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 将棋は毎日のように幾つもの対局が行われている。昨日2020年8月14日は七つの対局が組まれていた。折角の夏休みだ。たくさん楽しもう!そのうちの四つを並行して棋譜を追うこととした。

四つの対局、バラエティ豊かな戦型

 四つの対局は全て違う戦型。将棋は本当にたくさんの形があるところが楽しい!

1. 名人戦七番勝負 第六局(第一日) 渡辺明二冠 対 豊島将之名人

 これは矢倉戦。金矢倉 対 米長流急戦矢倉。

2. 棋王戦挑戦者決定トーナメント二回戦 三浦弘行九段 対 木村一基王位

 角換わり腰掛け銀

3. 女流王座戦本戦トーナメント準々決勝 加藤桃子女流三段 対 甲斐智美女流五段

 居飛車 対 三間飛車から、お互いに飛車を転回し、力戦形

4. 大山名人杯倉敷藤花戦トーナメント準々決勝 小高佐季子女流1級 対 野原未蘭アマ (ともに高校生。野原アマは9月から女流棋士2級となる)

 ゴキゲン中飛車 対 英春流

以下、一局一局書いてみよう。

名人戦七番勝負 第六局第一日

 二勝三敗と後がない豊島名人が、後手ながら攻勢に出られる米長流急戦矢倉で積極的に討って出た将棋。渡辺もさすが自在な応酬。現在最高峰の二人の決戦らしい名勝負だ。豊島が五段目の位を3つも取っており特に中央の5筋6筋は四段目の銀2枚でしっかり支えている。一方の渡辺は金矢倉から自在な差し回しで、変則矢倉ではあるが堅陣を敷く。手持ちの歩が多いのもよい。1筋には嫌みもつけている。互角だ。封じ手で第一日を終了。

棋王戦挑戦者決定トーナメント二回戦

 こちらはベテラン同士の一局だ。先手三浦弘行九段は46歳、棋聖一期。後手木村一基王位は47歳、王位一期。学年で言うと同学年の二人だ。戦型は角換わり腰掛け銀。受け師の異名を持つ後手の木村は待機戦術。先手の三浦は銀矢倉に移行。そして三浦が仕掛ける。三浦の上手い攻めで後手陣はバラバラ。三浦が優勢を気付いたかに見えたが、木村の渋い受けが炸裂する。

 三浦の2二角という差し手に対し、それを直接受けずに三浦の2九飛に執拗に絡んで受ける。2八歩、同飛、3六桂、2七飛、2六歩、同飛、2五歩、同飛、2四銀。実に歩を3枚犠牲にして受けたのだ。しかも最後の2四銀が、三浦の2二角が狙っている3三の金への紐付けにもなっているという工夫。いやはや恐れ入る。観戦子のコメントもおもしろい。「左官屋からスカウトされそうな仕事ぶりだ」と。

 三浦もここまでされて飛車を逃げてはいられない。2四銀に対し同飛と切って捨てる。三浦の指し手だけ抜き出せば(2八)同飛、2七飛、(2六)同飛、(2五)同飛、(2四)同飛、となる。2九に居た飛車が実に5手にわたって一段ずつ上げさせられたという格好。この受けがこの一戦のハイライトだったか。さらに三浦は細い攻めを繋げようとするが、木村が堂々たる受けっぷり逃げっぷりでつかまらない。そして一瞬の隙を突いて相手の歩の頭に手持ちの角を打ち込むという強烈な放り込みを炸裂させ、そこから数手で三浦を投了に追い込む。

 昨年王位を奪取し念願の初タイトルを手に入れ、「史上最年長初タイトル」の記録を作った木村一基。現在その王位を防衛せんと藤井聡太棋聖を迎え撃っているが三連敗と一気に王手をかけられ苦しい立場。しかし今日の一戦ではさすがのひと言。5日後の王位戦第四局に向けて調子は悪くないようだ。

女流王座戦本戦トーナメント準々決勝

 現在無冠となってしまっている加藤桃子女流三段。過去に女王4期、女流王座4期を獲得している。連続5期または通算7期が永世女王称号の条件となる女王を4期連続で制して臨んだ5期目で西山朋香奨励会三段に敗れ失冠。女流王座もクイーン称号(永世称号相当)まであと1期とするも、里見香奈に阻まれてならず。いつも笑顔を絶やさない加藤桃子さんだが、7大タイトルを里見四冠、西山三冠と分け合われ、さぞ口惜しい思いをしていることだろう。

 今日は丁度一回り上の甲斐智美女流五段との一戦。甲斐の三間飛車に、加藤が居飛車で対抗。と思いきや加藤が急戦で仕掛け、角交換。さらには飛車を転回して6筋から攻める。力戦形となり、甲斐もよく闘って非常におもしろい将棋だった。加藤はさらに飛車を7筋にまわしてほぼ玉頭からの豪快な攻め。見事に寄せきった。加藤、会心譜。

