もうAIとRPAの比較なんか見たくない・2020夏

だって馬鹿っぽいんだもん。

なぜAIとRPAの比較が駄目なのか

比較に価値があるのは、同じカテゴリーに属し、レイヤーが同じか近いものなんですよ。

たとえば、同じ「果物」というカテゴリーで、レイヤーが同じ「りんご」と「みかん」の比較は成り立ちます。
あるいは「ふじ(リンゴの品種)」と「みかん」も、みかんの側がやや一般化されすぎてぼやける感じはありますが、まあギリギリ成り立つでしょう。

でも、たとえば「りんご」と「節足動物」の比較とか、ほとんど意味がないわけです。
同じ「生物」という括りがあるとはいえ、「節足動物」は「真核生物>動物界>左右対称動物>前口動物>脱皮動物上門>汎節足動物>節足動物」なのに対し、りんごは「真核生物>被子植物>真正双子葉類>バラ目>バラ科>サクラ亜科>リンゴ属>セイヨウリンゴ種>ふじ品種」と、階層の構造も深さも違うからです。
ぶっちゃけマトモに比較なんか成り立たないのは誰だって想像できるっしょ。そういうことです。


「RPAとは何か」でコンセンサスが取れそうな部分

「何をもってRPAとするか」みたいな話は議論の余地があって、メーカーの自称とか世間の認識とかリセラー・コンサルの思惑とか諸々が絡む上に。この話の本質ではないので、あんまり踏み込みませんが。

ただまあ、コンセンサスが取れそうな範疇で言えば、諸々の製品の1個上のレイヤーとして「1つ下に個々の製品が入ってくる、ソフトウェアやサービスというレイヤー」だと思うのです。
クラウドだデスクトップだサーバーだというのは運用形態の話で、製品構造ではないし。(しいて言えばそれは「飛ぶ生物か、飛ばない生物か」みたいな話で、それが鳥か昆虫か哺乳類かみたいな区別とは別じゃね?ってことにしとく)


では「AIとは何か」

ともすればAIは現在進行形で進化してる分野なので、数年後には全く変わってるかもしれませんが(だから「2020夏」って書いたんZE★)
最近のAI(人工知能)というのは、ある種の概念です。もうちょっと言えば「コンピューターに計算させる方法論のうちの、1つのカテゴリ」ぐらいの感じです。

AIにも色々あって、多くの情報をベースにある程度の幅を持たせた制御をする「ファジイ」とか、人間の脳にちょっと近い感じで複数のロジックを連携させる「ニューロファジイ」とか、大量のデータをとにかくぶちこんで理屈(人間が設定したロジック)よりも経験ベースに近い処理をさせる「ディープラーニング」とかあって。さらに実装形態で分類ができます。

で、AIを応用した製品として、たとえば言語翻訳だったり、OCRだったり、画像認識だったり、あるいはチェスや将棋などの思考エンジンだったり、いろんな分野に応用されているわけです。
更に、上記のそれぞれが、前述のようなディープラーニングだ何だという様々なAIの実現方式を組み合わせたりしてるんですよ。

とりま、AIは「製品カテゴリ」などというレイヤーではなく、もっと遥かに上にある「コンピューターに判断させるための方式」なわけです。


「RPAとAIの比較をぶっ壊す」シンプルな考え方。

前述のように「RPA」は製品カテゴリ、「AI」は概念(と、その実装方式とかその辺)なわけですが。

考えてみてください。
・AIと呼ばれる判断機能を組み込まれたRPAソフトウェア
・AIと呼ばれる判断機能を持たないRPAソフトウェア
・AIと呼ばれる判断機能を組み込まれた(RPAではない)ソフトウェア
・AIと呼ばれる判断機能を持たない(RPAではない)ソフトウェア
この4つは「全部存在しうる、というか存在する」のです。

さて、これでもAIとRPAを比較することに意味がありますか?
むしろ、それを無理矢理に比較することは、上記の4種類のコンテキストを理解する上で、逆に混乱しか招かないのではないですか?

だから「RPAとAIの比較」はナンセンスなのです。細かく書くならこの記事みたいな(あるいはもっとBreak downしたうえで)「全く別のカテゴリーだよ」という身も蓋もない結論ありきになって、比較する意味が見当たりません。
(「別のカテゴリーだよ」と説明するのと、別のカテゴリーのものを比較するのは、全然別の行為です)

然るに、その「全く別のカテゴリーだよ」という話をきちんと書かない(書けない)のは、何もわかっちゃいない、いい加減な人・組織のやることで、そんなの混乱を招くだけなので、近づかない方がいいぜ、ってことで。

どっとはらい。

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