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クラウドファンディングと荒木とおカネ。

おかげさまで、現在チャレンジ中のクラウドファンディングも開始3週間で67%まで到達しました。

金額もさることながら、2月末現在までの3週間で50名を超える方々にご支援いただいていることが何より嬉しい限りです。

また、今回は支援できないけどということで、拡散にご協力いただいた方もありがとうございます。

感謝しかありません。

まだまだ期間は残っておりますし、あと33%!ちょうど3分の1!なんとか頑張って目標達成したいと思います。


さて、今回はクラウドファンディングともつながりがありますが、ぼくとお金のお話をしていきたいと思います。

なぜ急にこんな話になるかというと、クラウドファンディングをする理由にもなりますし、やはりクラウドファンディングが「物乞い」などど揶揄されるのも一つの要因となります。


完全に個人的な見解になりますが、クラウドファンディングには2種類あると思っています。

・お金はそんなに困ってないけど、予約販売・受注生産として利用する人
・お金に純粋に困っていて、新規事業にまわす余力がない人

どちらも、「資金集めをするところから仲間になっていただく」という点では同じです。

クラウドファンディングですっかり有名になったキングコングの西野亮廣さんは完全に前者ですね。

予約販売や受注生産としてクラウドファンディングを利用することで、需要を予測することができ、無駄を省きます。また、ユーザーの多いプラットフォームを選ぶことで、一定の広告効果も期待できます。


その他の人は、後者になると思います。

銀行から融資も受けれない学生さんや、その他ぼくのような貯金のない人が該当します。


では、なぜぼくに貯金がなくクラウドファンディングに頼らざるをえないかということです。

その部分を深堀りしていこうと思います。



突然ですが、ぼくには多額の借金があります。

"多額"の定義には人それぞれあるかと思いますが、まあまあな額です。

会社にも、個人にも借金があり、それとは別にもちろん奨学金も残っています。

一番いいグレードのヴェルファイアくらいは買えるんじゃないかと思います。

首が回らないどころか、もう首なんていつからかなくなりました。(太っているからないのかもしれない)

よく勘違いされるんですが、これだけいろんなことしてるから「貯金めっちゃあるんやろ」とか「親が金持ちなんだろ」とか「スポンサーがいるんだろ」みたいなこと言われることもあるんですけど、それら全くないんですよね。

そんな変な誤解を解くのと、現状を知って欲しいということで、簡単にですが、マネーグラフなんてのを書いてみました。今回はその辺りを赤裸々に話していくことにします。

◯学生時代

詳しい内容はこちらのnoteに。

高校までは地元愛媛で親の庇護のもとに生きていました。おそらく、昭和に象徴されるような平凡な家庭だったと思います。

ただ、小さい頃からウチはビンボーだと教わっていたので、「大学は絶対国立大学」という強制されていない縛りを自分でかけ、国立大学に入ったものの、アメフトというそれまで見たこともなかった部活に入ったので、奨学金を借りながら、バイトをちょこちょこしながらなんとか生活していました。

部活を2年で引退した(辞めたではなく個人的に引退、もしくは卒業した)ので、それ以降はバイトを掛け持ちしながら、学校をサボりながらしっかり4回生の後期まで頑張ってギリギリで単位を取得しました。

就活するに当たっては、ある程度給料のいい大企業を中心に面接を受けた挙句、証券会社に入社することになりました。

◯可処分所得たんまり時代

詳しい社会人時代は以下から。

社会人生活11年目が終わる頃ですが、上の写真のグラフを見てもわかるように、新卒時代が一番自由になるお金がありました。

週末金土は連日キャバクラからの朝帰り。
一回のコンビニ弁当で2〜3000円くらい平気で使う。つまり、でぶです。

社会人2年目で、おそらく家賃を引いた後のお金が30万くらいあったので、年収にすると600万くらいですかね。
東京などではなく比較的物価等も安い姫路だったということもあり、いい時代でした。

