230613

2年前の春、ちょうどこのnoteを始めた頃の話。常に遣る瀬無さ、虚無感がつきまとっていた。
(そもそもnoteを始めた理由が病気になってしまって、それについて書こうと思っていたからなんだが……最早ただのブログと化している)

当時の思考の行き着く先は決まって「負」で、それを打ち消そうと試みること自体に疲弊していたし、何をするにも気力が起きずしんどかった。なるようにしかならないと、波が去るのを眺めていた。ただ只管に凪を待っていた。そんな日々も無くなりはしないが、少しずつ減ってきてはいる。

ライブに行くという趣味を持っていてよかった、と当時から今に至るまでずっと思っている。これが無かったら今頃どうなっていただろうか。
ライブを観に行くことの何がいいって、そこにいるときは没頭していられる。
敬愛するオードリーの若林さんの金言「ネガティブの反対はポジティブではなく、没頭だ。」を我が身を以て思い知った。

我ながら結構危なかったんだなと思うエピソードは、とあるオンラインゲームに突如10万円課金したことだろうか。今となっては後悔しかない。ああいうのを奇行と呼ぶんですな。何も無い日々、ネガティブを頭から追い出すために血迷った挙句に差し出したあの時間と金銭。何の実りもなかったが、あの時の自分には「没頭」するために必要な犠牲だったのかもしれない。……でもやっぱり1万円くらいにしとけばよかったかな。笑

どうしてこんなことを書いているかというと、今またちょっと疲れているからだ。「考え過ぎ」にまたも振り回されている。「考えなさ過ぎ」を怖がって、思慮に思慮を重ねるもそれでも足りないときは足りない。そうするとまた重ねるしかない。いっそやめてしまおうか、と思えば最後、いよいよ本当に帰ってこられない気がする。だからどうにか引き止めるのに必死だ。自分のことだが、僕は自分をよく知らないのかもしれない。

熊谷からの帰りに足を怪我してしまった。しかし、今日も何とか歩けている。足取りは重いが、歩けている。

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