230408

「〇月×日」

僕は慢性的な「かえりたくない病」に罹っている。恐らく治らんだろう。

寂しくなってしまうから別れ際が嫌い。だから終電という概念も嫌い。あんなもの無ければみんな帰らなくていいのにね。響きも嫌い、デンッて。

でもみんな朝には仕事に行かなくちゃいけない。(僕はいつも夜勤だから朝まで遊んでもさして問題が無い) 予定が入った時点で別れ際を想って、早くも寂しくなることもしばしば。じゃあ遊びに行かなきゃいいじゃない?……とはならないんだなこれが。友達と会わなきゃ会わないで日々を乗り切れる気がしない。

だから泊まりでの部屋飲みとか、遠出したときのタイムリミットが無い夜なんかすごくわくわくする。予定が入った時点でもうわくわくしてる。じゃあそんな予定ばかり入れたらいいじゃない?……そんなうまくいかないんだなこれが。そんな時も別れ際は決まって寂しくなるんだけど。

もっと話す時間があれば、話したかったあれやこれなんかもきっと面白く転がったりしてね。今度はあそこに行こうよとか次の予定を決めちゃったりあのライブの日も会えるね〜とか。うまくいかないかもしれないけど、そんな皮算用ばかりしてるんだよ。

これは自分が元来持っている「嫌なことは先送り精神」のせいかもしれないと気付いてしまった。「帰宅」=嫌なこと、だからできるだけ終わらせないようにしてしまうんだろうね。まあ相手からしたら迷惑な話だ。笑 なおさないといけないなー。

約束せずともライブに行ってばったり友達に会えるのもうれしいけど、「〇月×日」を楽しみに仕事や日々を乗り越えられている感覚が確かにある。とにかく今は目を疑うほどの激安キャンペーンをやってる居酒屋を見つけた友達とそこに行く約束が楽しみだ。晴れるといいな、まあ屋内なんだけど。

そういう予定たちが続けば、そして健康でいられれば、どんな状況でも生きていける気がする。会いたい人が居るってのも同じ作用があるかもね。遠くても近くても結局は自分の未来を想うってことだから。

でもそうやって自分の好きなものばかりを選んでいたら、その中でも優劣をつけてしまって、どんどん縮こまって最終的に何も残らない気がするんだよね。やっぱり日々の中に楽しみを紛れ込ませるくらいが一番楽しいんだろうな。こういう話すると長いからまた今度書きます。

そろそろ公園で遊んでも寒くない季節かな。暑すぎるのも苦手だけど、くしゃみをするよりはね。


と、ここまで書いて少し時間を置いて読み返そうと思っていたら信じられない訃報に触れた。人生で初めて買ったインディーのバンドのCD、そのボーカリストが亡くなった。確か当時のTwitterのおすすめバンド歌詞botか何かで知ったんだっけ。

正直ライブはめっきりご無沙汰だし、音源もメジャーデビュー以降のものはあまり知らない。でもインディー時代に何枚か出したCDを、当時本当にお金が無かった高校生の自分が買い集めるほどには好きだったし、今でも折に触れて愛聴している。

よくよく思い返すと彼らに出会ったことで拡がった世界が確かに在って、そこに今自分は居る。その世界には今でも仲良くしている友人やよく観にいくバンドも居るんだ。

そしてこれは偶然なのだけど、俺は長生きをしたいと近頃強く思っている。

当時出待ちをしてたとき、女性の客が多い中、俺を見つけるなり面識もないのに「男子!!男子!!」と嬉しそうに駆け寄ってきてくれた彼の笑顔は10年経った今でも鮮明に思い出せる。あれはうれしかった。
長浜公園の前を次通りかかったらこの曲を聴こうかな。たくさん好きな曲はあるけれど、ライブの最後に演奏してて甚く感動したこの曲を。(レンタル盤のフェードアウトしないver.がかっこいいんだよね)

三浦隆一さん、三浦委員長のご冥福をお祈りいたします。

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