子の引渡し審判に対する即時抗告事件 東京高等裁判所: 平成15年1月20日決定


子の引渡し審判に対する即時抗告事件
東京高等裁判所平成14年(ラ)第1724号
平成15年1月20日決定
抗告人 小田清文
被抗告人 杉山詩乃 こと 小田詩乃
事件本人 小田拓海 小田樹 小田文香


       主   文

本件抗告をいずれも棄却する。


       理   由

第1 本件抗告の趣旨及び理由
 本件抗告の趣旨及び理由は,別紙抗告状(写し)記載のとおりであり,これに対する被抗告人の反論は,答弁書(写し)記載のとおりである。
第2 当裁判所の判断
1 前提となる事実
 本件記録及び関連事件記録(横浜家庭裁判所横須賀支部平成14年(家ロ)第×××号子の引渡し仮処分申立事件)によれば,次の事実が認められる。
(1)抗告人と被抗告人は,昭和63年1月20日に婚姻の届出をした夫婦であり,両者の間には,事件本人拓海(昭和64年1月4日生),同樹(平成3年5月3日生)及び同文香(平成5年12月13日生)の3人の子がいる。
 抗告人は,ガソリンスタンドを経営しており,被抗告人は,婚姻以来,専業主婦であり,同居中は,被抗告人が主として事件本人らの養育に当たっていた。
(2)夫婦関係が不和になった原因については当事者間に争いがあり,いずれか一方に有責原因があるとは認められないが,抗告人と被抗告人は,次第に不和となり,抗告人が被抗告人に対して暴力を振るうこともあった。また,平成9年7月に被抗告人は乳ガンと診断されたが,その治療中に抗告人が配慮を欠く言動をしたことなども,抗告人と被抗告人の不和を深める一因になったものと考えられる。
(3)平成12年9月に抗告人が従業員の青山美鈴(青山)と2泊3日の旅行に出かけたことが発覚したことから,被抗告人は,離婚を決意し,同年10月24日,単身で実家に帰り抗告人と別居した。被抗告人は,同年10月5日に心因反応により2か月程度の心身の療養が必要との診断を受け,医師から心身が衰弱しているのでまず治療に専念して自己の心身の健康の回復を図ることが大切であると助言されたこともあって,やむなく事件本人らを抗告人の下に残して単身で家を出て別居した。
 被抗告人は,家を出る際,事件本人らに対しては,体調が悪いので遠方の病院に行くことになったとの説明や日常生活の注意事項を記載した置き手紙を残し,また,抗告人に対しては,「離婚の種別」「夫が親権を行う子」「妻が親権を行う子」「証人」の各欄は空欄のまま自己の署名押印をした協議離婚届とともに,「離婚の種類(協議離婚,調停離婚等)については今後を待ちたいと思う」,「(事件本人らの親権については)『公的な法機関』によって裁可の決定を待つことにしましょう」などと記載した置き手紙を残した。

 その後,被抗告人は,同年11月17日,婚姻費用分担調停事件(横浜家庭裁判所横須賀支部平成12年(家イ)第×××号)及び夫婦関係調整調停事件(同支部同年(家イ)第○○○号)をそれぞれ申し立てた。なお,被抗告人は,夫婦関係調整調停事件において,抗告人に対し,〔1〕離婚,〔2〕被抗告人を親権者とすること,〔3〕財産分与,〔4〕離婚慰謝料及び養育費の支払を求めた。
(4)しかし,抗告人は,平成12年11月29日,上記協議離婚届に事件本人らの親権者を抗告人と記載するなどして,協議離婚の届出をした。
 これに対し,被抗告人は,平成13年1月12日,横浜家庭裁判所横須賀支部に離婚無効の調停(同支部平成13年(家イ)第××号)を申し立てたが,調停不成立に終わった。そこで,被抗告人は,同年2月22日,横浜地方裁判所横須賀支部に離婚無効確認等請求事件(同支部平成13年(タ)第○号)を提起して,抗告人に対し,〔1〕協議離婚の無効確認,〔2〕抗告人の暴力及び不貞行為を離婚原因とする離婚,〔3〕事件本人らの親権者を被抗告人と定めること,〔4〕養育費の支払,〔5〕離婚慰謝料の支払,〔6〕財産分与を求め,現在係属中である。
(5)抗告人は,別居後,当初は,事件本人らが被抗告人と被抗告人宅で泊まりがけで面接交渉することを認め,平成12年12月2~3日,同月22~23日,平成13年1月4~5日に面接交渉が実施された。
