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【馬場と清龍と私④】

小島孝子
ありがたいことに1年も放置してしまったにもかかわらず、続きが読みたいとのコメントをいただき涙しております。この街に関わった誰もがその存在を懐かしむ、そんな今となってはいとおしいお店、清龍。
第4回は現実を受け入れ出した戸惑いの話。

『とりあえずビール?』

ふつうの居酒屋によくある会話であるが、ここ清龍においてはなかなか不釣り合いなこの会話である。

気を取り直して、『ふつうの』飲み会を始めることになった我々。
『とりあえず』運ばれてきた黒ラベルは清龍のメニューという前提があるせいか、心なしか薄く感じられる。

『うん。まあ、なんというか、飲みやすいよね…』

精一杯の抵抗をみせた感想を述べあう不自然な空気感。
料理が運ばれるのを待ちながら、メニューを眺めながめると、
『バーニャカウダとかあるんですけど。なに、このコジャレた感じ!』と、かつての面影を消したメニューの数々にツッコミどころのない焦りを感じる我々。

そんな中、居酒屋の、定番中の定番、王道中の王道、からあげがやって来る。

『見た目は…ふつうだよね。』
油でべちゃべちゃした様子も、古い油特有の臭みもない。
恐る恐る口にいれると、鶏肉のジューシーな味わいが口いっぱいに広がる、まさにからあげを食べたときのあの至福の瞬間が訪れる。

とりわけスパイスが立ってるわけでもなく、ニンニクの力強い味が効いてるわけでもない。
晩ごはんにこれが出てきたら、『今日のばんごはん、おいしかったな♪』と幸せになれる、そんなふつうにおいしいからあげなのである。
しかも、大振りにカットされた肉からはちゃんと肉汁も溢れ出る。

『これは、もしかして…おいしい?』

まずいものだ、と思いながら食べるものが『食べられる』ものではなく、『おいしい』のである。ひとの脳というのは、先にある情報にとらわれると正確な判断ができず、混乱するらしい。

しかし、このあと、『おいしい』という言葉を使わざるを得ない体験が、次々と押し寄せるのだった。

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