと、診療報酬でのバックアップが薄いことなどがネックとなり、多くの医療機関では十分な取り組みがなされていないのが現状といえるだろう。
これから何をすべきか
日本国内のアナモレリン良しの雰囲気は、海外との乖離を考えるといささか不安を覚える。もっとも、盛り上がっているのは講演会だけで、臨床医たちは意外と冷静かもしれない(先日も、「アナモレリンってそんなに効かないよね」との声を聞いたばかりだ)。
ただ、それよりも問題なのは多くの医療者は「悪液質って何?」というレベルにあるというところだ。もう少し言えば「悪液質、知ってる知ってる(でも診断基準間違ってる)」っていう層が大半だ。アナモレリン、使うかどうかどうする?なんてレベルにすら到達していない。
患者・家族の側も同様で、悪液質の診断基準を満たすため、医師の方から複合的介入を促すも
「栄養指導?いや、まだご飯も食べられてるし、面倒だからいいです。今は抗がん剤に専念したいんです」
といって介入を断られるケースが後を絶たない。「患者教育の標準的方法が無い」ことをまざまざと実感する。
その意味でいま、アナモレリンのプロモーションが広く行われることで、悪液質の正しい知識が一緒に広められていくのは歓迎すべきことかもしれない。
ただ、臨床医としてはアナモレリンだけでは身体機能やQOL改善には不十分であることを理解し、複合的介入ができる環境を各施設や地域で整える努力を早急に始めるべきである。
乗り越えるべきハードルは多いが、早期からの介入を行っていくことで患者のQOLを保ちながらがん療養に取り組む道を模索し、アナモレリンを含むエビデンスについて世界へ発信していくことが日本の臨床医に求められる。
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