 抗告人代理人弁護士は,平成13年1月18日の上記各調停事件の第1回期日において,被抗告人代理人弁護士に対し,面接交渉について1か月に2,3回の割合で週末に被抗告人宅で泊まりがけで行う旨の暫定的ルールの取り決めを提案したが,被抗告人代理人弁護士は,あくまでも被抗告人が事件本人らを引き取り,抗告人が月2~3回の面接交渉を行うという形での解決を求めたため,暫定的ルールの取り決めには至らず,その後,抗告人は,面接交渉の実施を拒むようになったため,被抗告人は,平成13年5月16日,本件申立てをした。
 平成14年2月14日の原審第5回審判期日において,抗告人と被抗告人は,双方とも出頭の上,被抗告人と事件本人らの面接交渉につき,平成14年2月24日以降の毎月第4日曜日午前9時30分から午後8時までとすることを合意したにもかかわらず,抗告人は,面接交渉の実施を拒否するわけではないものの,何かと理由をつけては合意に沿った面接交渉の実施に難色を示し,土曜日は仕事があるため被抗告人にとって都合が悪いことを知りながら,土曜日に面接交渉を実施することを申入れるなど,非協力的な態度を示しているため,面接交渉の円滑な実施は非常に困難な状況にある。
 さらに,抗告人は,平成14年5月ころ,週末には兄弟3人で一緒にできるスポーツをするべきであるとの方針に基づき,事件本人樹に対し,同人が小学校2年生の頃から熱心に参加していた地域のソフトボールクラブをやめさせ,事件本人らを3人揃って毎週日曜日にヨット教室に通わせるようになったほか,毎週土曜日にはヨットの自主練習を行うため,勤務の都合で基本的に日曜日しか休みをとれない被抗告人との面接交渉の実施がますます困難な状態になっている。
 また,抗告人は,事件本人拓海をして,被抗告人に対して面接交渉予定日が都合が悪い旨の連絡をさせている。
(6)現在,事件本人拓海は○○中学校2年生,事件本人樹は○○小学校5年生,事件本人文香は同小学校3年生であり,事件本人らは,2世帯住宅に抗告人,その実父及び継母と同居している。抗告人は,別居後,事件本人らの生活を優先して仕事の時間を調整し,また,同居している実父及び継母の協力も得て,事件本人らの養育に当たっている。事件本人らは,3人とも概して健康状態は良好であり,現在は日常生活,学校生活とも特に問題はなく,抗告人の下で一応安定した生活を送っている。
 抗告人は,平成12年の年収は438万円であり,経済的には安定している。
 なお,抗告人は,平成12年12月20日ころから,不貞関係にあった青山を自宅に同居させ,再婚を検討したが,同人が事件本人らの母親にはなれないとの意向を示したので,平成13年1月10日ころ,同人との関係を解消した。
(7)事件本人文香は,被抗告人が家を出た後,被抗告人がいなくなったことによる寂しさから,登校しても教室へ入れず,保健室で過ごしたり,カウンセリングを受けるなど,一時学校生活が不安定になったが,被抗告人が事件本人文香に会いに学校に行くようになったこともあって,徐々に回復し,平成13年1月から始まった3学期からは精神的安定が戻り,ほとんど教室で過ごすことができるようになった。
 他方,事件本人拓海及び同樹は,被抗告人が家を出た後に遅刻,欠席が増えるなどの学校生活の乱れはなく,目立った変化は見られなかった。
(8)被抗告人は,平成13年1月から働くようになり,現在は接骨院の院長補助として勤務し,給与収入の他に実父母からの援助及び福祉手当が期待でき,経済的には,事件本人ら3人と生活していくことができる状態である。勤務時間は,月曜日から金曜日までは午前9時から午後零時半まで及び午後3時から午後8時までで帰宅は午後9時ころになり,土曜日は午前9時から午後2時までであるが,被抗告人は,事件本人らを引き取った場合には,勤務時間中は実父母に事件本人らの面倒を見てもらうことや,勤務時間を午後6時までにしてもらうことを考えている。
 また,被抗告人は,事件本人らを引き取った場合には,事件本人らと抗告人との面接交渉については柔軟に考えており,面接交渉を拒むつもりはなく,事件本人らの転校を避けるため,○○町内の学校や抗告人宅からそれほど離れていないところに住居を定めるつもりであることから,事件本人らが下校途中などに抗告人宅に立ち寄ることも許容しようと考えている。
