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2024

継続は力なり。
力、無さすぎやせんか?と思うほどに習慣化が苦手な私。

note始めるぜとか言って、記事は2本。
三日坊主の追随すら許さない。

2023/12/31、友人からnoteに書かれた2023の振り返りを見せていただきました。
年は自分の一つ上ですが、それでも自分の現在地と違いすぎる。
2024、いやとりあえず1月は毎日書くことを目標に…
そう思った矢先でした。


私の祖父母は石川県金沢市に住んでいます。
妹が富山で仕事で、1/1のみ休み。
そんなきっかけで、家族で金沢で12/31-1/1を過ごそうと、家族帰省しておりました。

年が明け、朝に兼六園に立ち寄り、晴れた空を喜びながら、祖父母の家へ。
祖父と日本酒を嗜み、豪華なおせち料理をいただき、
さあ帰ろうかとバス停まで足を運ぶ。
目の前でバスが通り過ぎ、駅までタクシーを呼ばなきゃねとか話している最中、
地面が大きく揺れました。
目の前には大きな看板があり、とりあえず広い場所へ。
足腰の良くない祖父母の肩を皆で抱えながら、その場で凌ぐしか出来ません。
次第にスマホからは警報が鳴り、周りの家々からは人が出てきて。

家に戻ると、物が倒れていたり、割れてしまっていたり。
震源は遠いものの、多少なりとも被害はありました。
幸いなことに、家族は皆怪我もなく。
バスに乗れていたら、祖父母は2人立ち続けることも難しかったかもしれない。
1時間早く帰っていたら、この落ちてきたものたちが当たっていたかもしれない。
そんな訪れなかった未来が充分に起こり得たという事実が頭をよぎるだけで、恐怖そのものでした。

金沢駅に預けた荷物を取りに行くと、駅内は水道管の破裂により水浸しで、入場出来なくなっていました。
警察の方の同行で、構内のコインロッカーへ。
普段から人が多い駅内には誰もおらず、映像でしか目にしない非日常に、また恐怖を感じざるを得ない状況でした。
そんな恐怖の中、警察の方やタクシーやバスを走らせてくれた運転手の方には感謝です。

夜も幾度も余震が続き、揺れる度に最悪がよぎる。
家族も疲弊しているので、いつでも起きれる状態で、怖いながらも身を休めました。

妹は翌日には富山に戻らなければならず、
諸々の運行状況などを確認しながら、1/2に8時間くらいをかけて埼玉の実家に帰ってきました。

金沢に行く、と言っていたので、
心配のご連絡を頂いた友人の方々にも感謝です。

身の回りは、ニュースで映っているような状況にはならなかったけれど、
それでも震災の恐ろしさを、過去1番体感した日でした。
まだまだ被災状況は続いています。1日も早く穏やかな日々に戻りますように。

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