「常(つね)を超える」

「常(つね)を超える」
この文を書いたのは今から9年前に、私が在籍していた京都大学木質科学研究所の木材物理部門の50周年の記念事業として小冊子を発行するに当たり、投稿したものです。かなり厳しい内容になっていますが、「天に唾する」という諺に当てはまることではなく、林業や木材に関わる人達に広く読んでいただき、身勝手かもしれませんが私の思いを共有して頂くと共にこれからの若い人たちの指針の基本になればとフェースブックに載せることにしました。皆さんからのご意見、ご批評を待っています。

“はじめに”
木材物理部門が開設されて今年で50周年を迎えるとのこと。まずは重畳と言いたいところだが、部門開設が木材素材そのものを総体として捉え、物理学の立場からその本質を明らかにし、林産学という応用学の領域で体系化し、社会の要求に応えるということを目指したものであれば、所期の目的を放棄し、いたずらに馬齢を重ねてきた感もある。初代の部門の教授をしておられた山田先生が編纂された「木質環境の科学」の背景にある思いはこの目的の継承を後進に託されたのではないかと考えているが、この50年での急速な科学技術の進歩と工業製品の規格化が進む中で、木材は単なる工業原料として扱われ、林産学が因って立つ木材関連産業の凋落を目の当たりで見ていると今日における木材研究の変節も「むべなるかな。」である。時代の変化と呼応して時流に乗らなければ研究者として評価されず、取り残され、見捨てられるという恐怖感は通常の人間なら誰しも持つものである。大学そのものが世俗化、大衆化してしまった今日では、時流に乗ればスターダムにのし上がれるというのも世俗的な感情であろう。かくして、建前と本音を巧妙に使い分ける器用な科学者ばかり増えて、本音でしか生きられない学者は骨董品になってしまった。
木材素材そのものを総体として捉え、その存在意義を明らかにすることは、要素還元論をベースに手段が目的化してしまった自然科学の手法では問題解決に至らないのではないだろうか。しかし、これまでにそれぞれの専門分野で精緻化し、深化させた研究業績は個々には素晴らしいものがある。これらを統合し、統一的、根源的にまとめるという研究分野がそろそろ必要になってきており、その努力も散見されるが、多くは木材素材そのものの優れた材料機能の表面だけが模倣され、都合よく利用されているだけのように思える。
今日の高度に規格化された工業社会において、木材素材が位置付けられるためには、まず素材そのものの形状・寸法安定化が確立され、他の工業製品と並ぶ厳密な規格化が成されなければ、生物機能性材料としての優れた材料機能を明らかにしたとしても素材そのものは受け入れられない社会になっている。そのための重要な技術として「熱化学還元法」、いわゆる燻煙熱処理法がある。私自身は、この技術の理論的背景と実験的事実の積み重ねを進め、これまでに、スギ、カラマツ、ポプラ、タケ、オイルパームについて確かな結果を得てきたが、木材素材に対する社会の常識を変えるに至っていない。
この技術を中心として木材に関する所期の目的を達成するためにこれまで孤軍奮闘してきたが、木材研究の関係者から誰一人として協力するものは出てこなかった。唯一、生存圏研究所の所長をしている津田教授が自分の権限で使える所長経費を使って共同研究を名目に私の研究を手助けすることを申し出てくれた。この背景には、口蹄疫に対する1億5000万円の研究開発費を当時の川端文部大臣に頼んで生存圏研究所に出してもらったお礼の意味もあるのであろうが、言葉だけでも済んだことである。しかし、所長権限として自由に使える金を提供するなどは並みの人間ではできないだろう。皮肉な事に、彼の専門分野は木材とは全く関係がないから面白い。おかげで、インドネシアでは長年の懸案事項であったオイルパーム樹幹廃材有効利用のプロジェクトがスタートし、ラオスでは生存圏研究に関する新領域開発研究の拠点作りのプロジェクトがブンティアム大臣を中心に進められることになり、私の要請でわざわざラオスから津田所長を表敬訪問してくれた。
ここ三雲の地に研究拠点を作ったのも、統一的、根源的な研究の場(フィールド、アトモスフェアー)にするためだが、このような大仕事を一人でやるよりは複雑系の学問を立ち上げようとサンタフェ研究所に集まった研究者たちと同様、一人でも多くの同士を集めたほうが面白いだろうと考えている。
しかし、ノーベル賞受賞者が集まったサンタフェ研究所のその後の動きが伝わってこないところを見ると、この手の学問を構築するのは至難の業なのだろうが、ドンキホーテよろしく山田先生の思いを形にしようと、日々これ研鑽の毎日である。
続く

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