「常(つね)を超える」 “木材素材の現状”

木材学そのものは個々の専門分野で深化し、多くの知識が蓄積されてきたが、木材素材そのものはこれらの知識を集積し、他材料とは隔絶した機能を体系化し、実業に資するという面では散々たるものである。ドライング・セットを悪用したドライ・ビームは、小割にすると割れが縦横に走り、使い物にならない。年間200万立米も輸入されているホワイトウッドを用いた集成材は火事になるとメルトダウンよろしく崩れ落ちるので消防士は中に入らないと聞いた。フローリングも表面はほとんど印刷物で、そのシェアーは7割から8割に達するとの事。天井板もセッコウボードに木目印刷をしたものが主流であるが、そのセッコウボード同士を支える受け木はジェルトンやラミン(この木は現在伐採禁止になった。)が使われている。しかし、虫害に弱く、支えを失ったセッコウボードの天井板が垂れ下がってくる。わが研究所の建物は昭和56年に建てられたものであるが、天井板が見事に垂れ下がっていた。見ると受け木がものの見事に食い尽くされているのである。その一方で、わが国のスギは、40億立米の蓄積があり、年間7千万立米肥大成長していると言われてきた。この利用に関して色々論議はするが、実を伴ったものは皆無に等しい。林業政策に基本がなく、対症療法と中途半端な補助金の垂れ流しを延々と続けているだけで、北欧のように国家プロジェクトとして質の悪いホワイトウッドをあそこまで仕上げた林業・木材施策を見習おうとしないのは如何なる理由があるのだろうか。林地では間伐され放置された伐倒材にシロアリが大量に発生し、衰弱した立木にまで入り込み、ひどいところでは立木面積の3割が食害を受けているという現状がある。
学会という組織も奇妙な、何ら存在の意義もない組織のように思える。これほどひどい現状に対して何ら対応が出来ていない。林業、木材を対象とする林学会、木材学会しかり。学生の時、柏先生の農学原論の講義を受け感動し、社会が喫緊に必要とする要請に応えることが応用学としての農学の使命であると教えられたことを忠実に実行して来た者から見れば、膨大な経費と労力を費やして、真面目に研究してきた成果が実学として社会にほとんど貢献、反映できていない現実をどのように考えているのであろうか。
昆虫を対象とする昆虫学会は、有機塩素系、有機リン系の農薬に代わって登場したネオニコチノイド系の農薬によるミツバチの大量死に始まる昆虫類の激減に対して全くの無頓着である。この農薬は神経系統の伝達を司るアセチルコリンの機能を撹乱する恐るべき薬剤であり、今年に入ってEUでは使用禁止になったが、わが国ではいまだに生産が続き、年間450万トンが生産され、農業ばかりでなく日常生活でも殺虫剤として何も知らずに使われている。
この薬剤の作用機序は人間の神経伝達経路も破壊するのである。昆虫の分類や生態を研究している輩は、アセチルコリンやコリンエステラーゼに対して無知であったとしても、自然生態系の中で昆虫類が激減していることに対し、その原因を突き止めようとしないのは何とも合点がいかない。
昭和35年(1960年)頃からと思うが、木材工業が急速に発展し、大学でも機を一にして林学から林産学が独立した。国策とそれに便乗した関連業界、関連研究分野の勢力拡大と人材育成が目的であって、学問の深化、発展によって必然的に分化したものではなかった。それゆえに、全体的に見れば小手先の対症療法的な研究が主流となり、木材工業と密接に関連した分野の研究は、内容的にはたかだか資料程度のものが論文としてまかり通り、林産学研究の質を著しく低下させた。その一方で、浅薄な研究を糊塗するために更に細分化された先端科学の分野を導入し、本来の木材研究は当初の林産学設立の目的からすれば、雲散霧消してしまった。本来なら僅か50年足らずで衰退してしまった木材工業と一蓮托生の運命をたどることになるのが会社経営の立場から見れば当然の帰結である。
しかし、独立法人化したとは言え、内実は公の組織である。文部省は、省益を考えれば、更に大学に対する権限を強化するには己の傘下の組織として残して置いた方が権力を行使する上からも都合が良い。このような話は大学関係者を含めて周知の事実であるが、誰一人としてこの矛盾を指摘する者はいない。
オルテガ・イ・ガセットというスペインの世界的に高名な哲学者によると、エリートは今から150年前に消滅してしまったそうである。 エリートに対する彼の定義は、「公人として、私欲、私心を捨て公(おおやけ)のために尽くす人間」である。この定義を真面目に実践した者は、彼の言を借りればこの150年間で組織内からほとんど全て放り出されるか、抹殺されてしまったことになるはずであるが、そうはなっていないところが人類にとって大きな救いであろう。
続く

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