天鳳位への道のり 第5話「覚醒」

 それはふとした思い付きだった。
「そういえば、右折するひつじさんはどんな麻雀を打つんだろう?」
ひつじさんは12代目天鳳位おかもとさんのサブアカで、鳳南2000戦以上で安定9.5段の鉄強プレイヤーだ。そして奇しくも私が挑戦を始めてから最初に誕生した天鳳位でもある。その存在は多少気になってはいたのだがトトリ先生の方が成績が上だったため、下位互換に過ぎないだろうと勝手に見切りをつけてしまっていた。ただ、その時の私は進むべき道がわからず途方に暮れていたので、藁にも縋る思いで牌譜を見てみることにした。
 最初に持った感想は「よくわからない打ち方をしているな。」だった。トトリ先生の攻めの麻雀ばかり見ていたせいか、どうにも手牌をこねくり回して逃げているようにしか見えなかったからだ。こんな打ち方でよく天鳳位になれたなと思った。しかし、もう数試合見ている内に段々考えが変わってきた。場況を的確に見極めた打ち方をしていることに気づいたからだ。
 ひつじさんのプレイスタイルはオールラウンダーで、面前から副露・攻撃から守備と何でもそつなくこなす。特に顕著なのが場況判断能力だ。状況に応じて実に的確な一手を打つ。皆さんは牌を切った後に河をよくよく見たら必要牌がほとんど切られていたという経験はないだろうか。私は今でもたまにやらかすのだが、ひつじさんはそういうミスをしない。
 少し話が逸れるが、私は安定9段超えのプレイヤーがなぜこんなに少ないのか考察したことがあって、その理由の1つが場況何切る問題にあると考えている。巷で人気の何切る本はフラットな状況を前提としたものであって、非常にためになる本だと私も思っているが、実戦では大抵場況が絡んでくる。体感では何切る状態になった時、フラットに判断できるケースが2~3割で、残りの7~8割は場況が絡む。純粋に場に切られている枚数に加え、点数状況・染め手や仕掛けへのケアも考慮したところで打牌選択をしなければならず、時にはリャンメンを払ってカンチャンを残さざるを得ないケースや、オリを選択するケースも出てくるわけだが、まともに対応できている人は鳳凰卓でさえ1割もいないんじゃないかと思う。この分野の開拓が進まない理由として体系化が難しく戦術本を出しづらいというのがあると思っていて、
① 1問作るだけで数ページ消費するので効率が悪い。
② 場況何切る問題なんてそれこそ無限大にあるため、本に載せるのにふさわしい問題を探すのが手間だし、実戦で全く同じ状況に巡り合うことはまずない。
③ 上級者向けでとても万人受けするものではない。
④ 従来の何切る問題は有効牌枚数から答えを数値化して示すことができるが、場況何切る問題は数値化できず抽象的な答えにしかならないので、わかりづらく消化不良を起こす。
ということが挙げられる。結局、この分野の勉強をするなら強者の牌譜から読み解いていくしかないと思うのだが、ひつじさんはその最たるプレイヤーであるというわけだ。
 また、ひつじさんは手作りも上手い。並のプレイヤーなら思わず仕掛けてしまいそうな急所牌をスルーして面前で仕上げにいく。高打点の意識が高く、手役を作りにいったり、捨て牌3段目に入っても勝負手ならケイテンを取りに行かず、ギリギリまでマンガン・ハネマンチャンスを狙いにいく。この打点意識はそれまで手なりで打つことが多かった私に意識改革を起こしてくれた。
 そしてひつじさんは守備的にも打つ。トトリ先生が単独2・8牌を聴牌まで残すのに対し、ひつじさんは愚形受けが残っていても1・9牌が2枚切られるや否や2・8牌は字牌よりも先に切り飛ばす。あと、状況次第では配牌オリというのもよくやる。私はこのやる気のない打牌のことを勝手に「ひつじムーブ」と呼んでいるが、たまにちゃっかり聴牌を入れてアガったりもするから驚きものだ。そして、その守備的な打ち筋は在りし日の私の姿を思い出させてくれた。こういう打ち方をしていても素晴らしい結果を出せている。私が参考とすべきなのはこの人だったんだと確信に近い思いを抱いた。
 この出来事から私が得た教訓は、他者の牌譜を見て勉強するなら、強者であるからという理由だけでなく、自分と打ち方に共通点がある人のにした方がいいということだ。なぜなら牌譜を見ても本人が解説してくれるわけではないので打牌の意図を完全に理解することは不可能なわけだが、共通点がある人ならまだ理解できるため雀力が伸びやすいからだ。私は最終的に面前守備型に収まったわけだが、真逆のスタイルである副露攻撃型のトトリ先生の牌譜で勉強することには無理があったのだ。例えるなら、HUNTER×HUNTERでいうところの強化系の人間が具現化系や操作系の相性の悪い能力を覚えるようなものであって、それはメモリの無駄遣いというわけだ。

