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【小説】死神の仕事 case.1

 はっと目が覚める。と言っても、ベッドで寝ていたわけではない。ベンチに座っている。
曇った空が見えた。ぼーっとしている。
「やっと来たか」
 後ろから男の声がした。
 振り向くと、渋い雰囲気の男がいた。イケオジという言葉は彼のためにあると思わせる。
「あぁ…」
 頭の中で思考が徐々に安定してくる。離陸直後の飛行機みたいな感じだ。
「あ、先輩。すみません、遅くなりました!」
 飛び上がり、頭を下げる。
「まぁ、初めてならそんなもんだ。仕事の内容は覚えているか?」
 仕事。そう、私達は今仕事をしに来ている。仕事のためにこの世に顕現している。用意された人型の器に今、私の魂が入ったところというわけだ。
「はい! えっと、長岡今日子。32歳。娘2人の母子家庭。夫は既に他界。そして-」
「覚えてるならいい」
 言葉を遮ってきたが、不機嫌そうな感じはしない。おそらく、これが彼のニュートラルなのだろうと思った。
 彼は仕事の先輩だ。名前は岡本太郎という事になっている。云わば源氏名だ。彼は仕事の時は毎回そう名乗るらしい。私は樋口一葉と名乗ろうと思っている。今回が初仕事なので、まだ名乗った事はない。
 その時、急にどこか懐かしいような落ち着く香りが漂ってきた。線香の香りだと気付く。
「さて、行くか」
 岡本が歩きだした。どこに? 樋口は現状の把握を自らの頭に命令する。猛スピードで。
 やっと理解した。ここは葬儀式場で、今回のターゲットである長岡今日子の葬儀が間もなく行われようとしているのだ。
「どうした?」
 岡本は感情の読めない目で樋口を見る。
「いえ、大丈夫です。行きましょう」

 式場には黒い服を着た人間が沢山いる。男は皆同じような格好をしているが、女は少しでも他人と差別化を図っているように見える。故人を偲ぶための服装に自分の欲求を反映させるとは愚かだと思う。
 私達には性別という概念が無いらしい。一応、人間に扮する関係上、女の見た目をしている。
「葬式を開いてもらえるような人はやり易い。だから、新人が派遣されるんだ」
「そうなんですね」
 既に知っていたが話を合わせる。
「俺たちの仕事は何だ?」
「人間の魂を正しく循環させる事です。人間が肉体を、私達が魂を弔います」
「そうだ。何度も言葉にする事が大事だ。そうする事で真の意味に気付ける」
「真の意味…ですか」
「そうだ」
 その時、すすり泣く声が聞こえてきた。ベンチに5歳くらいの女の子が座って泣いている。全身の黒い衣装には新品のように汚れ1つない。彼女の泣き声には衣装の清々しさとはミスマッチな悲痛な思いが感じられる。
「私、ちょっと行ってきます」
「ダメだ」
「え?」
 まさか止められるとは思わず、樋口はとっさの動きで体勢が崩れる。振り返り、疑問を攻撃力とした目付きで岡本を睨むが、彼の感情の読ませない防御力の方が強かった。
 少しして、泣き声が止まった。ベンチの方を見ると、隣にもう1人女の子が増えていた。10歳くらいだろうか。2人の雰囲気から、姉妹だろうと推察する。姉が妹をあやしてくれたようだ。
「俺たちは必要以上に人間と接触するべきじゃない」
 岡本の声には妙な説得力がある。彼の落ち着いた声質と話し方には相手の反論する気力を削ぐような不思議なパワーがある。
「はい。すみませんでした」
 仕事の上司と部下という関係である以上、従うべきは自らの衝動ではない。
 ただ、樋口は姉妹を見る岡本の目に、少しの哀愁を持っていた事を見逃さなかった。

