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蝙蝠とバーレスク

歌舞伎町のど真ん中で絶叫した。時刻はまもなく15時になろうというところ。緊急事態宣言の解除のほうが「非現実的」にも感じられる今日は、久々に見る人の多さだった。禁煙ルームだというのに電子タバコが許可された喫茶店のニオイを嫌って地下から地上に出て、友人と次に行く場所を決めていたときだった。

ゴジラの前を歩いていたら、いきなり灰色とも茶色ともつかない「なにか」が付着した。それはとても大きく、私の太もも裏にべとりと張り付いた。生ぬるい温度がした。反射的に叫び、ボトムスをぶんぶんと振ったけれど、「なにか」は剥がれそうにない。ともに歩いていた友人が、「コウモリダ」と言ったとき、それは異界の言葉に聞こえた。ゆっくりと私の脳みそが言葉を理解していく。今、私の太ももに、コウモリが張り付いているらしい。混乱した。それ以上何することもできず、身を震え上がらせながら私は友人に処置を頼んだ。彼はそれをキックした。バサバサという音が聞こえて、私はさらにどうすることもできずにもう一度叫んだ。「それ」は地面にぼとりと落ちたようだった。友人は地面に落ちたコウモリをまじまじと見て、写真を撮っていた。映画館の前でたむろしていた外国人が私をみて笑っていた。私は地面に落ちたコウモリも、彼がおさめた写真も、絶対に視界に入れないように逃げた。コウモリは好きでも嫌いでもない生き物だったが、今日明確に「嫌い」な生き物になり、私のボトムスは不浄のものになってしまった。

実は、その次に「バーレスク」に行こうとしていた。今日この瞬間までその言葉を知らなかったが、簡単に言えば「セクシーなショー」という説明がつくだろう(※調べてみると実際は「風刺や滑稽を含むジャンル」ということであるそうだが)。演劇の中で役者が脱ぐ表現を見たことは何度かあるが、それが目的の場所へいくのは初めての体験だ。

私は占いは信じないが(すぐに内容を忘れてしまう)、自分の身に降り掛かったことは必要以上にアテにするきらいがあって、このコウモリは私をバーレスクから遠ざけているのではないかと感じた。友人がコンビニに行って消毒液を買ってくれて、先程コウモリがしがみついた服に吹きかけた。いのちの類の温度があった箇所に、無機質な冷たい温度が重なって、それはとても違和感を持った。大好きなアイドルを思い出しても、自分の温度には抗えない。感情がぐちゃぐちゃにかき乱された。

パニック状態ではあったが、早足で伊勢丹に向かい服屋を巡った。が、適当なものがない。伊勢丹のエスカレーターを下っている途中、友人が日本にいるコウモリのほとんどがアブラコウモリだといらない情報を伝えてきた。マルイアネックスへ移る。そこには適当な服がたくさんあって、替えの服を買った。混乱状態にあったが、店員にのせられ2着も買った。不浄となった服は別のビニールにつつんでもらった。そうすると少し心が軽くなって、私は「バーレスク」に向かう気分になった。

友人に案内されて、一人では絶対に入らない、ホストクラブやパブが詰め込まれた雑居ビルのエレベーター(ヴィーナスの誕生のアフロディーテが描かれていた)に乗った。その店のドアをあけると、中は緑と赤のミラーボールがギラギラとまわっていた。夜を感じる。「非現実だ」と思う。いや、そもそも今日は非現実だらけだったのだ。朝はFBIの捜査官になってアニメの主人公と協力しながら爆弾を解除して、正午過ぎの新宿は”非現実的なほど人が多く”て、コウモリが私の太ももにしがみついたのだから。

まもなくショーがはじまって、その内容を理解した。最後はほとんど裸になるそのショーであるが、大事なところはきちんと隠されていて不快感もない。これは(少なくともこの場所では)「安全」な遊びのひとつだと感じた。”あいさつ回り”でパフォーマンスをしたお姉さん(カタカナのキラキラした名前だった)がお客さんの席をまわる。お客はセクシーなランジェリーに縦に折った1000円札を差し込んでいく。このジャンルには決まった踊りはないようで、パフォーマー自身もそれを「ネタ」と呼ぶように、好き勝手にやるようだ。2人目は貞子に扮していた。3人目の方はさながらロックスター。4人目は花魁か。感動したのは、パフォーマーの質が歴然なことだ。脱げばセクシーなわけではない。動きのキレはもちろん、内容、どこで焦らすか、どこで脱ぐか、どこで隠すか。その駆け引き。私も、気に入ったパフォーマーのランジェリーに1000円札をさしこんだ。非現実の世界でリアルをつきつけるのは、パフォーマンスの質によってそのお札の量が明らかにかわることだ。

パフォーマーとの距離が近かったので、「なぜこの世界へ?」ときくと、小学生のときから存在を認知して……だとか、パフォーマーを見てやりたくなって……など、明るい理由が多かった。「夢がありますね」としみじみいったら、「やってみたらいいじゃないですか」と言われた。もちろん、丁重にお断りした。人様にお見せできるような肉体ではない。ともあれ、私はこの体験にとても感動した。毎日、毎月は通わないけれど、年に一度は来てもいいかもしれない。

外に出ると明るかった新宿はとっぷりくれていて、あの部屋よりよほど暗かった。ぐったりとした肉体を感じた。コウモリの生ぬるさはまだ太ももにあって、早く帰らなければと思う。新宿の街を歩いていたらコウモリがしがみついてきて、そのあとバーレスクを体験する女などこの世に1人しかいないだろう、そのこと自体が私自身を虚構めかせるけど、「感触」というのはすごい。非現実を現実にして、この地面に私を存在させてしまう。

不浄なボトムスを捨てるか洗濯するか……、そんな現実的な選択を考えながら、今日の出来事を認める。今、ここ。

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