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好きな食べ物は何ですか?

 不意打ちで誰かに聞かれてもいいように、好きな食べ物ぐらいは答えられるように備えている。

 何でかというと、何の下準備もなしにいきなりその質問に出くわしたら、自分の場合はおそらく口ごもる。仮に聞き手がたいへんに親切な人で、こちらの返答を気長に待ってくれるタイプなら、せっかくのチャンスを活かそうとその場で真剣に考えはじめるとは思う。
 でも結果は目に見えていて、自分の場合は「あぁーーあれが好きだな。でも待てよ、あっちも捨てがたいなーー……」と収拾がつかなくなるだけだろう。そして無言のプレッシャーに耐え切れなくなったぼくはきっと、「オムライスかも!」などと本心からズレた回答をもってその場を一件落着させようとするに違いない。

 はっきりとした転機はないけれど、定番中の定番と位置づけられている質問ぐらいは、いつ聞かれても即座に答えられるようにしておこう。いつからかそう考えるようになっていた。

 のちに答えは定まった。とはいえここ数年の落ち着き切った実生活のなか、その質問を受けることは一度もなかったのが現状である。

 それならこちらから勝手に自己開示しようではないか!というのが本稿の趣旨。こういうときにストレスなく利用できるのがnoteの優れた点ではないだろうか。


 ぼくの好きな食べ物は2つに絞られた。

①うな重

 焼肉も寿司もうな重もカレーもラーメンも全部好きななか、あえての一番を生真面目に絞り込もうとするから難しくなる。どれもほとんど同列に好きなのだから(その時々で順位の入れ替わりが頻繁に起こるほどなのだから)、何を選んでも嘘にはならない。ならもっともシンプルな答えにしたいと考えたところ、行き着いたのがうな重だった。

 シンプルな答えとはきっと、不要なエクスキューズが少ないものをいうのかもしれない。それは同時に美しい回答でもあるだろうと落ち着いた。
 焼肉が好きだけどホルモンはちょっと……とか、寿司が好きだけど苦手なネタもありまして……とか、スパイスカレーは好きだけど市販のバーモントはちょっと……とか、次郎系の味は好きだけど体育会系の接客がちょっと……とか、そこいらの補足や弁明がより少ない食べ物をこそ、ぼくの「好きな食べ物」代表として選びたい。

 ただうな重にもいくらかのエクスキューズは入る。
 国産がどう中国産がどうといった産地問題がつきまとうほか、天然がどう養殖がどうといった生育環境について問題視されることも少なくない。さらには、「絶滅危惧種に指定されている二ホンウナギを食べるのはいかがなものか!」という批難の声が止まないのも事実である。

 でも、それでもたまには食いたいのがうな重ではなかったか。
 どのタイミングどのコンディションで食っても、間違いなく常に美味い。食材の品質はピンキリだけれど——そのキリの中にはまるでゴムでも食ってるかのような歯応えの蒲焼きもあるけれでも——、白いご飯とタレのおかげもあってか、絶対的な美味さを担保されてしまうのがうな重ではなかっただろうか。 

 ついでにいえば、ぼくはたまたま、ピンのうな重も知っている。
 縁と奮発のおかげで京都・嵐山にある専門店で二度ほど堪能したことがあるのだ。ふわっふわのうなぎの蒲焼き。ピンはやはり異次元の美味さだったわけだが、その経験をもってうな重という食べ物全体をさらに好きになるに至った。 
 一応個人的にはピンからキリまで知ったといえるうな重の世界。そんな自分なら「うな重が好き」と言い切ってもいい。

 そうしてうな重は、ぼくの好きな食べ物の一つとして認定された。

 余談、わが家では二ホンウナギを1匹飼育してもいる。たまたまの出会いから迎え入れることになったわけだが、うな重から派生するかもしれない雑談のフックとして、うなぎの擁護者として、悪くないネタだと考えている。

②天丼

 好きな食べ物の一つがうな重、にもかかわらず二つ目も丼系を答えるのはさすがに暑苦しいとは思う。それでも天丼についても熱く語りたいので、もう少々のあいだだけ、汗を拭きながらお付き合いいただければと願う。
 
 そもそも自宅で天丼をつくる人がどれだけいるだろうか。

 そのように問うぼくは、当然ながら一度も天丼をつくったことはない。わざわざ天ぷらを揚げるだけでも後処理ふくめて超絶大変だろうに、それらの工程を自分独りのためだけにつくる体力や気力なんて皆無だからだ。

 つまりぼくにとっての天丼とは、完全に外で食うもの。
 ハレとケでいうところのハレにあたり、レア度の高いやや崇高な食べ物に値するわけで、外食時におけるぼくの天丼注文率は必然的に高くなる。(ぼくの場合、自宅では食えない物を外では率先して頼む傾向がある。)

 ここからが天丼のすごいところだ。

 たとえば山へ遊びに行き、界隈の料理店に入る。ランチメニューには天丼の文字。注文して出てくる天丼には旬の山菜やきのこが添えられている。
 同じように海へ遊びに行き、界隈の料理店に入る。ランチメニューには天丼の文字。注文して出てくる天丼には、定番のエビやイカ、キスに留まらず、アナゴや小エビ、小柱、ホタテなどの海鮮食材が、ほかほかご飯の上に鎮座しているではないか。

 山には山なりの天丼、海には海なりの天丼がある。
 ローカライズやマイナーチェンジも許容・包摂しながら前に進んでいくという点で、天丼というメニューには、これからの日本の「料理の未来・可能性」を感じてしまう。
 どんな食材でも「たいていはアリ」というスタンスを保ちながらも、天丼と称するからには「それなりのルールや秩序は守ってね」という暗黙圧。
 料理というものを総括すると「鮮度こそが食材の命」だという言説が幅を利かせるなかで、あえて揚げ、レイアウトとバランスで魅せてしまう一品料理が天丼である。

 そして白いご飯とタレのおかげもあってか、いつも必ず美味いのが天丼だ。なんなら蕎麦とも超絶相性がいいことを鑑みると、この食べ物・天丼のポテンシャルは計り知れない。面白いメニューだと思う……。

 そうして天丼は、ぼくの好きな食べ物の一つとして認定された。
  

 以上の内容をまとめると、誰かに不意打ちで「好きな食べ物は何ですか?」と聞かれたら、ぼくの場合はうな重天丼のどちらかで答えるという事実を、ずらずらと書き綴ったに過ぎない。


 そんななか、ぼく以外の人間が、最近まさにその質問を受けていた。
 そのシーンを目の当たりにしてしまったので、最後に彼の回答を残させてほしい。

 老人ホームの施設内。
 ちょうどケアプランというものの更新をするタイミングだったようで、90歳ほどの男性が、施設職員からうわべだけの質問を受けていた。
 
 「Nさんは今、何が食べたいですか?好きな食べ物はなんですか?」 

 “うわべだけ”と口走ってしまったものの、ここで彼が何を答えるかはわりと大事なポイント。その回答によっては、もしかしたら近日中にそれを食べられる可能性もあるからだ。 
 焼肉や寿司。普段はなかなかありつけない物を食うチャンスだったのに……。


 彼が答えたのは、「パイナップル」。
 90歳ほどの男性は、好きな食べ物をそうシンプルに答えた。

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