天鳳位への道のり 最終話「昇天」

 十段になった満足感は捨て置いて、まずは打ってみることにした。1戦目。南3局にマンガンをツモって逆転し、ギリギリラス回避成功。悪くない出だしだ。続く2戦目。オーラスにハネツモ条件をクリアされ、ラスになってしまう。わかってはいたが180pt減っている。考えてもみてほしい。鳳凰卓で3戦打って1位を1回・2位を2回取れたら大勝利だ。なのに十段は1回のラスでトントンに戻される。連ラスを引こうものならその日の勝利はもうないと言っていい。こんな無理ゲー仕様にしたのはどこのどいつだと文句の一つも言いたくなる。この月はなんとか耐え忍んでいたが、最終的には500pt程減らして終わった。

 Cアカで2回目の九段になった時のようにじわじわと恐怖が襲ってくる。そりゃそうだ。天鳳位になるにはここで安定10段以上の成績を維持しなければならないが、そんな実力を持つ人間はこの世に存在しないのだ。確変を期待するしかない。だが、過去の挑戦者達の敗戦の記録を見ると、そんなことがそう易々と起きないことは明白だ。
「ここまでやれたなら上出来だよな。十段でも立派な名誉じゃないか。」
「十段保存」という言葉が脳裏によぎってくる。しかし、だ。十段で終わるためにここまでやってきたんじゃない。あくまで目指すは頂点だ。確変が起きないと決まったわけでもないし、胸を借りるつもりでやってみようと思った。

 十段で戦うにあたり、まずは恐怖心をなくす必要があると思った。どうすればいいか。十段に慣れることだ。慣れるには打ち続けて十段であることを当たり前のように感じられるようになればいい。言い方を変えれば感覚を麻痺させるということだ。だから、何があっても月150~200戦は絶対打つことに決めた。
 また、メンタル面の対応も工夫した。「あのASAPINさんやおかもとさんだって1回目の十段は降段しているんだ。自分なんかが1発で昇段できるわけがない。していいわけがない。目標期限の35歳までまだ1年以上残っているし、3回目の十段くらいまでにクリアできればいいや。」と、降段しても別に構わないと気楽に考えることにした。これはかなり有効だった。恐怖心も減ったし、劣勢になっても焦ることなく落ち着いて打てた要因だと思う。
 それから天鳳を打つリズムを作るために日常生活をルーチン化していたのもよかった。平日は定時になった瞬間、上司・先輩を差し置いて速攻で帰宅し(麻雀に命をかけていることは言ってあるので、理解は得られていた)、シャワーを浴び、晩ごはんを食べ、30分仮眠をとった後に実戦に入るという流れを徹底した。休日は朝起きてすぐには絶対打たない。脳が覚醒していないからだ。朝ごはんを食べ、眠気が残っているので一旦二度寝をし、11時くらいから実戦を始めて10戦以上打つようにした。
 余談だが、私はプレッシャーに弱い。胃腸にくるタイプだ。十段になってからというもの、その日の初戦を打つ前には必ずお腹が痛くなりトイレに駆け込んでいた。必ずだ。むしろ催してこないと実戦に入れないまであった。今思えばかなり異常なことであったが、その時の私はそれすらもルーチンの一環として当たり前のものと受け入れてしまっていたのだ。慣れというものは本当に恐ろしい。なんでこいつはこんなストイックな生き方をしてるんだと引いた人もいるかもしれない。だが、もはや私にとって天鳳は単なるゲームではない。人生の一部なのだ。むしろ、自分は麻雀を打つために生まれてきたとさえ思うようになっていた。

 十段2ヵ月目の9月。ちょっとした好調を引き一時2900ptまで増やすことができた。もしかしていけちゃう?自分でもビビり始める。そして嬉しいことがもう一つ。安定段位が9段を超えたのだ。鳳南2000戦以下ではあるが、そこまであともう少しだ。あのレジェンド達と肩を並べられるかもしれないと興奮した。
 だが事はそう簡単に進まない。そこからいきなり坂を転がり落ち、たった1週間で残り800ptというところまで減ってしまった。だが、こうなることは織り込み済みだ。1回目の十段なんかくれてやらぁ。ひるまず打ち続ける。この月は150戦打ち、安定9段の成績だった。この成績でも前月から-450ptだ。本当にイカれている。