 葬儀が始まった。「本日は故・長岡今日子の-」どうやら、喪主は長岡の母がやっているらしい。親より先に死ぬとは何て罰当たりな人なんだと思ったような気がする。気のせいのような気もする。
 私達は人の死に対しては感覚が鈍っているのかもしれない。それはそうだ。人の死を扱うのが生業なのだから。
 しかし、受付の時に2人の名前を言い、驚かれた時は少し恥ずかしかった。岡本は全く気にしていないようだった。流石だと思った。
 葬儀が進んでいくうちに分かった事がある。さっき泣いていた女の子とその姉は長岡今日子の娘らしい。事前にもらった情報では顔までは教えられていなかった。
「さっきの子達、長岡今日子の娘だったんですね」
「そうだな」
「もしかして、最初から分かってましたか?」
「見てれば分かる」
 淡々と当たり前のように話す姿は全知全能の神のようだ。
「でも、なぜか気になるんですよね。あの子達」
「そうか」
 相変わらず岡本の表情は読めない。
 2人で仕事をするのだから、もう少し心を開いてくれてもいいのにと思ったが、口にはしなかった。
 しばらくお互いに無言になった。
「順番だ」
「え?」
 どうやら、お焼香をあげる順番が回ってきたらしい。
 皆、黙々と機械のようにこなしていく。そのまま岡本、樋口とこれまた機械のような動きで前の人と同じ事をする。
 その後、親族の方へ行き、頭を下げる。遠くから見た時は気付かなかったが、長岡の娘達は手を繋いでいた。今にも泣き出しそうな妹の手を、姉が力強く握っていた。
 そのまま恙無く葬儀、告別式は終了した。

 今は火葬の準備をしている最中らしい。皆は昼飯を食べながら、談笑している。先程までの厳かな雰囲気はどうしたのだと思う。私達は食事を断った。人間の食べ物は受け付けない。そもそも、生身の身体で存在するのもあと数時間で終わりである。
 ただ、コーヒーだけは別だ。これは旨い。快楽のようなものを感じるまである。これを飲みたいがために、この仕事をしている先輩方も多いと聞いたことがある。
「どうぞ」
 岡本にコーヒーを渡す。缶コーヒーだが、馬鹿に出来ない程、旨い。渋いオヤジの絵が描かれている。上司との距離を縮めるための賄賂のようなものだ。
「ありがとう」
 相も変わらず無表情のままだが、手渡すや否や開けて飲み始めたところを見るに、多分喜んではいるように思える。
「今回で、お前の適性を計ることになる」
 適性を計る…その言葉が樋口を強張らせる。初仕事であるのだから、当然だが、改めて聞かされると緊張感が彼女を襲う。
「仕事の手順は分かってるな?」
「はい! 肉体を失った魂は当てもなく彷徨います。その魂に死を実感させる事が第一段階。次に、この世との繋がりを断ち切らせるのが第二段階。そして、魂があの世に行くのを見届けるまでが仕事です」少し声が上擦る。
「よし、分かっているならいい。何度も-」
「何度も言葉にするのが大事。ですよね」
「そうだ」
 樋口は得意げな顔をしたが、岡本の表情は全く変わらない。
「この世との繋がりを断ち切らせるにはどうすればいいと思う?」
「え?」
「それが一番難しい。だから、故人の事を知るために現場に行くんだ。手順だけ踏んで無理矢理終わらせる奴も多いが、俺は反対だ」
 初めて岡本が自分の話をした事に樋口は驚きをおぼえた。同時に身が引き締まる。
「それが俺のポリシーだ」
 そう言って、コーヒーの礼だと言わんばかりに缶を見せてくる。缶に描かれたオヤジと目があった。

 ただただ時間が流れていく。先輩の言葉を考えていた。仕事に対するポリシーについて。
 私達の仕事は人間が俗に言う『死神』というものに近い。人間の死の前後に現れ、死者の魂を正しく処置する。勘違いされ易いが、死に直接関与する事はない。
 しかし、人間の魂は私達に対して、抵抗する力を持ち合わせていない。つまり、私達の命令には逆らえないという事だ。
 だから、人間の魂をあの世に送る手順だけを作業として行う同業者も多いという。
 先輩のような物好きは珍しい。と聞いた。
 自分はこの仕事で何をしたいのか、どう向き合っていくべきなのか、頭の中で考えが巡る。

