声だけ聞こえる時空のズレ

家に帰宅し部屋のベッドに腰掛けてノートPCを使っていると、母が部屋に入ってきた。自分を探している風だけど見えていないようだ。

「ここにいるよ?」と返事をすると、声は聞こえるものの姿が見えないという。どうやら自分は姿が見えない状態になったらしかった。

外に出てみると一応人が居るものの、自分の姿は見えないようだった。声を出してみると振り返ったりするので、やはり声は聞こえるらしい。まるで透明人間になったかのようだった。

ふと、自分が時計を持っている事に気づいた。とてもシンプルな丸い時計で文字板と針がむき出しになっている。時間が合っていないようだったので針を回してみると、周囲の風景がどんどん変わり始めた。針を進めれば時間が進み、戻せば時間が巻き戻る。そんな仕組みのようだ。

面白いので針をクルクル回しているうちに、元の時間がどこだったのか分からなくなってしまった。最初の状態が自分の居た時間なら、そこに戻せないというのは不安がある。かなり時間を先に進めてしまった。

家に帰ってみるとリビングに母の姿が見えたが、部屋から母の声が聞こえた。話してみると自分が出ていってからも部屋に居たらしくさほど時間は経っていないということだった。

試しにその場で時計の針を弄って見ると部屋においてある時計はすごい勢いで進んだり戻ったりするものの、母はその時間変動の影響を受けていなかった。

リビングに行こうと廊下を歩いていたら箒を持ったメイドが居たので話しかけてみた。声だけ聞こえるので大層おどろいたようだったが「箒は持てますか?」と聞いてきた。きっと持てないだろうと思いつつ箒を受け取ると、ちゃんと持てるようだった。メイドからは箒が宙に浮いて見えるらしい。意外な結果だった。

皿や鉢植えなどを持ち上げてみたが、やはりちゃんと持ち上がって”向こう”からは宙に浮いて見えるらしかった。もしかして動物には自分の姿が見えるかと猫を持ち上げてみたものの、うろたえた様子からすると全く見えていないらしい。

状況を整理するとこうだ。
自分は元いた世界からは見えなくなっている。手持ちの時計を使うことで自分から見える世界の時間を変える事ができて、別時間の世界に対して干渉できる一方で、元居た世界にも声だけ聞こえる。

姿が見えない代わりに二つの時間に同時に存在できるようになったらしかった。片方は時間を自由に調整できて、もう片方は元いた世界。

二つの世界の時間を合わせれば元に戻るのかも、と思って時計の針をクルクル回してみたものの、どうやってぴったり合わせれば良いのか分からず戻せそうになかった。

ー終ー

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