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死ぬ前に感じること。

人が亡くなる前のちょっとした違和感。
医療従事者なら、感じたことがある人もいるだろう。誰も教えてくれないけれど、死に携わってきた経験で、
「あれ、この方、元気そうに見えるけどいつもとちょっと違う・・・」
と感じて、翌日病院に来たら亡くなっていたとか。

緩和ケアが発展してきたことによって、昔と比べて
「苦しみながら亡くなる」
という方が減ってきたように感じる。
映画やドラマで取り上げられるような、壮絶な最期、というのを目にすることは、現場ではほとんどなくなった。
でも、それが故に
「昨日まで元気そうだったのに、どうしてこんなに急に・・・」
と、家族を驚かしてしまうことが増えた。
本人にとってみれば、苦しまずに逝くことができたということだから良かったのではないか、とも思うけど、まさか家族の前で
「良かったじゃないですか」
と言うわけにもいかない。

そういえば、昨日感じた違和感・・・。
空気のちょっとした変化、鼻をつくいつもと違う匂い、見た目から生気が抜ける感じ・・・。
そういう感じ方をもっと大切にすることが、死に携わる僕らにとって、とても大切になってきてるんじゃないか。
教科書的には「死亡を予測する因子」って実はたくさんある(後で書く)。
ただ、「生気が抜けていく」とか学術的に書けないでしょ。プロはそれに気づけるんだけど。

そこで僕はこんなツイートで体験談を集めた。

するとたくさんの体験談が集まったので、順番に紹介しよう。

「匂いが変わる」系

まず、圧倒的に多かったのが「匂いが変わる」系。

「飴を煮詰めたような甘い匂い」っていうのは、この方以外にも。他に多かったのが「線香の匂いがする」というもの。
僕はあまりこれらは感じたことないのだけど、確かに「死の匂い」というのはある気がして、それこそ表現できないなあ・・・と。

「空気が変わる」系

その方を取り巻く空気が変わる、というものも多かった。

「いつもより薄い」ってすごい表現だなあと思うが、似たような表現をされた方もちらほら。
・ある日からその人らしさが消える
・生気が抜けてる感じ
・目から生気が薄れなんだか白っぽく見える
・その人の「輪郭」が急にブレるように感じる
など。
空気の流れが変わるとか、その部屋だけ静かになるとかというのも。

「性格が変わる」系

これは、僕らは昔からよく言っていて、うちのボスは
「いい人サイン」
とか言っていた。

他にも
・「ありがとね」と手をふる。
・後悔した事、幸せだったこと、家族に伝えたいことを話し始める
・娘や息子がどこにいるか、ちゃんとご飯を食べてるか等を心配しはじめる
など。
ちなみに、上のツイートで最後にある「ずっと会話ができない状態(意識不明)だったのに、クリアに会話した」というのは、「中直り現象」と呼ばれていて、こちらは学術的にも研究されている。
死の直前に、急に元気になったように見える、という現象のこと。これも知っていると知らないとでは大違いで、知らないで「中直り」を「元気になった!」と勘違いすると、「このまま安定すれば退院できるかもですね」なんて家族に不用意な発言をし、後に顰蹙を買うことになる。
「中直りは仲直り」とも言われていて、この時間は神さまが与えてくれた奇跡の時間なんだから、その機会を大切にして家族と一緒に最後の言葉を交わす時間にした方がいい。
看護師の後閑愛実さんの著書に、この「中直り」の話題が出てくるので興味ある方は参照されたい。

「容貌が変わる」系

他には「容貌が変わる」系もあった。箇条書きで紹介しよう。
・目線がなんとなく合わない
・一点を見つめている時間が増える
・ボーッと目が開いたまま
・頬骨が出てくる
・血色が悪い(白かったり黄色かったり)
・顔が土気色になる

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研究ではどうなっているのか?

実際の学術研究では、アメリカのMDアンダーソンがんセンターのD.Huiらによる、緩和ケア病棟入院時から12時間ごとに62の臨床徴候を評価する研究(The Investigating the Process of Dying Study:IPOD study)から、晩期死亡前徴候とPalliative Performance Scale(PPS)を組み合わせて、3日以内の余命を予測するツールが開発されている1, 2)。
 この予測ツールにおいて、PPS20%以下かつ鼻唇溝(ほうれい線)の低下が見られる集団では、3日以内の死亡率が94%であったと報告された。ちなみに「鼻唇溝の低下」はわかりにくい指標だが、亡くなる直前になると顔面の筋肉や皮膚が弛緩することで、しわが少なくなり、鼻唇溝も浅くなるという現象のことを指す。

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(図:3日以内の死亡を予測するdecision tree。(%)は3日以内に死亡した患者の割合を示す 文献2から)

この妥当性はinternal validationの手法で行われ、10回同様の検証を行ったときの正診率は81%だった。
また、鼻唇溝の低下が見られない場合には、晩期死亡前徴候である無呼吸、チェーンストークス呼吸、死前喘鳴、下顎呼吸、尿量の低下、末梢チアノーゼ、橈骨動脈の触知不可、声掛けに対する反応の低下、視覚刺激に対する反応の低下、瞳孔反射の消失、首の過伸展、閉眼できない状態、呻吟、上部消化管出血のうち、2つ以上を認めた場合、3日以内に亡くなるのは62%と予測される。この、晩期死亡徴候を加えたモデルでも、その予測精度は82%だった。

「違和感」を大切にしてみたい

最後の学術研究はちょっと難しかったかもしれない。
でも、こういった記述された兆候と、僕たちが五感で感じる「違和感」を組み合わせていけば、「どうしてこんな急に・・・」という家族の悲しみを少しでも減らせるかもしれない。
僕たちは医療のプロだ。
たくさんの死をその目で見てきている。
そのとき「五感」を大切にしているだろうか。都会の生活の中ですり減らして、今や春の匂いすら感じられなくなってやいないだろうか。
僕たちはもっと、人としての感覚を、大切にしていくべきなんじゃないだろうか。

(謝辞)
Twitterでご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました!

(参考文献)
1) Hui D, et al. Bedside clinical signs associated with impending death in patients with advanced cancer: preliminary findings of a prospective, longitudinal cohort study. Cancer. 2015; 121:960-7.
2) Hui D, et al. A diagnostic model for impending death in cancer patients: Preliminary report. Cancer. 2015; 121: 3914-21.

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