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きまぐれカード紹介⑭ 破壊神サガ

 「……ったく!なんだよこれ!!」
 梶野元春は呆然としていた。
 と、いうか絶望していた。
 今週の課題など知ったことか、ええい日曜の朝から散歩でもしてしまえと、ちょっと前まで見慣れた町内を歩いていたはずなのだが、なんの前触れも無くいつのまにか空は夜のように暗く──いや、赤く、黒く空は染まっていた。
 まるで地獄だ。
 元春はそう思った。小さい頃読み聞かされた絵本に描かれていた地獄の雰囲気にそっくりだったから。これでは今日の天気予報は大はずれだ。「朝から地獄です」なんて一言も言ってなかったぞ。予報士に文句を言ってやりたくなったがすぐに言ってもどうせ無駄だと悟る。
 元春は元々ホラーや怪談にはあまり耐性があるほうではない。地獄の生暖かい風に当てられ、ひとりぼっちの時間が長くなるにつれてだんだんと怖くなってきた。なぜこんな状態に置かれているのか。ポケットのスマホを開いてみるが、
 圏外。
 「くそっ……こんな時にッ!」
 周りを見渡してみれば、行き交う人々の姿は消え、カラスだけがその禍々しい鳴き声を響かせている。
 (なんとか家に戻らないと……)
 まず本当にここがいつもの町内なのか、という疑問がわく。というか、この世界が現実であると考えるほうがおかしい。だってそうだろう、あの恐ろしい空が普通であってたまるか。冷静になった元春の理性はそう訴えていた。試しに頬を少しだけ強くつねってみる。
 「……痛ッ」 
 痛いじゃないか。現実じゃないか。



 悪い予感がする。冬なのに汗が止まらない。特にずっと握りしめていた手にぺちゃぺちゃとしたものを感じた。元春は嫌になって上着で少し拭う。
 先ほどの頬の痛みが、否応無しにここが現実の世界であると示している以上、どうにかして元の世界に戻らなくてはならないのだろうが、
 「つーか、どうやって戻るのかね……」
 周りには他の人もいないし、スマホも使えないとなると誰かと協力して帰還、というのは少し難しいか。そもそもこの世界に来てしまった原因さえ何もわかっていないのだ。いわんや帰る方法をや(間違っている気がする)。
 とにかく1人で頑張らねばと思ってみた元春だったが、
 と、その時。
 元春の体にズシンと重い衝撃が走る。


 甲高い叫び声が聞こえたかと思ったら、元春はその場に倒れていた。衝撃と痛みが身体を駆け巡る。
 「……ッ!!」
 元春は言葉を発することもできず、ただ苦しい呼吸音だけが喉元を飛び出す。内臓が痛む。筋肉が痛む。頭が、脳が痛む。足が、手が、鼻が、耳が、口が、身体中が、そして心が、
 死ぬかと思うくらい、痛い。
 もう諦めたいくらい、辛い。
 (はは……俺ここで死ぬんだ……まだ何も成し遂げていない、まだ、何も……)
 と、またしてもあの甲高い声がした。かろうじて首を動かしてあたりを観察してみる。
 「キキキ……」
 その声を発しているのは身長3メートルはあろうかという化物だった。
 「!?!?!?」
 元春は目を白黒させてしまう。
 まず見た目は熊を大きくしたものを想像してもらえればそれに近いのだが、細部は大きく異なっている。なにせ目は四つ、耳も左右二つずつ、振り上げた前足には長い爪。キバもよく発達していた。黒い体と黒い瞳がギラっと光る。
 熊の化物(仮)はずっとこちらを見つめてきている。いつ襲いかかってくるか気が気でない。
 どうする。走って逃げるか、なんらかの攻撃を仕掛けるか。攻撃は通りそうもないしかえって反撃される危険性もある。幸いその巨大な身体が邪魔をして速く走れなさそうだ。
 しかし、
 「うッ……また頭がッ!?」
 元春を再び頭痛が襲う。でも、あれ、さっきとは違った痛みか。グルグルとどこまでも落ちていくような感覚……