 十段3ヵ月目の10月。序盤はいい感じに進み1700pt近くまで回復したが、その後また800ptまで戻されてしまう。しかし、そこからあまりラスを引かなくなった。勝ち星を積み重ね、月末にはまさかの3000ptを突破し、レートランキングも初めて1位になれた。バカヤロー!先月のあの1週間がなければ天鳳位になれてるじゃねーか!その後多少ptを減らしたが、最終結果は216戦打って、得点+1000・連対率.560・ラス率.176・安定12.3段と最高の成績を残した。この頃には安定段位MAX打法も安定してきて、自分の麻雀が完成形に近づいていたように思う。
 また、この月は鳳南2000戦に到達した。その時の安定段位は9.3段で藤井聡太氏に次ぐ第5位にランクインした。不思議な光景だった。まさか自分がここまで上位のランキングに入り込めるなんて全く考えていなかった。十段になれた時よりも嬉しい。
 安定9段超えというのはもの凄く自信になる。そのうち「安定9段の効能」という記事を作ろうと考えているが、その内の1つが熱くならず冷静に打てることだ。理不尽な放銃をしたとしても「俺がこうなるなら他の誰が打っても一緒だ。この半荘のラスは引き受けてやるが、精一杯の抵抗はさせてもらおうか。」と良い感じに開き直ることができる。私は負けてる時でも平然とオリると評されているが、自分は安定9段超えのプレイヤーだから最終的には勝てるだろうと心の余裕を持てていたことが大きな要因だったと思う。冷静に粘っていればラス回避できる半荘は結構あるものだ。

 十段4ヵ月目の11月。序盤は好調で3000pt付近まで伸ばすものの、中盤に差し掛かると10連続逆連対をくらい原点まで戻されてしまう。私は虚無感を覚え始めていた。十段になってから500戦近く打ったのに原点なのだ。安定10段と言えば聞こえはいいが、結果だけ見れば十段になってから何もやってないに等しいのだ。プライベートの全てを捧げて必死にやってきたこの数ヵ月は一体なんだったんだ。ptを増やしては減らし、減らしては増やしの繰り返しで、これじゃあまるで穴を掘っては元通りに埋める作業を行う北朝鮮の拷問みたいじゃないか。やはり無理ゲーだ。こんなの永遠にクリアできる気がしない。もう疲れた。やめたい。
 気力が萎えかけていたが、私は自分にある1つの問いを投げかける。
「ここで挑戦をやめたとして、いつか人生最期の瞬間を迎える時、天鳳位になれなかった自分自身をお前は許すことができるのか?」
許すことなんてできるわけがない。絶対に後悔すると思った。続けよう。努力しても報われるとは限らないが、努力しなければ報われることは絶対にない。今すぐは無理でも打ち続けていればいつか必ずゴールに辿り着ける。自分を信じろ。俺は天鳳位になる男だぞ!己を鼓舞し、戦い続けることを改めて決意する。

 ここまで読むと十段はさぞ苦しかったに違いないと思うかもしれないが、そんなことはない。確かに大変ではあったが同時に楽しくもあった。ラスのペナルティが重い分、勝った時の喜びもひとしおだ。オーラスに劇的なラス回避をした時なんかがそうだが、私は心の底から嬉しくて感極まった際には「YES!YES!!YES!!!」と雄叫びを上げてしまうことを生まれて初めて知った。欧米か。ラスからトップまで突き抜けるような逆転勝利をしてしまおうものなら、絶叫しながら飛び跳ねて部屋の中央に立ち、腰をクネらせながら喜びの舞を踊った。とても人様に見せられるような姿ではない。私は30歳を超えたら振る舞いが自然に落ち着いてくるんだろうなと思っていたのだが、天鳳のせいで余計激しくなった気がしている。でも、この年になってもこれほど喜怒哀楽の感情が激しく揺れ動くものに打ち込めていることに幸せを感じていた。今まで生きてきて、これほど生を実感できた時期はなかった。

