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前編|ナンセンス=≠ロジックと形式(フォーム)|外島貴幸

外島貴幸作品集刊行記念イベント

石川卓磨(美術家/美術批評)
上田剛史(TALION GALLERYディレクター)
田坂博子(東京都写真美術館学芸員)
外島貴幸(美術家/コメディアン)

収録:2023.5.21|元清水屋クリーニング(現 水性、東京都中野区)
構成:五月めい
撮影:前澤秀登


美術家・コメディアン、外島貴幸の電子書籍作品集『Takayuki Toshima Selected Works 2006-2022』刊行を記念して実施したトークイベントの記録です。作品集には、テクスト、映像、漫画、コント・パフォーマンスなど、2006〜2022年制作の14作品を解説とともに収録。トークは、美術のフィールドのゲストを招いておこなわれました。前・後編でお届けします。

はじめに、外島の自作解説と、創作に関連する文学作品、坂口安吾「風博士」の分析を含む発表があり、続いてそれらを媒介に、美術と笑いをめぐってディスカッションが展開されました。また、タリオンギャラリー上田剛史さんとともに企画された、外島キュレーションによる展覧会「ヌケガラ(OFF)とマトイ(ON) 〈正体を隠すこと(ON)とそれを脱ぎ捨てること(OFF)の、あいだにあるものを教えなさい〉」(2021)も話題の一つとなりました。そこから「大喜利」のあり方などをキーに、作品を差し出すさいの形式(フォーム)・パフォーマティビティ・パーソナリティと政治性との結びつき、また同時にズレについて議論が深まりました。

同刊行記念イベントのシリーズとして、外島と吉田正幸とのコント・パフォーマンスユニット、O,1、2人が4作品のコント上演の後、飛田ニケさん(キューピー/演出家)を聞き手におこなったトーク「作品をつくるとき、論理が無いのではなくて忘れている。」はこちらです。いわば実践編として、あわせてぜひご覧ください。


後編|ディスカッションはこちら

基調発表


外島
 まず、私のほうから、いままでの作品について、今回刊行した作品集(2023年4月発行)のなかから3つくらい選んで語る、ということと、それだけで完結するのもなんなので、他の人の作品、坂口安吾の「風博士」(1931)について、多少分析的に語りたいと思います。時間があれば、坂口安吾のエッセイ「FARCEに就て」(1932)のことも話したいと思っています。

《アザーロジック》 

まず、自作についてですが、僕が最初にやった個展での作品《アザーロジック》(2006)と、《術語》という2015年のアニメ・映像作品、それから、吉田正幸さんとのコントユニット、O,1、2人(オーイチニニン)のコント作品の三つを紹介したいと思います。はじめに《アザーロジック》ですが、自分の作品集の解説から引用すると、これは「自作のテクストをOHPフィルムやA4 用紙にプリントし、ギャラリーの広い窓の前面にレールをつけ、吊り下げた。またこれらを朗読した音声をサンプリングし、テクストの設置場所の後方にあるスピーカーから流した」という作品です[●1]。具体的にはどういうものかというと、音読してみたほうがいいのかな……。

●1|なお、そのうち「明け方」「イワン」「カカト」「リビングデッド」は音声が発表されており、YouTubeで聞くことができる。

この「明け方」という作品はあまり笑えないんだけども。「イワン」というのも簡単に読みます。

明け方
明け方の川辺で爆弾きらきら光ってました、私逃げました。飛行機追いついてきました、最新型で地面の中も自由に動き回れるらしいといわれたことを思いだしましたです、私逃げました。くらくらくらくら、走りました。飛行機黒い。三度の飯より怖い。もしくはおまんじゅうみたいな煙を噴き上げて、ぼこぼこした雑草の生えた地面をぼこぼこぼこぼこしてました。まるで川みたいでした。私走って逃げました。

イワン
ほらいわんこっちゃない!とイワン・コッチャナイが言ってきた。彼は赤色露西亜人だ。
私がむっとして黙っていると、「ああ、気にしないでください、口癖なんで」と彼は謝った。
「そんな言い訳が許されると思ってんのか、けつの穴に手ェつっこんで内蔵引きずり出して裏と表が逆になった人間ははたしてどんな形態 なんだばかやろう!」
「あっ、そんなことは言ってはいけない」と彼はあわてた。
「なんで?」と私が聞くと、彼はロシア語で
「いや、まあその、非常に言いにくいことでありまして、なんといったものか、つまりは当方の責任というものもございますし、まことに慙愧に耐えないことではありますが、ええ、まあ単刀直入に申し上げますと、それは大変危険なご発言かと」と言った。
「なんで?」と私はフランス語で聞いた。 彼は英語で
「いやァーですからぁー再三申し上げましたとおりィー」
「その回りくどい言い方やめろよ!」 私はスペイン語で怒った。
すると、彼はようやく日本語を喋り始めた。
「私は、言います、あなたに。あなた、怒る、たいへんよくない。とても健康に悪い」
「だからなんなの?」と私は冷たく言った(韓国語で)。かれは傷ついた表情で
「おまえ、ふざけんな!わたしは、おまえのことが心配でしょうがないんだ!(ロマンシュ語)」
「おとうさーん!(ドイツ語)」 私は泣きながら抱きついた。
「私だってお父さんのことが心配だから言ったんだよ、誤解しないでね(エスペラント語)」
そして私たちはいっしょに生まれ故郷の中国に帰った。10億人と話をするために。