 しばらくひつじさんの牌譜を穴の開くほど見続ける日々が続き、100戦程見た頃だろうか。無性に実戦がしたくなってきた。今度こそいけるかもしれない。私はかつてないほどワクワクしていた。実戦に戻るにあたり、どちらのアカウントを使うか考えた。pt状況的には両者ほぼ変わらない。私は火時計を選択した。理由は2つある。1つはこの時点でCアカは鳳南2000戦以上打っていたので、どんなに頑張っても見栄えの良い成績にはならないと思ったこと。2つは天鳳位になれたと仮定して、火時計とCアカのどちらの名前で呼ばれたいかを考えたとき、火時計の方がいいなと思ったからだ。つまり10年連れ添った妻よりも若くて成長性のある愛人を取った形だ。人間関係に例えるなら私は最低野郎である。ちなみに、この時点での火時計の成績は鳳南約600戦を打ち、安定7.7段であった。そして私の快進撃はここから始まる。
 覚醒最初の月である2021年4月はひつじさんの様な麻雀を打とうと手探りをしながらの実戦ではあったが、好調を引いたのも重なり月間成績は186戦打ち、ラス率.167・安定12.1段という自分でも驚く数字を出した。もちろん、これまでで最高の安定段位である。
 続く5月はGWがあったので打数を稼ぐことができ、誕生日には角田氏から九段というプレゼントを貰うことができたのだが、4月ほど好調ではなく、250戦打ちラス率.224・安定8.6段の成績であった。ただ、これが覚醒後の最低ラス率&安定段位となるのである。

 そしてここで一つ重大な話をしよう。もしかしたら、このnoteの読者の中には麻雀が上達できるヒントが何かあるかもと思って読んでいる人がいるかもしれないが、実はとっておきの戦術が1つある。私はこの戦術のことを「安定段位MAX打法」と名付けており、あそこまでの好成績を残すことができたのはこの打法が寄与するところが大きいと考えている。ひつじさんの打ち方をベースに「安定段位MAX打法」を取り入れたものが私の麻雀であるとも言えよう。
 これを最初に発見したのはCアカを九段で打っている最中であった。ただ、この時は実力不足だったため勝ち切れず、なんか違うかもと思って一度は切り捨ててしまったのだが、ひつじさんのおかげでレベルアップした状態で改めて考えてみると、やはりこの戦術は有効なのではと思い至ったのである。気付いているのが私だけということはないと思うのだが、これまで多くの戦術本やネット記事を読んできて、この戦術について言及されているのを見たことは1度もない。そして私はこの打法の内容を誰にも話すつもりはない。というのも技術が必要な技ではなく、理論を聞けば誰にでも簡単に実践できてしまうため、安定9段超えのプレイヤーがゴロゴロ出てくるようになってしまうと思うからだ。苦労の末自力で見つけた技だし、これからも天鳳をやっていくつもりなので、敵に塩を送るような真似はしたくないというわけだ。話さないんだったら最初っから言うなよと思うかもしれないが、そこは私も男の子。皆が知らない奥の手を俺は持ってるんだぜ、すごいだろへっへーと言いふらしたいお年頃(33歳)なのである。
 自慢ついでに言わせてもらうと、覚醒後の私の鳳凰卓トータル成績は1612戦打ち、
 1位率.262
 2位率.279
 3位率.266
 4位率.193
安定段位は10.5段である。確変だと言われてしまえばそれまでなのだが、確変にしては続き過ぎなのではとも思っている。私がダブル天鳳位を目指して今現在も打ち続けているのも、ひとえにこの打法が正しいことを証明するため、自信を確信に変えたいからなのである。

 話は戻って続く6月。序盤は安定9段ペースで戦えていたが、中盤は久方ぶりの絶不調を引き一旦は八段に降段してしまった。しかし、そこから急に調子が息を吹き返し、僅か10日(60戦)で九段に復帰。終わってみれば211戦で、安定9.5段の成績であった。
 7月に入っても好調は続く。Cアカの最高記録を抜いて初めて九段3000ptにタッチすることができ、十段を意識し始めた。その後はしばらく3000pt付近をうろうろしながらも最後には多少ptを減らし、丁度200戦打って安定10.3段の成績で終了した。 
 私はこの4ヵ月の結果に相当驚いていた。以前だったら、これだけ打てば必ずどこかの月で反動がきてひどい成績を出していたのが、この4ヵ月では最低成績で安定8.6段なのだ。自分の打ち方が最も天鳳にアジャストしたものではないかと思い始めていた。
 8月に入る。浮き沈みを繰り返しながらも徐々にptを増やしていき、一度はトップ条件で十段昇段というところまできた。その昇段戦は悲しいラス(オーラスにフリテンリーチをかける羽目になり、どの待ちが1番山に残ってそうか考えている内に、時間切れになってラス確の自動ツモアガリをしてしまう)で終わってしまったのだが、その後なんとか盛り返し、あれは忘れもしない8月22日のこと。挑戦開始から1年と9ヵ月。Cアカと合わせて通算5度目の九段にして初めての十段へ昇段、ついに天鳳位への挑戦権を得たのである。「俺もとうとうここまで来れたんだ・・・!」達成感で胸がいっぱいになった。しかし、喜んでばかりはいられない。今まではあくまで通過点、ここからが本番なのだ。数多の挑戦者を葬り去ってきた天鳳最大の難関、十段坂での激動の日々が幕を開ける。

次回、最終回。

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