 ツンツン。
 なにかに突かれた気がして目を開ける。空が青い。あれ、元の世界に戻ったのか。確かめてみようとするが、
 「目覚めたか」 
 可愛らしい声が元春の耳に届いた。
 「ほほう……このような若者とはのう。もう少したくましい男だとよかったのじゃがな。まあよい。ほれ、お主、起きんか」
 「そんな幼女そのまんまみたいな声にしては喋り方古風すぎない?」
 びっくりしてこんな状況(どんな状況?)でもツッコミが出てしまった。思わずグッと体を起こす。人というよりは美、そのものがそこに立っていた。
 見事な銀髪を腰あたりまで伸ばした碧眼の美少女だった。それだけだと日本語を喋っていたのが嘘のようだが、なぜかジャパニーズ学校制服に身を包んでいる。ベーシックなセーラー服だ(機関銃を持っていたらさぞかし様になりそうだったが残念ながらそんなものは持っていなかった)。そして右手には彼女の身長の二倍はあろうかという巨大な斧を持っている。とてつもなく重そうだが彼女は苦もなくグルグル振り回している。遊んでいる。
 (さっきまで俺あれでツンツンされてたのか……)
 嫌な想像をしてちょっと気分が落ち込む元春。
 再び彼女の観察に戻る。
 身長は172センチの元春の肩くらいまでだ。制服は少し大きかったのかぶかぶかで萌え袖状態。それでいて下のスカートはとてつもなく短いのだからなんかズルい。ミニスカートからのぞむスラっとした生足魅惑の……
 「生足魅惑の、なんじゃ?」
 気が付くと彼女の顔がすぐそばにあった。鼻と鼻がぶつかりそうな距離。
 力強い眼力に目が離せなくなる。というかこいつ心読めるのかよ。気付かないうちに移動するし、何者だよ。
 「ま、人間くらいの思考なら朝飯前じゃがな。だって神だし」
 「神?」
 こんな普通の幼女みたいな見た目なのに?
 「そうじゃよ。神じゃ。こんなJCみたいな格好でも、じゃ」
 「いちいち思考読まれるのツラいんですが」
 「ま、神の前では人間は無力じゃ。すぐ慣れるから安心せい」




 「で、神様がなんで?」
 「……お主理解がはやいのう。普通は神という存在に疑問を持つもんじゃが……」
 神様が困惑している様子なんて人類で初めて見るているのではなかろうか。元春は今時代の人になった気分。
 「まあ神が人間ごときに頼むことなんて、それほど無いんじゃがの。だって神じゃし」
 「じゃあもう帰っていいですかね」
 正直元の世界に戻ってきたならいますぐ戻って課題を済ませないとヤヴァイのだ。どれくらいヤヴァイかといえば「ヤバい」どころではなく「ヤヴァイ」とちょっと濁音混じりの発音がちょうどいいくらいヤバい。いやヤヴァイ。
 「いやダメじゃダメじゃ。せっかくの神の頼みなんだぞ。ありがたく受け入れいっ!!」
 神様(仮)(見た目JC)が見た目相応の怒り方で怒り始めてしまった。喋り方古風だけど。ちょっとかわいいな。右手に持ってるものを除けば。
 「……まあ今から説明してやる。お主を呼び出した理由は他でもない、破壊神サガを止めてもらいたいのじゃ。お主、当然破壊神サガくらいは知っておろう?」
 左手で髪をくるくるとしながら神様(仮)が聞いてきた。
 いや、普通に知らないのですが。
 「ん?そうか。お主、世代じゃないんじゃな。ジェネレーションギャップってやつ?」
 ジェネレーションも何も生きている次元が違うだろう、多分。というかあんた何歳だよ。
 「永遠の1800歳じゃ」