まあこの作品は全部日本語で書いているんだけれど、英語やフランス語などの各国語で話している体(てい)で書いていると。そして最終的には、10億人と話すために中国に帰るというオチになる。つまり、日本語にしかないような言い回し、表現を無理矢理「英語で喋った」と描写すると、そういう「体」になってしまうという。そうした言葉の強引さ、おもしろさというものがあるかな、と。次はリビングデッドのモノマネをするっていう……これを神妙に語るのも何なのかというのもありますが(笑)。

リビングデッド
「おばあちゃん、リビングデッドのモノマネして」
「リビングデッド〜」
おばあちゃんは手を前にして首を斜めに
傾けながら妙な歩き方をした。
僕は思わず銃で撃ち殺したくなった。
イケネ、ゲームのやりすぎだ。

単純にかなりブラックなユーモアではありますが。一方では、世の中に対する警鐘を鳴らす気持ちもないわけではない、まあ、この作品ではそこまでないんだけれども、こういった傾向の諸作品が一つあると。また、このときの個展では、「アザーロジックとしての方法」というテクストも書き、壁に展示しました。これは、作品をつくるときの方法論を語ったものです。簡単に言うと、ギャグ、ナンセンスな漫画・コント・文章を作る際のやり方を、他の漫画家やお笑い芸人の作品を参考にして、論理的なテーゼのようにまとめたもの、と言えると思います。

《術語》

外島貴幸《術語》2015|milkyeastでの展示風景
外島貴幸《術語》2015|「野方の空白」での展示風景、2017|撮影:中川周

次に紹介する作品は《術語》です。この作品では、アニメーションも途中で入るのですが、映像の中でテクストを表示しています。これを出品したのは「修復」というテーマの展覧会だったので[●2]、美容にも関連しますが、言葉と修復ということで言うと、社会的な価値の問題として、たとえば「背が高くなりたい」を「身体が長くなりたい」と言い換えたときに、あまり人は身体が長くなりたいとは思わないのではないか、と。要するに、言い回しというか、形容詞、身体を形容する言葉に、社会的な欲望の条件付けが入っている。鼻が高くなりたい、とかね。それを言い換えることで、その欲望の根拠を問うというか。展示では《うわ、この人…》(2015)という別のインスタレーション作品と組み合わせて発表しました。この作品も《術語》と関係していたものだったのですが。《術語》で表示される言葉は次のようなものです。

●2|「無条件修復」(2015)会場:milkyeast(東京都中央区)、主催:ミルク倉庫、企画:松本直樹、宮崎直孝(ミルク倉庫)、高嶋晋一。外島は第III期に出品。第III期出品アーティスト:豊嶋康子、永田康祐、外島貴幸、中山雄一朗、西浜琢磨+宮崎直孝、坂川弘太+瀧口博昭+山岸武文、梶原あずみ。

外島貴幸《術語》2015|映像より

「肌人間たちの肌年齢が二十歳になったので、執り行われる肌成人式。乾燥のせいか、今年も若干荒れたという」。これは社会的な条件付けとあまり関係なくなっているんだけれども、そういう作品、そういうものでもある。アニメ・映像系の作品ですが、そこに身体の問題が入っています。「無条件修復」展以降、さきほどの《アザーロジック》ではあまり入っていなかった、社会的な条件付けや、欲望、言葉と社会的な問題が入ってきていると思います。まあ、勿論この作品には、それだけではない側面もあるわけですが。

