天鳳位への道のり 第4話「地獄」

 火時計で鳳凰卓を2ヵ月打ったその翌月は久々にCアカで打つことにした。火時計がまだ九段になっていないものの、時間の問題でなれるだろうから別にCアカで打ってもいいかなと思ったのである。それに自分が安定8段超えのプレイヤーということを知ったおかげで九段が雲の上の存在ではなくなっており、以前ほど恐怖を感じないようになっていた。そして、この時の私は火時計で打った2ヵ月間はたまたま不調を引いただけであり、本来なら安定9段超えのプレイヤーであるはずだとまだ思っていた。
 Cアカでは、最初の3日間で1000pt近く溶かしてしまったが、その後の3日間で1000pt以上稼ぎ、やっぱりやれるじゃないかと思った。しかし、それから1週間ほどは原点付近をうろついていたのが、月の半ば辺りからラスが目立つようになって徐々にポイントを減らしていき、下旬に入った辺りで八段に降段してしまったのである。この月は約180戦打ち、安定段位が6.4段であった。
 流石にこれには堪えた。3ヵ月連続で安定9段超えの成績を出せないのは偶然にしてはおかしい。自分に本当はそんな実力がないんじゃないかと疑い始めた。なので、実戦から離れて自分に足りないものが何か考えてみることにした。色々模索するうちに鳳南研究所というサイトのある記事に目が留まった。そこにはこう書いてあった。
「天鳳はラス回避ゲーム。ラスさえ引かなければポイントは減らない。それは誰もがわかっていることだが、過剰にラス回避を意識するあまり、取れるトップを逃してしまっている打ち手は多く見受けられる。取れるトップを取り逃すこと、それもポイントを減らしているのと変わりない。」と。この言葉は私の心に突き刺さった。というのもその時のCアカの鳳凰通算成績がおおよそで
1位率 .255
2位率 .260
3位率 .265
4位率 .220
と、ラス回避型にありがちな3>2>1>4タイプとなっており、九段で打っている時も3着ばかりでptが全然増えない状況だったのだが、過剰にラス回避に固執するあまり守備的に構え過ぎて取れるトップをたくさん逃がしていたことに気づいたからだ。火時計では多少攻撃的に打つようになってはいたものの、人間の性というものはそう簡単に変わるわけではなく、土壇場ではひよってオリてしまう場面が多かった。だから、自分の課題はリーチや仕掛けが入ってもベタオリするのではなく、上手く打ち回しながら粘ってアガリの回数を増やすことだなと考えた。そのためにはどうすればいいのか。これはもう強者の打ち方を見て学ぶしかない。その強者とは当然天鳳位のことだ。

 この頃、私はふと何かあるたびに安定段位ランキングを見るのが癖になっていた。もはや完全な安定段位中毒者である。特に注目していたのが安定9段超えの人達で、鳳南1000戦以上ならまあまあいるのだが2000戦以上となると数える程しかいない。この当時で9人しかおらず、天鳳位の数よりも少ないのである。そして毎回目が惹きつけられるのがダブル天鳳位3人(トトリ先生19歳、右折するひつじ、藤井聡太(敬称略))の成績である。3人ともラス率が.210台なのに、トップ率.280以上・連対率.530超とおぞましい数値を叩き出している。このことからもやはり天鳳位になるには低いラス率は当然のこと、1位・2位を取ってptを稼がなきゃダメなんだ。今まではオリることでラス回避をしていたけど、今度はアガることでラス回避をしなければならないと思った。中でもトトリ先生はトップ率.290超の安定9.8段、ASAPIN氏においては鳳南2000戦未満ではあるが安定9.9段と天鳳最強プレイヤーと言われるのも頷ける人間離れした成績を残している。なので、トトリ先生の牌譜を見て勉強することにした。この人の打ち方を真似れば同じくらいの成績は無理でも安定9.2段くらいにはなれるのではと考えたからだ。
 トトリ先生は副露攻撃型の打ち手だ。副露率が4割近くあり、タブーとされている安くて遠い鳴きを平然と行いアガりをもぎ取りにいく。リーチや複数人からの仕掛けを受けても勝負手になるならば、ガンガン無スジ牌を切っていくイメージだ。牌譜を見ていると全局アガってやろうという意気込みを感じる。それと愚形待ちを避けてできるだけ良形待ちに持っていこうとする。例えば、一向聴であっても愚形受けがあるならば、良形の可能性を少しでも上げるために安パイを抱えず単独2・8牌でも残している。私は牌譜を見ながら、「うわ、そのタイミングで仕掛けるのか!」「すげー、あの配牌からアガりきっちゃったよ。」「なんでそんな危険そうな牌を切っていけるんだろう・・?」と衝撃ばかり受けていた。
 また、戦術本の復習も行いASAPINさんとお知らせさんが共通してあることを言っているのに気づいた。ASAPIN本では「手が相当悪い場合を除き、出現頻度の低い序盤のリーチはさほど警戒せず、序盤は目いっぱい」(超精緻麻雀P31)、お知らせ本では「最強手役であるリーチを目指して一直線に進めましょう。早いリーチに手詰まってオリ打ちするのは麻雀をするうえでの必要経費とします。」(天鳳位の最強メカニズムP13)と書いてある。守備型の私的には、天鳳はラス回避ゲーなんだから放銃のリスクは減らすべきであって、他家3人の内誰か1人から序盤の先制リーチがくることは結構あるから安パイは常に持っておくべきと考えていたのだが、この二人が言うことなんだから間違いはないんだろうな。やっぱり天鳳位になるには、放銃率を多少上げてでもアガリ率を高めることが必要なんだなと思い直した。