 まさか答えてくれるとは思わなかった。




 「で、破壊神サガとはこんなヤツじゃ。うむ、お主の脳内に直接表示されているそれがヤツじゃ。

 「自分で言うのもなんじゃが、神って色々とずるいのう。なんでもできてしまう。いや、実際は全能なんてそんなことはないが、全能であるということにしてしまえる、そんな強さが神にはある。お主らの言う、チートキャラのそのまた上のような存在じゃからな、神は。
 「こんなもの創作に出しては本当はいけないんじゃがのう。神が存在する、それ即ち後出しジャンケンじゃ。どんなに伏線を張って準備したところで神の存在が全てを覆す可能性になる。なんの説明もなく奇跡が使える状況になってしまう。
 「まあ、創作上の神という存在をどの程度神に近づけるかで多少はマシになりうる。人間に近しい設定の神なら、まあ普通に受け入れられるじゃろうのう。
 「いや、まあこんな神を作り出すいい加減作者もザラにおるでの、別に神が作品に与える、可能性過多とも言える状況が生み出す読者の不信感はだいぶ少なくなってもよいはずじゃ。
 「おっと、ちょっと話が逸れたか。
 「で、破壊神サガはこの話の延長で言えば、神様というより人間に近しい神ということになる。
 「まあチートキャラ止まりじゃろう、ってところじゃ。
 「ん?そうじゃの。ワシ、絶望神サガはまあ全知全能に近いほうの神じゃな。そんな設定はこの後の展開に悪影響しか及さんのじゃがのう。
 「わかっていない顔じゃな。うん、つまりじゃ。いまからお主が破壊神を倒すとするじゃろ。でも倒し方がグロすぎてワシの好みに合わなかったとする。
 「いや、ワシは本当はそういうの好きじゃぞ。血まみれの片腕とかずっと見てられるのう。
 「で、ワシの好みに合わなかったからという理由で、ワシがもう一度戦闘シーンの前の状況に時を戻したとする。一見意味がわからないが、その作品内では神様の全能性をもってそれは正当性を持ってしまうんじゃな。
 「神が望まば……ってことじゃ。
 「もちろん創作は自由なものなので、仮にワシが神じゃないにしろ、全能でないにしろ──いやいまも全能ではないんじゃが──、破茶滅茶な展開をすることも可能ではあるな。
 「しかし神がいればいくらかの正当性これが生まれることはこれもまた事実じゃ。なぜ事実かと言えばこれが創作でその作品内で全能的なワシが言っておるからじゃ、と言うこともできるの。
 「しかし何度も繰り返すようじゃがワシは全能でない。なぜかと言えばワシが創作物の中でしか存在しないからじゃ。
 「創作物には創作者がいるものと決まっておる。創作者はその創作物においてほとんどの場合で絶対的じゃから、この創作者は作中では全能のワシを操れる、さらに高位の存在と言えるの。
 「ここでの例外は作品が持つイメージに作者が縛られた場合で、その場合は作品内又は作品に強く引っ張られた状態で作者が踊ることになるから、作者が絶対ではなくなるんじゃな。
 「ワシがこの長々とした文章を言葉として、日本語として発しているのも作者がそう書いているからで、作品内を離れればワシは全能でもなんでもなく、そもそも知能さえ持っておらんのじゃな。日本語の平仮名、片仮名、漢字で出力された何かでしかなくなる。
 「そんなことわかっているじゃろ。
 「でもここでワシは作者でもあるんじゃ。ワシが作者でないなら作者は作者ではなくなってしまうじゃろう?つまりワシは全能でもあるんじゃな。
 「なに、わからぬ?そうか。
 「ではここで終わらせようか。
 「ここで喋っていたのはワシか?作者か?
 「作品に対して全能であるのはどっちじゃ?
 「ここでいまこの記事は終わるが、これはワシが終わらせようとしておる。ワシはワシが終わらせたと思うておる。
 「しかしこれは確実に作者の感情であり、そして同時に感情など関係のない、ゼロとイチの出力でもあるんじゃ。
 「神とはなんじゃろうかのう。

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