O,1、2人

O,1、2 人(外島貴幸+吉田正幸)《カツアゲ》2021(初演:2013)|撮影:黑田菜月

O,1、2人は、「テニスコート」というコントグループのメンバーでもある吉田正幸くんと、私とのコント&パフォーマンスユニットです。これは2年ほど前に、青山でおこなった公演の記録です。この記録写真で演っているのは、初演はblanClass(神奈川)でやった《カツアゲ》というネタなのですが、何をしているかというと、台詞と身体の動きを互いに入れ替える。つまり、カツアゲする側と、される側の身体が交換されている。身体はカツアゲされる動きをしている側が、カツアゲする側の台詞を話しているというか…。説明するときにいつもわからなくなるんだけど(笑)。「お前、何見てんだよ?」と、因縁をつける台詞を、つけられている方が言い、「いや、見てないですよ」という返答を、明らかに絡んでいる体勢の方が言う、という。で、これは靴下に千円を隠し持ってるんじゃないかということで、カツアゲする側は「出せ」と言ってるんだけど、それはカツアゲされる側の身体の人が発しているわけです。O,1、2人の説明としては「二人でできることを一人でやったり、一人でできることを二人でやったりする」となっているのですが、この作品でも言葉と身体を用いて、割と人称の問題を扱っていて、またさらに、身体の同一性も問題化されていると思います。以上が私の作品のまとめになります。

坂口安吾「風博士」

「風博士」は坂口安吾が24歳くらいのときに書いた、デビュー間もない時期の小説です。風博士という謎の博士がいて、小説のなかでは、その博士の助手が語り手となってるんですが、冒頭に、風博士が自殺した、諸君は風博士を知っているだろうか?と、助手の視点で語られます。そして、風博士の遺書が出てきて、それによると蛸博士という昔からの憎むべきライバルがいて、風博士が自分の妻を寝取られたりして、絶対に許せないみたいになる。それで、復讐のために、蛸博士はかつらなので、部屋に忍び込んで、かつらを取るんだけれども、次の日、蛸博士は別のかつらを被っていて、そのことで敗北したと絶望するんですね。それが遺書として紹介され、また助手の語りがはじまるんだけれども、突然、結婚式の話になって、なぜか17歳の少女と風博士が結婚すると。風博士は楽しみにしていたんだけれども、式の開始時間に遅れていることに気づいて、走ったらそのまま風になって消えてしまったという話です。で、最後に、風博士が消えた瞬間、蛸博士がインフルエンザに侵されたという、つまり、風がウイルス的な意味での風邪になったというオチがつくわけです。
 
そういう短い話がありまして、何が言いたいかというと、僭越ながら僕の作品と似ているというか。恐らくですが、安吾がどうこれを作っていったかと考えると、最初に、風博士という概念、言葉があり、そのアイデアをどう展開していくかということで、蛸博士などが出てくる。風はかつらを飛ばしますから、「天敵」というのもそれでつながったりもするわけです。風博士の描写としては、常に落ち着きなく動き回っていて、あっちに行ったかと思えば、風とともにこっちに行ったりしている。自分の作品の《アザーロジック》も最初の1行だけを決めて、そこから思いつきで展開して書いていくということをしていました。
 
さらに言うと、風なので、実体として存在しない、身体がないというか描写しようがないものを最初から持ってきている。言葉だけの存在なので、風が風邪=ウイルス的なものに移行しても不自然ではないというか。身体がない奴として風博士が描写され、小説の展開とともに、風という概念もまた「風邪」に移動する。底がないままナンセンスに滑っていくような小説と言えると思います。
 
最後のセンテンスです。

諸君、偉大なる博士は風となったのである。果して風となったか? 然り、風となったのである。何となればその姿が消え失せたではないか。姿見えざるは之即ち風である乎? 然り、之即ち風である。何となれば姿が見えないではない乎。これ風以外の何物でもあり得ない。風である。然り風である風である風である。諸氏は尚、この明白なる事実を疑るのであろうか。それは大変残念である。それでは僕は、さらに動かすべからざる科学的根拠を附け加えよう。この日、かの憎むべき蛸博士は、恰(あたか)もこの同じ瞬間に於て、インフルエンザに犯されたのである。

外島貴幸による発表資料

後編へ続く>>>

※本稿は、文学フリマ東京37(2023)にて同名の冊子として発表した内容に、加筆修正しました。


外島貴幸Takayuki Toshima
2004年B-semi Learning System of Contemporary Art修了。2007−08年四谷アート・ステュディウム在籍。笑いを軸に、美術的な作品やコント、テクストなどを用いた探求と実践。
主な展示に「パシフィック・カラーズ」moowoosooギャラリー(ソウル、2023)、「ヌケガラ(OFF)とマトイ(ON)〈正体を隠すこと(ON)とそれを脱ぎ捨てること(OFF)の、あいだにあるものを教えなさい〉」TALION GALLERY(企画・出品、東京、2021)、第13回恵比寿映像祭「揺動PROJECTS: Retouch Me Not[日本現代作家特集]」東京都写真美術館(東京、2021)。主な公演に「背中を盗むおなか ‐ リプライズ」blanClass(神奈川、2017)など。また企画・出演したトーク&コントイベントとして「表面と横断──トランス、男の娘、ジェンダークィア」Social Kitchen(京都、2023)などがある。


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