「常(つね)を超える」 “自力本願と他力本願”

人間には自力本願と他力本願、他愛的と自愛的という二種類に分けられるように思える。
不思議な事に、自力本願の人間は自愛的人格を具備しているように思うが意外と他愛的人格を持つものが多い。典型的なのが弘法大使(空海)であろう。このような人物をオルテガはエリートと定義しているのではあるまいか。しかし、99%以上の人間が他力本願、自愛的であるから「衆生済度し難し」ということになる。かくして、現在では木材素材そのものの本質を究明する研究者はほとんどいなくなった。
  「常を疑え。」という諺があるが、世に膾炙(かいしゃ)された常識を覆すのは極めて困難であるにもかかわらず、これを疑い、果敢に挑戦しこれまでの常識を打ち破り新たな真実を明らかにする者が人類の歴史を作ってきた。天動説に対する地動説はその際たるものであるが、この諺を実践した多くの人々は死を覚悟しなければならないほどの過酷な運命に曝されてきた。ガリレオほどではないが、わたしのオイルパーム樹幹廃材の形状・寸法安定化に対する挑戦もこの常識の壁に突き当たって15年の長きに亘り呻吟させられてきた。2000年当時、マレイシアだけで年間4000万立米の廃材が排出し、その処理に苦労していた。手をこまねいていたわけではなく、この問題を解決するために多くの努力がされていた。しかし、その問題解決の手法はほとんどが既存の方法論を借りた対症療法的研究であったため、悉く成果を得られないまま、オイルパーム材の形状・寸法安定化は不可能という常識が定着してしまっていた。
それにも関わらず当時のマハティール首相やキム第一次産業相が私に依頼してきたことから、彼等が「常を疑う」ことの出来た傑出した政治家であったことを示している。不幸な事に、マレイシアのプロジェクトが始まってすぐに首相が温厚であるが平凡なアブドラに交代した。マハティールはルック・イーストで知られるように優れた政治家で今日のマレイシアの土台を作ったといわれているが、長年の権力の座に居続けることで溜まった膿の責任を取らされ、忠実な子分であったアブドラに首相の座を一旦禅譲し、頃を見て復帰するつもりだったようだ。第一次産業大臣も優秀な華人からマレー人に代わり、おまけにMPOB(マレイシア・パームオイル機構)のトップであったユソフは何の見識もない人物だったので、事業化まで後一歩のところまで完成していたのに、事業化の責任を私に丸投げして逃げてしまった。
中断するにはあまりにも勿体ないところまで来ていたので、それから何とかこの事業を進めてくれる事業母体を見つけようと現地の財閥やわが国の総合商社、建材メーカー、自動車メーカー、NEDO等と交渉を重ねたが、熱帯地域の環境保全、自然環境保護等の文言は単なる絵に描いた餅であることを嫌というほど教えられた。
現在、インドネシア全体ではオイルパームの植林面積が840万ヘクタールに及ぶ。わが国で見ると、九州、四国及び中国地方のほとんどを加えた面積全体がオイルパームで覆われていることになる。そこには生命の調和が完全に失われ、多くの種が絶滅する。マレー半島とカリマンタンのマレイシア領の植林面積を加えると膨大な面積になるが、オイルパーム資源の10%が利用されているだけで残りは廃棄されているのである。この廃棄される90%を有効利用することでこれ以上のオイルパームの拡大を防ぎ、自然環境を保全するためには、私の仕事を中断させるわけには行かない。成功すれば拍手喝采、多くの魑魅魍魎がウンカのごとく集まってくるだろうが、それまでは傍観しているだけである。何とも厄介な運命を担わされたものだが、「大欲を持って事に当たれ。」との神のお告げと思い、「オイルパームの幹は使い道がない。」という常識を破って常を超えるためには頑張るしかないだろう。 
続く

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