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「私のことを覚えていますか」

あとは店の灯りを落とすだけという閉店時に一人の男性客が現れた。

「私のことを覚えていますか?」

松方弘樹張りにスーツの上から首にマフラーをサラリと落としたその方に見覚えがあり、「お久し振りです」と挨拶をした。

2~3000円の小さい花束を一つと言うので作り始めていると

「私は3年振りにここへ来ました」という。そんなに経つのだろうかとその方の記憶を手繰り寄せていた。そこから聞く話に束を作る手がしばし止まるのである。

「実は私は全てを失いました。会社もお金も何もかも。ある日の一本の電話が始まりでした。リーマンショックの影響で無一文になったんです。絶対に這い上がる…その気持ちだけでこの3年を生きてきました」

「車がないと困るだろう、事務所がないと困るだろうと友人、知人が手を差し伸べてくれたんです。それがなかったら今の私はなかった」

「この3年間この店の前をよく通っていました。前は花もよく買ったというのに、一本の花も買えなくなり情けなかった。いつかまたこの花屋で花を買う…そう思って過ごした3年間でした。そして今日やっと来れました。少ない金額で悪いね。覚えていてくれて嬉しかったよ。ありがとう!」

ちょっと泣けそうな夜だった。


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