AIがお客様は神様ですと言う

 今日のお昼ごはんは、ほっともっと(弁当屋)の野菜炒め弁当。弁当屋や定食屋の野菜炒めっておいしい。野菜メインでも、ちっとも物足りなくない。

 近所にあるカフェがテイクアウトしているおまかせ弁当と、どちらにするか迷った。弁当としてのクオリティはカフェ弁のほうが高い。電話で午前中に注文してクルマで仕事のお昼休みに受け取りに行くのだけど、店員さんも気持ちのよい人たちばかりで、利用2回目から「このあいだ注文してくれた方ですよね。いつもありがとうございます」という感じだった。

 ただ、その「気持のよさ」が少し重いのだ。今日決断の決め手になったのは、電話で注文しなければならないわずらわしさと、受け取りにいったときの「重さ」が少しきつかったことだ。ウェブから注文し、マニュアルに沿った対応の店員さんから弁当を受け取るほうがよかった。この点について、僕は少し残念な人間になってしまったのかもしれない。マニュアル化された接客に慣れてしまった。って、ほっともっとの店員さんは、ほどよい良い感じだけどね。

 恐らく新型コロナウイルス感染症の影響で、今春、お気に入りのお宿が営業を停止してしまった。家からクルマで3時間ほどのところにある宿で、ドライブ旅行のときによく泊まった。料理も温泉も部屋も接客も完璧で、ここ10年で4回リピートした。何か料理を食べて「お野菜の味が普通とちがーう!」なんてテレビ番組を「ほんとかよ?」と疑いの目で見ていた僕だけど、この宿の料理は野菜の味からして違っていた。想像上の楽しみだったけど、この宿に365泊したらいくらお金がかかるかな、と計算したこともある。

 そんなすばらしいお宿に対しても、「接客のすばらしさが重いな……」と感じたことがある。3回目に訪れたときだっただろうか。でも4回目に訪れたときは少し気さくな感じの接客で気が楽だった。フラットで気楽な関係、どのような状況でもそういうのがいい。お客様も働く人も、どちらも神様ではなく人間がいい。


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