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僕らには「見えない苦痛」がある

 先日、早期からの緩和ケアに関する講演をしたときのこと。
 講演後の質疑応答で、
「必要性もないときから緩和ケア医に診てもらう必要などない。結局のところ、抗がん剤の治療医が診続けるほうが患者さんも見捨てられ感がなくて良いはずですよ」
 といった趣旨のご意見を頂いた。

 その意見に対して僕は
「なるほど確かに、緩和ケア『医』に診てもらうのは色々とハードルが高い面はあるかもしれませんね。でも、緩和ケアは医者だけが行うものではなく、看護師やソーシャルワーカーや心理士など多職種も関わりますし、もっと言えば地域全体が関与する『システム』なんですよね。患者さんが抱える多様な苦痛に対し、医師が関与できる部分なんてごく一部でしかないと思います。だから、早期からの緩和ケア『システム』で患者さんを支えていく必要があると考えています」
 と、回答した。

 ここで重要なことは2つある。
 それは
①患者は医師から「見えない苦痛」を抱えている
②緩和ケアは「システム」である

の2つである。

 まず「患者は医師から見えない苦痛を抱えている」について。
 折しも、先日行われた緩和医療学会においてAllan Kellehear先生が、
「緩和ケアにおいて医療が関わる領域はその人の人生の5%に過ぎない。残りの95%の人生は地域において生活をしながら時間を送っているわけだが、そこに対するケアは無視されている」
 とおっしゃっていたことに通じる。
 従来、日本における緩和ケアは他の医療分野がそうであるように医師が中心となって行われてきた。緩和ケア病棟、在宅診療、そして外来と診療の場は広がってきたものの、その中心にいるのは常に医師だった。
 もちろん、がんに伴う身体の痛みをコントロールするうえで、医師の力は不可欠だ。不眠や、抑うつなど精神的な苦痛についても医師による治療が必要だったかもしれない。
 しかし、実際には患者が抱えている苦痛は、病院の中だけで解決できるものではなかった。
「がんに対し何もできない自分は無力だ」
「がんと診断されて、働き口を失った」
「誰も自分のつらさをわかってくれず、孤独だ」
 などなど、病院の外に出たときに患者たちがこのように口にしているのを何度も聞いた。それでも、抗がん治療をしてくれる主治医の前では、
「副作用もなく元気です。これからも頑張ります」
 と、患者は話すのだ。「つらいのだったら、言ってくれればいいのに」と医師は考えるかもしれない。でもそこには言えない/言わない理由が幾重にも折り重なって存在しているのだ(患者自身も意識してないかもしれない)。それを想像もせずに「口にしないほどの苦痛は、苦痛ではない」とか医師側が言い始めたら重症である。
 では、緩和ケア医なら、このような苦痛をつぶさに見ることができるのか?と問われれば、その答えはNoだ。少なくとも僕は、患者が抱える全ての苦痛を見ることなんて無理と思ってるし、仮に見られたとしても全てに対応できる自信などない。

「見えない苦痛」はある。
 その前提で行動した方がいい。そうなると、緩和ケアを語るときによく出てくる「苦痛に対して共感をもって支える」といった精神論が無意味であることがわかるだろう。見えない苦痛には共感できない。
 僕が「緩和ケアはシステムである」と主張するのは、この「見えない苦痛」に対応するためだ。「システム」というのもいろいろな意味を含む用語ではあるが、ここでは「各地域において、どのようなモジュール(構成因子)を組み合わせていくか」といった意味と捉えてほしい。
「見えない苦痛」に対応する方法はいくつかある。例えば「目を増やす」という方法だ。医師には見えなくても、看護師には、相談員には、心理士には、見えるかもしれない。そう考えるなら、その地域における緩和ケアシステムには「看護外来」「相談センター活用」「心理士の外来サポート」といったモジュールを加えていくべきだろう。他にも、「場所を増やす」という方法もある。病院の中だけで対応するのは限界がある。ならば、「薬局」「地域包括支援センター」「訪問看護師」といったモジュールを、どうシステムに組み入れていくかを考える必要があるだろう。「そもそも、医療・福祉系だけでは解決できない」と考えるなら、「NPO法人」「自治会」「行政」なども緩和ケアシステムの中に組み入れていく必要があるかもしれない。

 これからの緩和ケアは、病院の内を飛び出し、有機的な地域ネットワークをいかに構築できるか、ということにかかっている。いわゆる「地域包括ケアシステム」の中で緩和ケアの文脈を生かすということになるだろう。患者が医療者に言えない/言わない、または患者自身も言語化できていない「見えない苦痛」がある中で、早期から多様な支援ネットワークにつながってもらえるよう、僕ら緩和ケア従事者は、地域におけるシステム構築と、啓発に努めるべきである。

(以下、マガジン購読者限定でもう少し解説を加えます)

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