見出し画像

ブックデザインの魔法

本の装幀を考えるとき、僕はいつも悩みます。
イラストにするか。写真にするか。はたまた、文字だけで勝負するか。デザインを誰にお願いするか。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
と、なります。
装幀を考える、ということは、前提として「作家が書き上げた作品」が目の前にある、ということです。何か月、あるいは、何年もの時間をかけた作品を、僕ら編集者は預かります。それは重いものです。大切なものです。だから、どのアプローチが「本」としての魅力をいちばん伝えられるのかを、ひたすら考えます。

さて、前回のnoteで河野裕さんが『いなくなれ、群青』の世界を生み出した瞬間のことを書きました。その後、小説が完成し、僕が「考える」局面が訪れます。
まず、タイトルのことを考えました。(これは河野さんとの打ち合わせ史上、最長の時間を記録した、大論争となりました笑。たぶんきっと、いつかここで書きます。)
そして、装画のことを考えました。最後に、デザインのことを考えました。
今日は、デザインのことを書きます。

『いなくなれ、群青』には、最初に6つのデザインラフが届きました。

ちなみに、冒頭で本の装幀で「悩む」と書きましたが、それは「楽しい」悩みです。
だって、目の前には原稿があります。作家が魂を削って書いた物語です。
僕は、原稿が届いて、それを読み終えて、「うおおおおーーー!!!」と叫んだことも、感動で泣いたことも、あるいは、夢中になり過ぎて電車を降り忘れたこともあります。(乗っていたのは、新幹線でした。)
そうした作品を、そんな素晴らしい作品を、どうやって読者に届けるか。どうすれば、より多くの読者に読んでもらえるか。「面白い」と感じてもらえるか。
それはとても、プレッシャーのかかる仕事で、だから僕は「悩む」わけですが、目の前の原稿の素晴らしさを知っている身としては、一方でわくわくしています。

あの、読み終えた瞬間の胸の高まり。
それを覚えているから、これを読み手に届けられると思うと、嬉しくて、嬉しくて、仕方なくなります。あんまり嬉しいから、逆に不安で悩みます。
この「面白さ」を伝えるのは、僕たち編集者の仕事ですから。

少し話が逸れました汗。デザインの話です。
『いなくなれ、群青』に始まる階段島シリーズのブックデザインは、デザイナーの川谷康久さんにお願いしました。
川谷さんは新潮文庫nexのレーベルデザインを担当してくれた、いわばnexのデザイン設計図を引いてくださった方です。

デザイン案は、2014年7月15日に届きました。
縦横無尽、と思いました。越島はぐさんの装画に対して、縦、横、斜め、と文字が躍動しています。それでいて、イラストの魅力、作品の世界観は損なわれていません。むしろ、繊細にコントロールされています。(デザインごとに、キャラクターと背景のトリミング位置が少しずつ違っていること、注目です。)
うーん、うーーん、と悩み、「右下の案!」と思いました。
『いなくなれ、群青』は、新潮文庫nex創刊ラインナップの一つで、今までにないダイナミズムを表紙としても表現したかった。それにふさわしいのは「これだ!」と思いました。河野さんにも「このデザインでいきたいです」と連絡を入れて、好感触をもらいました。よし、決まった、と。

ところが、です。
もやもやとした気持ちが残っていました。それは時間が経つにつれて、大きくなっていきました。このデザインは素晴らしい。それは間違いない。でも。
土曜日の、それも深夜だったと思います。恐る恐る川谷さんに電話して、自分の違和感を伝えました。具体的な言葉ではありません。「もっと先があるような、気がするんです」という、曖昧な内容でした。怒られるかもしれない、と思いました。(川谷さんは「君に届け」「アオハライド」「俺物語」など、数多のヒット漫画のデザインを担当した凄い方です。)

カバーのデザインを終え、帯のデザインに取りかかっていた川谷さんは、僕の話を聞き、「実は、帯のデザイン、カバーにも生かせる気がしてきていて……。ちょっと、やってみますね」と言いました。そして、休日の、深夜ににもかかわらず上がってきたのが、今の『いなくなれ、群青』のデザインです。
川谷さんが話した「生かせる要素」とは「ぼかし」と「散りばめ」でした。(右下のデザインと、完成書影を、ぜひ比べてみてください。)
届いた瞬間の感動は、今でも忘れられません。

川谷さんのデザイン案でもう一つ、印象的な作品があります。
竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』です。
漫画家の浅野いにおさんが装画を手掛けてくださった本作にも、6つのデザインラフがありました。

「よ、横……!?」
と、思いました。
浅野さんのイラストは、作中のヒロインをバストアップで描いたもので、左上のデザインのように正面を向いた形で案が上がってくるものと思っていました。それをまさか、下の段のように横に配置してくる、とは……。驚きを通り越して、絶句しました。そして、横案を見てしまうと、これはもう「絶対、横だな」という気持ちになりました。
デザイナー恐るべし、です。

でも、そこからも僕の「悩み」は続きました。カバーの迫力という点で、左下のデザインは本当に素晴らしかった。しかし、机に並べてみると、右下のシンプルな形も、イラストの魅力を引き出していて、美しい。
一晩どころか、ふた晩、あるいはもっと、悩んだかもしれません。文庫サイズに印刷し、机に並べ、書店をイメージして他の文庫とも並べました。社内でもたくさん意見を聞きました。画面を見て、印刷を見ました。
最終的に、右下の案の発展系として、完成カバーデザインが生まれます。

作家の原稿を読み、感動し、喜んで、そして悩んでしまう僕を、鮮やかに救い出してくれるのが、ブックデザインという魔法です。もし、この魔法がなかったら、心細くて、泣きそうで、編集者なんてできなかったかもしれません。

デザイナーという魔法使いが、本作りの世界にはいます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?