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過去のレコ評(2017-5)

(2017年「SOUND DESIGNER」誌に寄稿)

「A LA QUARTET」Goodbye Holiday
エイベックス・エンタテインメント
AVCD-93709

バンド名に聞き覚えがあると思いきや、昨年NHKの”みんなの歌”に採用された「弱虫けむし」という曲を知っていた。筆者はNHKが出版する楽譜で、この曲のピアノアレンジを担当した。しかしあまりにもイメージが違い、気づかなかった。器用なバンドだ。今回はセルフプロデュースとのこと。過去の楽曲に比べて音像の重心が下がった印象。一曲一曲の歌詞が、ショートフィルムを見るようで際立っている。その分、楽曲はあくまで間口が広く親しみやすい。個人的には8曲目の「room」に、このバンドの個性が溢れている印象を持った。プログラミングされたビートの上に2小節の循環コードが繰り返されるだけなのに、ギターのアンサンブルとボーカル力で聴かせる。今後の方向性を占う1曲かもしれない。

「To The Bone」スティーヴン・ウィルソン
Hostess Entertainment Unlimited
HSU-10150

音楽の楽しみは、右脳と左脳の両方を使えるところにある。スティーヴン・ウィルソンは数々のバンドのフロントマンとして活躍しつつも、プロデューサーとしても活動を続けている。エンターテイナーとして誰よりも自分を解放しながら、誰よりもその場を客観視しなければいけない。例えば、今回のアルバムの6曲目。多幸感溢れるロックサウンドにタヒチ80を彷彿とさせるファルセットボイス。ここで必要なビートは、EDMに慣れたリスナーにも馴染む生の要素が必要だ。それがプロデューサー的視点。マルチ奏者でありサウンドエンジニアである彼ならではの視点だ。アルバム全体としては、インテリジェンス溢れる大人のロック。右脳と左脳の両方を使わなければいけないんだと教えてくれる。

「サボテンミュージアム」奥田民生
ラーメンカレーミュージックレコード
RCMR-0007

プロっていうのはどんなジャンルであっても、毎日そのことしか考えていない人種なんだよ、と誰かが言っていた。もちろん道具が揃っていることや、その道具が一流であることも大事だが、まずはそのことばかり考えているというアタマの部分が基本だろう。毎日考えると何が起こるか。当然、見識が深くなる。つまり他の人よりも「語るべきこと」が増える。それは広くなることではない。狭く深くなっていく。奥田民生のソングライティングがまさにそうだ。このアルバムを人に言葉で伝えようとすると、ユーモアのあるロックンロールとでもなるだろうが、それでは全然伝わりきらない。似ているものを想像するが思いつかない。それぞれの楽器の演奏は特別なものではない。しかし総体として鳴っているのは、独特な音楽だ。毎日考え続けた結果辿り着いてしまった深さとしか言いようがない。

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