証券会社には2年半しかいなかったんですが、車も中古で買って、スーツもオーダーで買ってみたり、消費しまくり時代でした。

◯中小企業の事務職時代

1回目の転職で、中小企業の経理、総務、渉外担当の仕事をしていました。

年収でいくと前職の半分以下。ざっくり300万いかないくらいかと思います。
現場で頑張る社員さんの一部の人よりも給料をもらっているくらい待遇はよかったものの、かなり経営状況が悪く、ボーナスのない会社でした。
なので、かなり金銭感覚を修正していくと同時に、前職と比べて仕事量が少なすぎて、暇すぎて、空気を読まずに定時で無理やり帰って、副業を始めました。

飲食店で普通にアルバイトをしていましたが、そこに来る人たちのお金の使い方の豪快さに惹かれちゃいましたね。

「この世界におれも飛び込みたい」

ということで、自分もBARを開業しようということになりました。

◯BAR開業から続く慢性金欠

詳しい内容などは以下から。

まず、BARなんてそれまでほとんど行ったことがありませんでした。

証券会社時代はメインがキャバクラだったので、女の子がいるところをめがけて歩き回っていました。俗に言うアホです。
そんなアホが次に目指したのは、BARのオーナー。

先輩たちが歩く華やかな世界がかっこよく見え、そこに足を突っ込んでみてくなったわけです。

じゃあさぞかし貯金があったんだろうと思われがちですが、26歳。社会人4年目の男の貯金はざっくり80万円。

やれるのか。

やれないよね。

普通に不動産の契約で全部なくなっちゃうよね。

ということで、前職時代の先輩を共同オーナーとして誘い、75万円ずつ出し合い、お店をオープンすることに。
実際150万円で足りるわけもなく、ここから借金生活がスタートするわけです。

おそらくスタートする時にはさらに50万円くらいは追加で出していたはずです。

当時のお店の家賃は10万円、水道光熱費を合わせて13万円くらい。
余裕の運転資金なんてないし、姫路に知り合いはせいぜい10人くらい。

バーテンダー経験なし。

そりゃうまくいくわけないですよ。

当時の売り上げは月にだいたい35〜50万円くらい。
そこから、お店の家賃、仕入れ、さらには自分の生活費などなど。

足りるわけないですよね。

さらにそんな時に、店舗シェアをしないかと誘われ、自分でカフェを始めることに。

それまでに、昼間はフレンチレストランでバイトしていたこともあり、「いけるんじゃね?」という軽い気持ちがまた湧き出ました。

悪癖と言わざるえないです。

案の定このカフェが大赤字。

まあそりゃそうですよ。

どんどん借金が膨れ上がります。

BARは2年間という期間限定でもともとスタートしたという経緯もあり、2年間でぴったり閉店。

カフェも半年くらい続けたものの、ギブアップ。

かくして地元に帰省するわけです。

○無一文時代

地元に戻る決断をしましたが、自分には逃げて帰ったんじゃないと言い聞かせていますが「どうせ戻るなら本当に苦しくなる前に帰らなきゃ危ないお金にまで手を出しかねない。」という気持ちがあったことも否定できないと思います。