 なお,被抗告人は,平成9年7月に判明した乳ガンについては完治し,現在は年1回検診を受けている状態であり,また,心因反応については,平成12年9月から同年12月まで通院治療を受けて回復し,現在はフルタイムで稼働しており,事件本人らの監護に支障がない心身の状態にある。
(9)事件本人拓海は,気が優しく引っ込み思案で非常に繊細な性格であり,原審家庭裁判所調査官との面接の際には,本件について意思を明確には表現しなかった。しかし,事件本人拓海は,ストレス性の嘔吐をしやすいところ,平成12年3月24日の被抗告人との面接交渉日には,前日からじんましんと嘔吐の症状が出て面接交渉を取りやめざるを得なくなるなど,抗告人と被抗告人の間の面接交渉の実施をめぐる対立に巻き込まれ,精神的ストレスを強く感じていることが窺える。
 事件本人樹は,初対面の大人にも臆せず,じっくり考えた上で自分の気持を伝えることができる性格で,原審家庭裁判所調査官との面接の際,本件について,抗告人と被抗告人の板挟みになって困っている様子ではあるが,被抗告人と生活したい意向を示した。
 事件本人文香は,原審家庭裁判所調査官との面接の際,抗告人が被抗告人を蹴るのを目撃したことを理由に,被抗告人と一緒に暮らしたいとの意思を明確に示している。事件本人文香は,被抗告人が家を出ていってから,抗告人が不貞関係にあった青山との同居を解消するまでの間,精神的に不安定となり,保健室で過ごすことが多かったことから,被抗告人が家を出ていったこと及び抗告人が不貞関係にあった青山を同居させたことによって精神的な打撃を強く受けたことが窺える。
2(1)以上を前提とすると,戸籍の上では,抗告人と被抗告人の協議離婚が成立しており,抗告人が事件本人らの親権者とされており,被抗告人は非親権者であるが,協議離婚の成立自体に疑義がある上,少なくとも事件本人らの親権者の指定については,協議離婚届提出前に両者の間で協議が調うに至っていたとは認め難く,事件本人らの親権については,未だ抗告人と被抗告人が共同してこれを行使する状態にあるものと見る余地が十分あるというべきである。
(2)そこで,抗告人と被抗告人のいずれが事件本人らを監護するのが事件本人らの福祉に合致するかについて検討する。
〔1〕1の前提事実によれば,双方とも事件本人らに対する愛情,監護に対する意欲は十分であり,その監護態勢は,住環境の面では抗告人の住居が優るといえるものの,監護養育能力や経済的な面ともに大差はなく,また,事件本人らは,現在,抗告人の下で一応安定した生活を送っていることが認められる。
 そこで,抗告人は,事件本人らの現在の監護養育状況に特に問題がない以上,事件本人らの福祉のためには,監護の継続性を尊重し,現状を維持すべきである旨主張する。
〔2〕しかしながら,出生時から別居するに至るまで事件本人らを主として監護養育してきたのは専業主婦であった被抗告人であり、別居後2年余りが経過していることを考慮しても,事件本人らと被抗告人との精神的結びつきや母親への思慕の念はなお強いものがあり,事件本人樹及び同文香は,被抗告人の下で生活したい旨の意向を明確に示している。事件本人拓海は,態度を明確にしていないものの,必ずしも現状に満足しているわけではないし,母親を慕う気持に変わりはないと推測される。
 これに対し,抗告人は,事件本人らは被抗告人との生活を少なくとも現時点では希望していないと主張し,抗告人と生活することを希望する旨記載した事件本人らの被抗告人宛ての手紙を提出する。 
 しかし,事件本人らとしては,両親が激しく対立する中で父親から母親の下で生活することを希望するかと尋ねられれば,父親に対する配慮もあって,自分の本心を素直に表現することは事実上困難であり,事件本人らの上記手紙は,その文面からも,事件本人らの真意を表したものとは直ちに認め難いといわざるを得ない。したがって,抗告人の主張は採用することができない(抗告人が事件本人らに対して被抗告人の下へ引っ越したいかどうかを尋ね,上記手紙を書かせたのは,事件本人らを自ら養育したいと強く望む余り,事件本人らの心情への配慮を欠くものであり,子の福祉の観点からも決して望ましいことではない。)。