 突然アナウンスが響いた。「火葬の準備ができましたので、火葬場の方へお集まり下さい」
 それまで談笑していた漆黒の人間達は、忘れていたであろう厳かな雰囲気をもう一度醸し出し、ぞろぞろと部屋を出ていく。
 まるで神の声に従っているかのように、従順な動きを見せている。
「滑稽だな」
 どうして人間はこんなにも他の指図を受け易いように設計されているのか疑問に思う。
 『死神』としては、人間のこのような性質は仕事がしやすくて有難い。他の生物を動かすには、報酬を与えるか、恐怖を与えるか。どちらにせよ手間がかかる。と、動植物担当の部署の先輩が話していた。

 飲み終えた2人分の空き缶を持って、ゴミ箱を探していた。コーヒーを買った自販機にはゴミ箱が併設されていなかった。
 その時また、女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。長岡の娘が近くで泣いているようだ。
 彼女はトイレの横にあるベンチで1人で泣いていた。姉はトイレに行っているのだと推察する。
 反射的に身体が動く。
「大丈夫?」と声を掛けた瞬間、先輩の言葉を思い出す。『俺たちは必要以上に人間と接触するべきじゃない』けど、もう遅い。
「誰?」
「お母さんの友達。どうしたの?」
「お母さんにもう会えないって」
 そう言って大粒の涙をこぼしていく。
 返す言葉が思い付かない。こういう時に人間は何て声をかけるのだろうか。何が正解か。この難問はどんどん迷宮の奥へと向かっていく。
「明日香! 何泣いてんの!」
 トイレの前に恐ろしい顔をした姉の姿があった。
「仕方ないでしょ。お母さんは死んじゃったの」
 そういって大股で近づいてくる。
「これからは2人で頑張らないといけないの。お母さんの前で泣いたら許さないからね。じゃないと、お母さんが安心して天国に行けないでしょ」
「うん」
 姉の顔はとても優しくなっている。よく見ると姉の目も腫れ上がっていた。
「あの、妹がすみません」
 急に言葉をかけられ、ドキッとする。
「ううん、2人とも大丈夫?」
「はい。お母さんが心配しないように立派に生きていくって、私達で決めたので」
 強い子達だ。
 そのまま彼女達は手を繋ぎ、火葬場へ向かっていった。
 あの2人を見ていると何か胸が熱くなるようなものを感じる。他の人間を見ていても湧いてこない感情だ。
「何してる?」
 後ろから男の声がした。先輩だ。
「あ、えっと…」見られたか?
 バツが悪い。それはそうだ。先輩の忠告を無視して、人間と関わりを持ったのだから。
「今のは長岡の娘達だな?」
「はい…すみません。少し話しました」
 岡本の目からは感情が読めない。こういった状況だと、それが恐怖を倍増させる。
 樋口は岡本から目を背けた。情けない。初仕事で先輩の忠告1つも守れないとは。
「それで?」
「え?」
 質問の意味が分からなかった。少しの間、岡本の言葉を咀嚼する。
「彼女らは思っていた以上に強い子達でした。彼女達の姿を見たら、長岡今日子だって-」
 口に出す事で思考が進む。そして、1つの結論に到達する。
「長岡今日子は今の彼女らの姿を見たら、この世に未練を残さず、あの世に行けると思います」
 故人についての理解が深まった。これが先輩の忠告を無視してまで行動して得た成果であると、自らを正当化する。
「そうか。それなら、今回はお前に任せる」
 そういって、無表情のまま岡本は火葬場へ向かって歩き出した。
 樋口の顔から忸怩たる表情は無くなっていた。自分の行動は間違っていなかったと、これから証明すればいい。
 樋口は岡本の後を追っていく。