大山名人杯倉敷藤花戦トーナメント準々決勝

 前段にも書いたように今、女流棋士界は里見四冠と西山三冠(奨励会三段)が七冠を分け合っている。その二強が激突する、または二強にほかの女流棋士が挑む、という構図が続いている。

 そんな構図に風穴を開ける次世代エースになりうるかも?と期待されているのが本局に登場した野原未蘭アマだ。17歳の高校二年生。中学時には中学生名人戦を史上初めて女子が制覇して話題を呼んだ。女流アマ名人戦も中二・中三・高一時に三連覇の偉業。全年代参加棋戦を中高で制するのがまずすごいが、三連覇自体が史上初。これだけ強いとなると普通ならプロの師匠に弟子入りし、棋士養成機関である奨励会あるいは女流棋士養成機関である研修会に入って、そこでの勝ち星により女流棋士の資格を目指す。ところが野原アマはアマ資格のまま参加出来る棋戦で所定の位置まで勝ち上がることで女流棋士資格を得る、という道を選んだ。そして本棋戦でベスト8に進出したことにより規定を満たし、女流棋士2級の資格を得たわけだ。更にこの勢いが続くのか、本局はベスト4を賭けた準々決勝だった。

 もう少し野原アマについて書いてみよう。富山市生まれ・育ちの野原アマは英春流の使い手。英春流とは金沢市在住の元奨励会三段鈴木英春氏が考案した戦法で、飛車先を突かずに銀を中央に繰り出していくもの。相手の出方に応じて飛車の位置を決めていく独創的なもので、大変おもしろい戦法だが、相当の棋力が必要になってくることは素人にも容易に想像できる。野原アマは隣県の金沢まで出かけて鈴木氏の将棋塾に通い、氏の薫陶を受けたという。70歳の鈴木氏の秘蔵っ子、氏の期待を一身に担ってのこれからの活躍が楽しみだ。

 鈴木氏は年齢制限によりプロになることはできず、奨励会三段までで退会したわけだが、奨励会時代は升田幸三の独創的な将棋に憧れ、升田の対局となると競って棋譜係に名乗りを上げたという方だ。

 そんな鈴木英春考案の英春流は初手から独創的。先手なら9六歩と端歩を突き、後手なら相手が何をしようがまず6二銀と銀を上がる。後手の野原アマは今日も初手に6二銀と指した。先手小高女流1級も同世代の野原アマに対し、期するところがあるだろう。ゴキゲン中飛車で攻勢に出んとする。対して野原アマは袖飛車に構える。男性棋士たちの対局では滅多に観られないような華やかな空中戦。将棋観戦を楽しむ一般将棋ファンとしては、こういった将棋は楽しいな。お互いの駒が躍動する熱戦。その中で野原アマは鋭い攻めと着実な受けを併せ持った将棋を展開し、見事な勝利。実におもしろい。これからも楽しみだ。そしてこの棋戦自体まだ楽しみは続く。勝ち上がった野原アマの次戦は準決勝で大ベテラン、一世を風靡した中井広恵女流六段との対戦だ。中井さんは今51歳というから、17歳の野原さんの丁度3倍の歳となる。楽しみな対局が増えた。

四局の並行観戦を終えて

 いやあ、実に楽しい将棋観戦の一日であった。

 さあ、そして今日は名人戦第六局二日目だ。渡辺初の名人位か、豊島がタイに戻して最終戦に持ち込むか。今日も暑く、熱い将棋の夏が続く。

名人戦第六局第二日目も終えて

 そして今日、二日制である名人戦第六局の二日目が行われ、渡辺明新名人が誕生。名人が豊島竜王から木村二冠に移動したわけだが、引き続き、将棋八大タイトルは、渡辺三冠、豊島竜王、永瀬二冠、木村王位、藤井聡太棋聖の5人で分け合っている状態。

 来週には藤井聡太棋聖がリーチをかけている王位戦がある。ここで藤井聡太棋聖が勝てば、最年少二冠の誕生、八大タイトルを4人で分け合う形となり、四強と言われる時代になろうか。いやまだまだ、とばかりに最年長タイトルホルダー木村王位がそれを阻止するか。

 とか言っているところに振り飛車党の党首とも言えるベテラン久保九段が来月には永瀬王座に挑戦する王座戦もある。そしてタイトル99期で足踏みしていた羽生善治がタイトル100期目に向けて、豊島竜王への挑戦権を賭けて同級生丸山九段と闘う挑戦者決定戦も明後日月曜日から始まるときた。実にめまぐるしい。活性化続く女流棋士界も含め、実におもしろい時代が到来している。

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