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7:いのちではなく、希望を守りたい

 前回の外来から1か月半。これまで時々流れてきていた、Yくんのツイッターの更新頻度が減ってきていることが気になっていた。暮らしの保健室にも、奥さんが1か月前に一度来たきりで、Yくん本人には最近全然会えていないと、及川からも聞いていた。元気がないのだろうか、と心配していたところでの今日の外来だった。

 診察室に現れたYくんは明らかに痩せていた。彼が口を開く前に、良くないことが起きていることが一目でわかった。

「先生、もう抗がん剤治療は厳しくなってきたって言われましたよ」

 Yくんは主治医から僕に当てての手紙をヒラヒラさせながら椅子にふわりと座った。椅子に座る音すら、なんだか弱々しい。一緒に付き添ってきた奥さんも無言で隣に座る。
 手紙には、もう標準的な抗がん剤治療は使い切ってしまったこと、肝臓の腫瘍が急速に大きくなると同時に、心臓や肺の周囲にあるリンパ節も大きくなってきていること、これからはゲノム医療のための検査や新薬の治験などを検討していること、ただし残された余命は本人には伝えていないものの、もしかしたら1、2か月しかないかもしれない、ということなどが書かれていた。
 医師が予測する余命は当たることが多くないとはいえ、大学病院から送られてきたCT画像や血液データ、そして実際のYくんの変化を見れば、その予想も決して的外れではないと僕も感じた。
「もう、おしまいですかね」
 いつもは明るいYくんも、今日ばかりは声に力がない。僕は、手にしていた手紙を彼に見えないように伏せ、椅子を回して彼と正面から向き合った。
「少し、厳しい状況になってきましたね」
 Yくんの目を真顔で見つめながら、彼が言った言葉を言い直して繰り返した。
「これから、どうしていこうと思っていますか?」
「いまですか?」
「これからですね」
「うーん。大学病院の先生は、治験を受けてみるのはどうか、ということをおっしゃるんですよね。ただ、結構副作用の強い治療になる可能性があるとのことで、そんなのに耐えられるのかな、っていうのが不安なんですけどね。それに……」
「それに?」
 Yくんは少し言い淀んでいたが、ちょっと申し訳なさそうに、
「いや、そんな治療に入ってしまったら、キャンプに行けなくなるかなー、なんて」
 と言って笑った。ここでもやはりキャンプが気になるのか……と、僕はちょっと驚いた。彼の中で、生きていくうえで何が優先されているのだろう。

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