〔3〕本件記録によれば,事件本人らは,抗告人が被抗告人に対して暴力を振るったことを目撃し,恐かったことを記憶しており,事件本人樹及び同文香は,抗告人に対する違和感を払拭できないでいることが認められる。
 そして,抗告人が別居後まもなく青山を同居させたことについて,抗告人は,事件本人らの母親代わりの女性が必要であると考えたことによるものであり,短期間で解消したから問題はない旨主張するが,上記経緯に照らし,事件本人らの心情に対する配慮に欠けているというほかない。
〔4〕子は,父母双方と交流することにより人格的に成長していくのであるから,子にとっては,婚姻関係が破綻して父母が別居した後も,父母双方との交流を維持することができる監護環境が望ましいことは明らかである。
 しかし,抗告人は,1で認定した原審審判期日に合意した被抗告人と事件本人らとの月1回の面接交渉の実施に対して非協力的な態度をとっている。これについて抗告人は,事件本人らの都合ないし希望によるものである旨主張するが,事件本人らが抗告人に気兼ねして本心を表明することができない心情に対する配慮に欠けるものである。
 そして,本件記録によれば,抗告人が合意に反して面接交渉の実施に非協力的な態度をとり続けるため,合意に基づいて面接交渉の実施を求める被抗告人との間で日程の調整をめぐって頻繁に紛争が生じ,そのため抗告人と被抗告人の対立が更に悪化するという事態に陥っており,抗告人のこのような態度が早期に改善される見込みは少ないことが認められる。
 このような父母の状況が事件本人らの情緒の安定に影響を及ぼし,抗告人と被抗告人の対立に巻き込まれ,両者の板挟みになって両親に対する忠誠心の葛藤から情緒的安定を失い,その円満な人格形成及び心身の健全な発達に悪影響を及ぼすことが懸念される(事件本人拓海が,面接交渉をめぐる抗告人と被抗告人の対立に巻き込まれて,精神的なストレスが高まったことから,じんましんと嘔吐の症状が出たことは,その表れと見られる。)。これに加えて,事件本人拓海は中学2年生,事件本人樹は小学校5年生,事件本人文香は小学校3年生であり,いずれも人格形成にとって重要な時期にあることを考慮する必要がある。
 そうすると,抗告人との面接交渉について柔軟に対応する意向を示している被抗告人に監護させ,抗告人に面接交渉させることにより,事件本人らの精神的負担を軽減し,父母双方との交流ができる監護環境を整え,もって事件本人らの情緒の安定,心身の健全な発達を図ることが望ましいというべきである。
 抗告人は,抗告人が被抗告人と事件本人らとの面接交渉に支障を生じさせたことは一切なく,したがって,現在の生活環境の下で事件本人らへの心理的な悪影響はなく,むしろ元気に生活している旨主張するが,採用することができない。
〔5〕以上によれば,事件本人らを被抗告人に監護させることが事件本人らの福祉に合致するものというべきである。
 抗告人は,事件本人らを被抗告人に引き渡すとなると,転校を強いられることになり,事件本人らの生活の中心である学校環境を変えることによって,事件本人らの生活に重大な影響が生じると主張するが,被抗告人は,事件本人らの転校を回避するために○○町内に新たな住居を定めるつもりでおり,本件記録によれば,そのための準備を進めていることが窺われるから,抗告人の主張は採用することができない。
3 抗告人は,以上に摘示した主張の他にるる主張するが,いずれも以上の認定・判断を左右するに足りるものではない。
4 なお,付言するに,被抗告人に事件本人らを監護させることとした理由は上記説示のとおりであるから,被抗告人が事件本人らの引渡しを受けた後の抗告人と事件本人らとの面接交渉については,抗告人と被抗告人及び両代理人弁護士が協力して,早期に面接交渉のルールを設定することが望まれる。
 よって,上記と同旨の原審判は相当であって,本件抗告はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大藤敏 裁判官 高野芳久 三木素子)