 空はいまだに曇っている。火葬場からは空がよく見える。
 集まった人間達の中にも空を見上げ、物思いに耽る人がちらほらと目につく。故人との思い出を巡っているのか。はたまた、先程食べた昼食を思い出しているのか。人間の感情を推し量るのは難しい。
 ただ1つ言える事は、私はこの曇った空は嫌いじゃない。
 フーッフーッ。深呼吸を2回。
 隣の岡本をチラッと見る。真剣な眼差しで前を見ている。
 樋口は自分のやるべき事を口に出す。「死者の魂に死を実感させる事が第一段階。次に、この世との繋がりを断ち切らせるのが第二段階。そして、魂があの世に行くのを見届ける。よしっ」
「始まるぞ」岡本の声がした。
 長岡今日子が巨大な機械の中に入れられていく。天国への階段にしては、あまりにも無機質だ。そして、もう二度と彼女の姿を見る事は叶わない。
 集まった人間全員の視線が1つに集まる。
 ブォッ、ゴーゴーゴー。大きな音が鳴り響く。まるで生きている人間を威嚇するように。
 その場にいる全ての人の頭の中に長岡今日子の姿が浮かぶ。
「ぼーっとするな!」
 肩を叩かれて、はっとする。
「すみません!」
 人間の魂は肉体が無くなると、外に飛び出し、あてもなく彷徨う事となる。初期段階で処置しなければ、悪霊となり、他の部署の管轄となる。
「出たぞ」
 長岡の魂が件の巨大な機械から飛び出してきた。機械の上で暴れるように忙しなく動き回っている。今の状況は魂にとって、迷子のようなものであり、まるで溺れて踠き苦しんでいるようにも見える。
 2人はすかさず丹田に手をあて、集中する。
 長岡の魂とのリンクを試みる。魂は常に波動を放っており、その波長、振幅など全てを対象に合わせにいく必要がある。ラジオのチューニングみたいなものだが、対象の波動が変化し続ける以上、難易度は天と地の差だ。
 ジジ…『アス……』ジ…『…カ……ミラ…』
 寄せては離れてを繰り返す。なかなか捕まらない。
「リンクした」岡本が先に長岡の魂とリンクした。早い。この辺りの技術はやはり経験がものを云う。続いて樋口もリンクする。
「明日香、未来。どこ?」
「長岡今日子さん」
「誰? 娘達がいないの。どこにいるの?」
「落ち着いて聞いて下さい」
「どこにいるの?」
「長岡さん!」
「どこ?どこ?どこ?どこ?どこ?どこ?」
「聞きなさい!」
 ピシャッ。雷のような衝撃が走る。長岡今日子は硬直し、身動きが取れなくなる。『死神』の命令には人間の魂は逆らえない。
「いいですか。落ち着いて聞いて下さい。あなたは死んだんです。娘達にはもう会えません」
「そんな、そんな、嘘だ!!!」
「嘘ではありません。あなたは死んだんです」
「そんなはず無い! だってほら、あの子達の声がする。ほら、あっちの方に」
「動くな!」ピシャッ。
「あぁ…」
 先程よりも強く命令したため、磔のような状態になる。
「もう一度言います。あなたは死にました」
「そんなはず無い…そんなはず無い…だって、明日香がこれから入学式楽しみだねって、逆上がりも出来るようになったんだよって…未来も私の誕生日にクッキー焼いてくれるって……」
「長岡さん…」
「そんなはず…」
 力無く項垂れる長岡に岡本が声をかける。
「あなたは亡くなりました。これは紛れもない事実です。そして私達は、あなたをあの世へ送るためにここに来ました」
 岡本の声には不思議なパワーがある。
「もう、あの子達には会えないんですね…。未来は10歳で、明日香なんてまだ5歳です。まだまだ母親が必要なんです。それなのに…」
 岡本と樋口は長岡の言葉を1文字も逃す事なく聞く。彼女の最期の言葉を聞くのは自分達しかいないのだから。
 そして、長岡の言葉数は徐々に減っていった。彼女の絶望と比例するように。
 樋口はそっと長岡に声をかける。
「長岡さん。私は明日香さん、未来さんと少し話しました」
「え!? 二人は!? どうでしたか!? 泣いてなかったですか? 明日香なんて泣き虫だから。未来も強がっていますが本当は泣き虫で。それで、それで…」
 とめどなく言葉が溢れる。
「彼女達は『お母さんが心配しないように立派に生きていく』と言っていました。私は彼女達なら、この先、どんな困難であっても2人で乗り越えられる。強い子達だと確信しました」
「そうですか…」
 安堵したのか、長岡の表情がゆるむ。
「その証拠に、親を早くに亡くした子供の魂は蒼くなります。そして、強い意思を持った魂は朱色に。彼女達の魂は蒼色と朱色が混ざった綺麗な色をしている。だから、大丈夫です」
 自らの持つ全ての説得力を集結させる。
「そうですか…大丈夫ですか…そうですか…よかった…ほんとうに……」
 長岡の涙と嗚咽の混じった言葉はほとんど聞き取れなかったが、2人は全てを聞いた。
 そして、長岡の状態が落ち着いたところで岡本が切り出す。
「それでは長岡さん、そろそろ時間です」
「はい。ありがとうございました。これで安心して逝けます」
 魂をあの世に送る方法はとても簡単で、人間の魂に触れ、念じるだけでいい。
 岡本に促され、樋口は長岡の魂に触れる。
「あなたもありがとうね。あなたの言葉で救われたわ。あなたも大変なのに。頑張ってね」
「え?」
「だって、あなたの魂も蒼いから」
 その言葉を最期に長岡はあの世へと旅立っていった。

