日経新聞: 司法 注がれた海外の目 ゴーン元会長が批判 増える外国人 議論の契機

日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告は8日の記者会見で日本の刑事司法を批判した。法制度は各国の主権の柱で、批判が違法逃亡を正当化する理由にならないのは明白だが、一方で期せずして日本の司法に海外の関心が集まるきっかけにもなっている。外国人材が増える中、固有の法文化を維持しつつ、司法制度改革をどう前進させるか。改めて考える機会になりそうだ。

弁護士同席なく
 「認めないと事態はもっと悪くなる、と検察官は何度も私に迫った。弁護士の同席もなく」
元会長は会見で「1日8時間もの取り調べで自白を強要された」と主張。弁護士の立ち会いがなかったことを挙げて日本批判を展開した。

会見後の海外報道では「弁護士の立ち会いなしに容疑者を繰り返し尋問し、ほぼ100%の有罪率となる日本の司法制度に疑問を投げかけた」(米ブルームバーグ通信)などと、元会長の主張を引く記事も目立った。

東京地検の斎藤隆博次席検事は9日、「取り調べは録音・録画しており自白を強要していないことは明白」と反論、弁護士とほぼ毎日2時間前後接見していたとも説明した。

ただ、取り調べ時の弁護士立ち会いを認めない点はかねて批判がある。

米英独仏や韓国などは立ち会いが可能だ。国連拷問禁止委員会は2013年に「中世の名残だ」と日本を非難した。だが日本政府は「真実の供述を得て真相を解明するという取り調べの機能が阻害される」と反論。これまでの司法制度改革でも弁護士の立ち会いは実現しておらず、自白偏重から脱しきれない現状の表れとの指摘もある。

郵便料金不正事件で逮捕され無罪となった元厚生労働次官の村木厚子さんは、かつて法務省の会議の席で、取り調べを「リングにアマチュアとプロボクサーが上がり、レフェリーもセコンドもいない」と表現した。日弁連でこの問題に取り組んできた小坂井久弁護士は「先進国で立ち会いが認められていないのは日本くらい。取調官と容疑者の力の差は圧倒的で、立ち会いで初めて対等になるといえる」と話す。

高い有罪率
 「有罪率99%では無罪は見込めない。正当な裁判ではない」
元会長の最初の逮捕は18年11月。再逮捕や起訴後勾留で130日間にわたり身柄を拘束されたと訴えた元会長は「裁判に5年かかると言われた。私は人質」と主張。有罪率の高さから「無罪を勝ち取る希望がない」ことを逃亡理由に挙げた。

日本の刑事裁判は詳細な証拠を基に審理する。検察は有罪が見込める十分な証拠が得られた事件のみ起訴するため、結果的に有罪率が極めて高くなる。「精密司法」と呼ばれるゆえんだ。

一方、海外では緩い証拠で起訴し、結果的に無罪も多くなる「ラフ・ジャスティス」の国が少なくない。英国の無罪率は18%(刑事法院、09年)という。日本では「精密」とされる有罪率の高さが、元会長の目には、結論ありきの「推定有罪」に映ったとみられる。

神奈川大学の白取祐司教授(刑事訴訟法)は「逃亡している刑事被告人の言うことに過剰に反応すべきではない」としつつ、有罪率の高さについては「事実認定が有罪方向に流されやすく、安易な有罪が紛れ込む恐れがある点には注意が必要だ」と指摘する。

保釈制度に波紋
逃亡は保釈制度にも波紋を投げ掛けた。元会長は19年12月29日午後、東京から大阪に新幹線で移動し、深夜に関西国際空港から飛び立った。捜査当局は見抜けなかった。

海外では保釈中の被告に全地球測位システム(GPS)による監視装置を装着する例がある。だが海に囲まれた日本では国外逃亡自体が少ない上、プライバシーへの配慮もあって導入論が進んでこなかった。法務省は今後、保釈中逃亡の処罰やGPS活用を含めた再発防止策を検討する。

 「基本的人権を侵害する日本のシステムを明らかにする」
会見冒頭、多くの海外メディアを前に宣言した元会長。森雅子法相は直後の臨時会見で「誤った事実を喧伝(けんでん)するもので到底看過できない」と反発したが、同時に「様々な指摘があることは承知しており、不断の見直しをしていく」とも付け加えた。

今後、日本で活動する外国人材が増えるのは確実だ。違法逃亡は論外としても、日本と海外の異なる法文化が「衝突」する場面は増える可能性がある。白取教授は「日本の刑事司法に突然、国際水準を突きつけたのが元会長の事件だった。逃亡で水を差されたとすれば残念だが、この機を生かして改善すべきは改善すべきだ」と話している。