 そして時は動き出す。始まりは勤労感謝の日を含む11月21日から23日の連休中だった。初日の12連対を皮切りに残りの2日もラスを1回ずつしか引かず、38戦で1500pt増やした。この時点で3260pt。緊張してきたが落ち着こう。ここから何回も突き落とされてきた。慌てふためくのは3500ptを超えてからで十分だ。そこから数日で3500ptに到達してしまう。マジですか。
 最後の1週間はまるで生きた心地がしなかった。いつまたこの坂を転げ落ちてしまうんだろうという不安感が最後まで消えることがなかったからだ。ここまで来てしまうと1回目の十段だから降段してもいいなどという殊勝な気持ちはもはや一切ない。仕事も上の空で手につかない有様だった。事務作業中に天鳳のことを思い出しては「うあああっ」と呻き声を上げ、気持ちを落ち着かせるために拳で胸を叩くというのを何回もやった。同僚は私を見てさぞ不審に思ったことだろう。第一子が生まれる直前の会社に働きにきてるお父さんはこんな落ち着かない気持ちになるんだろうなとわけのわからないことを考えていた覚えもある。
 11月の最後は3500pt前後を行ったり来たりで終了した。この月の成績は・・・いや、そんな話はもうどうでもいい。12月1日。初戦でラスを引いてしまうが、その後取返しプラマイ0で終了。12月2日。ラスを引かない。3755ptになる。
 そして12月3日。その日はやってきた。初戦。東発に不運なマンガンを放銃してしまうが、なんとか2着終了で3800pt。まだだ・・。落ち着け・・。2戦目。東発にマンガンをツモるものの、その後何もできず3着終了。やはりそううまくはいかないか・・。3戦目。2件リーチに対しゼンツしてアガりきった親ッパネが決め手となり1着。3890pt。・・・。4戦目。アガりも放銃もせずに3着。ラスにならなくてよかった・・。5戦目。東発に気合の追っかけリーチで親マンをツモり、その後更に得点を追加し6万点トップで終了。3980pt。ついに・・、ついにここまできたぞ・・!天鳳位昇段戦こと通称「昇天戦」である。

 私は前々からずっと知りたいことがあった。同じように興味がある人は多いだろうと思う。それは昇天戦を迎えた時、人は果たしてどんな心境になるんだろうかということだ。答えを知っている人はごくわずかしかいないため、聞きようもないから自力で辿り着くしかない。いつかその日が来ることを夢見ながら打ち続け、ついにそこまで辿り着いたのである。その時の私の心境はこうであった。
「ああ・・、下手したら俺の挑戦もこれで終わっちゃうんだな・・。」
何ふざけたこと抜かしてんだと思うかもしれないが、私は天鳳位になることを自分の人生最大の挑戦と捉え、生きがいにしてここまでやってきたのだ。緊張よりも挑戦が終わってしまうことの寂しさの方が上回ってしまったのである。この楽しい日々を、ドキドキの毎日をもっと続けていたいと思った。とは言え、ここまで来たのならやるしかない。あと20ptで連対条件変わらずだったので、特南で打つことにした。
 結果はあっさりしたものであった。東1局で6万点トップになった私は勝ちを確信した。連対条件でこれは流石に落としようがないと思ったし、正直拍子抜けした。挙句の果てには、これまで実戦中に一度もしたことがなかった余所見をして、友人に「今6万点トップ!」とLINEを送る始末であった。後で牌譜を見返した際に対面の親が18000を張っていたことを知り、肝を冷やしたのは言うまでもない(その時のカン6索リーチはかなり自信があったが)。そんな危険があったことも知らず、過去数百戦なかったであろう大トップで終えてしまったため、昇天した時に自分は絶対号泣するんだろうなと思っていたのが、込み上げてくるものは何もなかった。強いて言うならやはり終わっちゃったなという寂しさだけである。
 
 挑戦開始から2年と23日。合計試合数4753戦。20代目天鳳位「火時計を押せ!」はこうして誕生した。

本編はこれにて終了。エピローグへ続く。

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