 先程までの曇り空は今や雨へと変わっていた。火葬場には人間は誰もいなくなっており、岡本と樋口だけが立っていた。
「あの…私の魂が蒼色って」
 なぜ気付かなかったのか。自らの魂の色を確認しようと思った事は無かった。今となっては、そんな考えに至らぬように何か大きな力に操作されていたのでは勘繰りたくなる。
 樋口の問いに岡本は黙秘を続ける。
「先輩なら何か知ってるんじゃないですか!?  黙ってないで何か言って下さいよ! ねぇ!」
「ふぅ…」
 大きな溜め息をつき、岡本は淡々と話し出す。
「この仕事をしている者の多くは以前に人間だったんだ。それに皆、人間だった時にそれぞれ悲劇を抱えている。そういう奴が、この仕事を任される」
「そんな…」
「前に、お前の適正を計ると言ったな。あれは仕事が上手く出来るかを確かめるのも1つだが、もっと重要な事がある」
「重要な事…」
 唐突な情報がボクサーのパンチのように襲いかかってくる。
「俺達は立場上、全ての生物の魂の所在を調べる事ができる。つまり-」
「あっ」思考がパンチを捌き切る。
「そうだ。人間だった時に悲劇を生んだ相手、恨んだ相手を探す事ができる」
 樋口は、その事実と悪意がぶつかった時、引き起こされるであろう事情を思い浮かべてしまう。
「悪い奴ってのは大体、次の転生で動物か植物にまわされてしまうからな。復讐をしようと思えば簡単にできる」
 全ての情報を理解する頃には、落ち着きを取り戻していた。
「それって、私に伝えていいんですか?」
「良くない…だろうな」
 そういって、岡本は少し笑った。初めて見た彼の表情に少し面食らう。
「え…ダメじゃないですか」
 岡本の笑顔を見て、樋口の口角も上がる。
「今日の仕事を見て思ったんだ。お前には話しても大丈夫だろうってな」
「何ですか、それ」
 岡本の言葉と嬉しさを胸の内に丁寧にしまい込む。
 いつの間にか岡本は無表情に戻っていたが、彼の笑顔は記憶にしっかりと残っている。
「人間だった時の事、気になるか?」
「気にはなりますね。でも、今の私は人間じゃありません。もっと大切な事があります」
「そうか」
 岡本は何かを思い出すように遠くを見ている。
「今回の仕事は終わりだ。帰るぞ」
「はい!」
 岡本が歩き出す。
「先輩!」
「どうした?」
 樋口の呼び掛けで振り返る。
「決めました。私のポリシー。故人のため、とことんまで人間と関わっていきます」
 岡本は無表情のまま前を向き「頑張れよ」
 そう言って、歩いて行った。
 

to be continued…


 






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