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3:暮らしの保健室

 元住吉というところはデパートみたいな街だ、といつも思う。
 たった数分歩く中に、肉屋があり、パン屋があり、本屋も花屋も衣料品店もある。クレープ片手に雑踏に飛び込めば、次はドーナツか、たこ焼きか、と食べ歩きの目線が止まらない。
 元住吉・ブレーメン通り商店街なんてインターナショナルな名前を付けられたこの商店街は、「ブレーメンの音楽隊」の故郷、ドイツ・ブレーメン市の商店街と友好提携を結んでいるのだという。
 音楽隊にあやかって、街中にロバやトリ、イヌとネコが踊っている。隣駅の武蔵小杉がタワーマンションで有名になる一方で、元住吉にも物価の安さと活気ある商店街の雰囲気にひかれて、近年、多くの人が移り住んできていた。

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 そんなブレーメン通りの奥に、「暮らしの保健室」はある。
 ここを立ち上げたのは、看護師の及川と僕。及川は僕よりも何歳か年上のベテランナースで、以前は病院で一緒に働いていたのだが、日々がん患者たちのケアをしていく中で「病院の中でできることには限界がある」という壁にぶちあたっていた。その相談に僕が乗っているうちに「そうだ! 病院の外で生活をみる暮らしの保健室を、元住吉につくろう!」という話になり、及川は病院を退職して、僕と一緒に暮らしの保健室を運営する会社を起業した。
 そして、暮らしの保健室を開ける場を探していたとき、元住吉のパン屋さんの口利きでとあるバーを紹介してもらった。「日中だったら、うちのお店を会場として使ってもらってもいいよ」というオーナーさんの声に甘えて、今に至るというわけだ。
 そんな暮らしの保健室で、利用者にコーヒーをふるまい、ときには笑顔で、ときには涙を流しながら利用者の話を聞く及川は、いつしか「わが町の姉さんナース」として、地域の方々にも頼りにされてきていた。
 しかし、その及川、今日は少しばかり機嫌が悪い。原因は……僕にあるのだが。

「で、その西先生様は二人に対してどう思っているわけぇ?」
 カウンターの向こうから、イライラを隠すことなく飛んでくる言葉に、僕はだんだんと小さくなっていく。吉田ユカとYくんとの面談の様子について、及川に「どう思う?」と相談していたのだが、途中から彼女の表情がどんどん曇っていき、ついには「言わせてもらいますけど」と説教が始まったのだった。
「緩和ケアだけで何とかできると思ってたの? しかも医者の技術だけで。緩和ケアは万能じゃない、ってわかっているはずじゃない」
「はい、おっしゃる通りで……。ちょっと思い上がってたと思います……」
「Yくんと奥さん、先生の外来の後にここに来たんだよ。なんか困らせちゃったかな……って言ってた。患者に気を使わせてるんじゃないよ」
「はい、おっしゃる通りで……」

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