実家にいるという生存への安心感。

生活コストの削減。

メリットだらけです。

ただ、ぼくにはお金がありません。

すでに貯金はなく借金生活です。

ここでまた悪癖が顔を見せはじめます。

「思いついたらやりたくなる」というあれですね。

そこで思いついたのがWebサイトの制作、つまりはみとん今治の誕生です。

会社はNPOという形にしましたが、結果的に個人の資産はまたも大きく削られていきました。

「取材」と言っても、全て自分でお金を払って飲食店やイベントにも参加しました。売上も元手もないので、経費なんて使えるわけがありません。

「すでに借金があるのに」です。

設立当初2年間は、役員報酬を月に3万円と定めましたが、結局それもすべて会社につぎ込んでいました。

会社も赤字、個人も赤字。

誰得なんだという話が出てきますが、まあそれでもここまではまだかわいいもんです。

○空前絶後の大借金時代

ここからいっきにブーストがかかり始めます。

まずは2年前に始めた農業。

こちらももちろん設備投資が必要ですし、お金が必要です。

ということで、JAから150万円借りました。

この2年間で100万円返済しましたが、まだ残債はあります。

そして、1年半前にカフェをオープンしました。

しかも、収益性がほとんど見込むことができない商店街に。

ここで新たに会社で200万円の借金が追加されます。
その後さらに100万円の追加融資を受けました。

単純な足し算で、この2年間で450万円借りているわけです。

借りたものは返す。

じゃあどうやって返すかといえば、もちろん所得からです。

じゃあ所得はどこにあるのか。

現在、NPOからの役員報酬はありません。

農業は年間100万円以下の売り上げなので、2年間で赤字が30万円ずつくらいです。

農業を新しく始める人には、要件を満たせば最大5年間150万円の補助金がもらえますが、ぼくの収入は現在それだけです。

まあ確実に生きていけるレベルではないです。

借金の返済を行えば手元にお金は残りません。

会社がうまくいかなければそこもてこいれしなければなりません。

実家にいなければできないことであることは言うまでもありません。


長々と話しましたが、これが嘘偽りのない現状です。




さて、そこでクラウドファンディングの話に戻ります。

この文章で何度か登場していますが、ぼくには悪癖があります。

「思いついたらやりたくなる」

というあれです。

それが今回も発動したという結果になります。

しかも、今回は本当に強力な仲間が背中を押してくれました。

やらないわけにはいかないんです。

そして、成功しないわけにはいかないわけです。

このクラウドファンディングを通して、ぼくの手元に入るお金は、ほとんどゼロだと思います。むしろかけた時間を考えると、マイナスだとも言えます。

ただ、絵本を作って、いろんな人に届けたいんです。

「たとえ借金があってでも」です。

もちろん美味しい野菜も届けたいし、Webサイトを通じていろんな情報に鮮度をもたせたいし、カフェを通じて、ゲストハウスを通じていろんな出会いを産みたいんです。

「たとえ借金があってでも」です。


クラウドファンディングってどこかかっこいいとかいうイメージを持つ人もいるかと思うんです。
「チャレンジってすごい」とかいう理由なんですが、全然かっこいいことじゃありません。

本当のかっこいい人はしっかり儲かるビジネスを組んで自分でお金は回せるんです。

ぼくは泥臭く、みなさんの協力をいただかなければ前に進んでいくことができません。

土下座なんかも簡単にできます。そこに変なプライドは持ち合わせておりません。(要求されたことはないけど)

地方には、都会のようにVC(ベンチャーキャピタル)のような直接金融を行う機会はほとんどありません。すべてが銀行様に頭を下げてお金を借ります。

ただ、実績がないと、地方では借りることさえも許されません。

なす術がなく、行き着く先がクラウドファンディングのような広く皆さんに協力を仰ぐ方法になるわけです。


冒頭にヴェルファイアの話をしましたが、ヴェルファイアに乗って得られるものは、ちょっとしたドヤ顔と、快適なカーライフです。

ただ、ぼくはその借金で、ヴェルファイア以上の価値を見出し始めています。


通ってきた道が茨の道で、靴も履かずに歩いてしまっている状態はきっとこれからも続くはずです。綿密な計画を立てる前に行動してしまうでしょう。

経営などという高尚なものも、資本主義ゲームでも負け続きです。


いろんなところにぶつかりながらも、ただ、自分が目指す場所、描く未来にだけとりあえず進ませてください。


いつかこのnoteを笑いながら見たいものです。


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愛媛県今治市でローカルビジネスをやってます。ローカルWebメディアとカフェ、ゲストハウス、農業をやってます。とにかく楽しく。今治でシムシティを楽しんでおります。
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