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パーソナライズから、ポジショニング・アウェアへ

僕がいつも重要と思っている問題の一つとして、いわゆるフィルターバブル、エコーチェンバーがあります。そんなむずかしい言葉を使わなくても、要するに「twitterとかSNSばかり見ていると、はいってくる情報が自分の興味あることや自分が正しいと思う意見ばかりに偏って、いつの間にか世の中の人たちがみんなそういう考えだと思ってしまう」という現象のことです。

どれくらい重要かといえば、そういうことから発生する問題が民主主義を破壊する可能性もあるし、世界を分断するかもしれない、というくらい。

僕がはじめてWWWに接したのは1994年ですが(アメリカにいました)、そのとき直観したのは「これは情報があふれすぎて、必要な情報にアクセスするのがむずかしくなるな。これから必要なのは、自分が興味ある情報を適切にえらんで見せてくれるパーソナライズ技術だ」ということでした。そして、結果としてパーソナライズ電子新聞(Personazlied newspaper) という論文を書きました。このとき、この英語論文のタイトルではPersonalizeという単語を使ったけれど、日本語の論文では、このまま「パーソナライズ」とカタカナにしても通用しないだろうと思い、意味が変わってしまうのを承知で「パーソナル」と書いて英語でPersonalizeを並記したくらい、「パーソナライズ」というのは新しい考え方でした。この研究は5年以上後に、一緒に論文を書いた共同研究者がGoogle Newsとして発展させ、Google Newsは今や世界中の人たちがつかっています。そしていまや「パーソナライズ」はネットビジネス最重要キーワードとして定着しているけれど、一方で、それに伴う個人情報、プライバシー問題が最重要課題といっても良いでしょう。

25年たった今、僕が思うのは「これから必要なのはパーソナライズじゃなくて、ポジショニング・アウェアだ」です。アウェアというのは aware で、「自分が接している情報がどういう位置づけにあるかを意識して情報に接することが重要だ」ということです。

ややわかりにくいので例を出すと、世の中には「俺はこのビールしか飲まない」という人がいます。その中には、あらゆるビールを飲み尽くし、その中で特定のビールを選んだという人もいると思いますが、そうではないという人も多いだろうと思います。極端なケースでは「初めてビールを飲んだら気にいったので、もうそれしか飲まないことにしている」という人もいるでしょうし、そこまで極端でなくても、「数種類を飲んだけど、これが一番好きだったので、これに決めた」という人は多いでしょう。

でも、たとえばその人が、ビールの味のポジショニングマップを見たとしたらどう思うでしょう? こんなマップです。↓

「こんなにいろいろなビールがあったのか。試しに、いつもと違うものを一つだけ飲んでみようかな」と思う人は多いんじゃないでしょうか。

ビールだったらまあ、世の中のほとんどの人が特に意識せずに一生ひとつのものを飲んでいてもかまわないのですが、たとえば新聞やニュースメディアで「たまたまそれに接したので、一生それしか読まない」というような人がふえたら困りますよね。いろいろな新聞があるけれど、それぞれの新聞はいろいろな方向に偏っているし、それしか読まないことによって偏った考えの人が増えれば、社会がゆがむのです。

僕はちょっと大げさですが、「ひょっとしたら、ポジショニングマップの新しい使い方が、世界の分断をやわらげるかも知れない」と思いました。ポジショニングマップというのは、一般にはマーケティング戦略などを考える際のツールと思われているのですが、もっと一般のひとたちが情報にアクセスする際の入り口(ポータルサイト)として利用できるようにすると良いのではないでしょうか。

たとえば、自分が毎日読んでいる新聞が、さまざまなメディアのポジショニングマップの上でどういう位置づけかを知ること、それを知ったうえで読むこと。そういう人が増えたら、その効果は想像以上に大きいのではないでしょうか。世界を変えるかも知れないくらい。

というわけで僕は、これからの時代に必要なのは、パーソナライズではなくてポジショニング・アウェア(ポジショニングを意識して情報に接すること)だと思います。言っているだけでは世の中は変わらないので、25年ぶりに新たなニュースメディアにアクセスするためのユーザインタフェースをつくってみようかな。ポジショニングマップ自体が偏っていたらまったく意味がないし、時間の経過とともに変わっていくものなので、これは難問だぞ。


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