 ひとつ殻を破れたと思った私はCアカで実戦に戻ることにした。トトリ先生から学んだことを生かし、積極的に仕掛け、安パイは持たず良形変化のある浮き牌を残すように打った。その打ち方が上手くいき1ヵ月で九段に戻ることができた。これは嬉しい。前回は降段間近だったとはいえ半年もかかったのを今回は1ヵ月でいけたのだ。このまま天鳳位まで突っ走ってやるぜと思った。
 しかし、そうは問屋が卸さない。今度はわずか2週間で八段に降段してしまったのである。積極的に仕掛けた結果リーチを受け、押して放銃、序盤は目いっぱい構えようと字牌を切り飛ばした結果、早い先制リーチを受けて安パイがなく放銃ということが多くなったからだ。何よりマズかったのが、この打ち方は性格的に合っていなかった。私は臆病なので、安パイを抱えられないが故にここからリーチがきたら何を切ろうということに脳の処理リソースを割いてしまい、1番肝心な自分の手牌がおろそかになって打牌選択を間違いがちになってしまったのだ。それに守備型でやってきた私にはパンパンに構えるというのがどうも落ち着かないし、なんだか麻雀を始めたばかりの初心者みたいになってしまったなという感じが拭いきれなかった。
 この打ち方ではちょっと無理かもと思ったので、今度はASAPIN氏の牌譜を見ることにした。同氏が初代天鳳位となってから10年が経過しており、当時とは鳳凰卓のトレンドも変わっているだろうから参考にはならないかもと思って敬遠していたのだが、トップ率.277・ラス率.205とトトリ先生より守備寄りな成績だったため、何か得られるものがあるはずだと考えたからだ。
 結論から言うと、あまり得られるものはなかった。トトリ先生よりは仕掛けないものの、目いっぱい構える打ち方は変わらなかったからだ。それからこういう言い方をするのはあまり好ましくないとは思うのだが、センスがまるで違う。トトリ先生の牌譜を見ている時にも感じたことだが、我々よりも1つ上の次元で麻雀をしている感じがする。囲碁や将棋と違って無数に打つ手があるわけではなく、最大でもたった14枚の牌から1枚を切るだけなのに、どうしてこんなにも差が出てくるのかと思うような光る一手を打つことが何度もあった。私は自分で麻雀が上手いとは思っているが、決して天才ではない。いくらASAPINさんの牌譜を見たところでこの人のようなキレのある麻雀は打てないなと思った。

 それでも、結局私が出した結論はASAPINさんのように目いっぱい構えて攻撃的に打つというものだった。性格的に合わないといっても、守備的に打ったところでptが増えるわけでもなく天鳳位にはなれないだろうから、攻撃型に矯正するしかないと思ったのである。しかし、プレイスタイルを真逆に変えるのはかなり難しいことで、例えるなら20年間右利きで生きてきたのをいきなり左利きに変えるようなものだ。この頃の私はバランスを崩して相当ちぐはぐな麻雀を打っていた気がする。Cアカで打っても全然勝てない。気持ちを切り替えようと火時計で打ってももっと勝てないという状態に陥ってしまった。
 この結果、火時計は七段へ降段、Cアカは七段へ降段寸前で安定段位も8段付近まで下落と壊滅的なダメージを受け、両アカウント合わせて攻撃型に切り替えた後の試合数約700戦の安定段位は6.7段というところまで落ちてしまったのである。皆さんはこの時の私の気持ちがわかるだろうか。天鳳位を目指して順調に成長し、安定8段超えの実力を身につけ、最強プレイヤーの牌譜を勉強して更なる高みへいけたと思っていたのが、成績が上がるどころか急下降し、理想とは遥か遠い所へ落ちてしまったのだ。天鳳をやっててこんなに辛いと思ったのは初めてだった。
「やっぱり俺が天鳳位になるなんて夢物語だったのかな・・・。」
私は諦めかけていた。強くなるために戦術本をたくさん読んだ。強者の牌譜も何百戦と見た。これ以上何をやればいいのかわからない。全く道が見えないのだ。完全に絶望しきっていた。
 しかし、この直後私が天鳳位となるきっかけとなった運命の出会いが訪れるのである・・・!

次回へ続く。


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