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緊急事態宣言下での休業手当と失業保険

 2020年4月7日、都内のタクシー会社が、失業保険をもらってほしいと600人に及ぶすべての社員を解雇しました。突然の全社員解雇に驚きの声が各地で上がりました。この処遇に対し賞賛の声が聞こえる一方で、いきなり解雇することへの非難の声も上がっています。
 会社からしてみれば、休業手当を払い続けることで生じる費用の増大で事業の存続が出来なくなる可能性を少しでもなくしたいという考えのことだと思います。片や社員としては、どんな形でも失業という最悪の状態にはなりたくないというのが心情だと思います。
 

なぜタクシー社長はこの決断をしたのか?

 タクシー会社の社長は「タクシー会社という性質上、失業保険の方がもらえる額が大きい」と叫び一方的に社員全員を解雇しました。このことを考えるにあたっては、休業手当と失業保険のお金の違いについてちゃんと知る必要があります。
 そこで、新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から出された国の「緊急事態宣言」下の中、その違いについて検討していきたいと思います。
 なおここでは、できる限り話を分かりやすくするため、専門用語より一般的に通用する用語を使い、正確であるよりイメージのわきやすい表現をしていきますのでご了承ください。

休業手当とは

 労働基準法第26条をざっくりまとめると、「会社が本来営業日なのだけど、いろいろあってお休みとしなければいけないとき、その日の分は社員に『平均賃金』の6割以上払いなさい」という内容で、この時支払われるお給料を「休業手当」と言います。

失業保険とは

 実は「失業保険」という言葉はありません。正式には、失業等給付の中の求職者給付のうちの「基本手当」のことを言います(ここでは一般的に「失業保険」と書いたほうがわかりやすいので「失業保険」と言います)。この失業保険は、雇用保険法第13条以下に記載されていて、ざっくりいうと「会社を辞めたら、『賃金日額』の6割くらいを一定期間毎日あげるよ」というものです。

 この「休業手当」と「失業保険」。説明が超ざっくりですが、この程度でも十分ここからのお話しは読めると思うので、とりあえず「ふんふんそーか」とだけ思っておいてください。

 ここで、押さえておかなくてはいけないのは、双方に出てくる謎の用語「平均賃金」「賃金日額」です。
 そもそも何なの?何がどう違うの?
 ということになるかと思うのですが、用語は違えど、結果金額はほとんど同じになります。

 平均賃金は、(ここでも)ざっくりいうと「3ヶ月分のお給料をその3ヶ月の日数で割ったもの」です。
 賃金日額は、同様にざっくりいうと「6ヶ月分のお給料を180で割ったもの」です。
ほら、ほとんど一緒。
 

じゃあ実際どれくらいもらえるのか計算

 前提として、完全週休2日制の会社で、40歳(くらい)、月給30万円(ボーナス等除く、残業なし)の人を想定します。その人の会社が1ヶ月全部休業して会社が支払う休業手当と、会社から解雇されてもらえる失業保険の額を計算してみます。
 ざっくりやっていくので多少の差はあるかもしれませんが、お許しを。

休業手当の場合

 会社が休業したので、休業手当を支払うことにしました。
 平均賃金は、<(30万円x3ヶ月)/90日>なので、1万円になります。
 実際は3ヶ月が90日になることはありえませんが(30日の月が3ヶ月つづくことはないから)、話を簡単にするためこれで行きます。これ以降もこんな感じです。
 そこで、この人が週休2日の会社で働くはずだったその月の日数分休業手当を支払います。
 金額は、「21日(働くはずだった日数)x6,000円(平均賃金の6割)」で、126,000円になりました。

失業保険の場合

 会社を解雇されたので、失業保険をもらうことにしました。
 賃金日額は、「(30万円x6ヶ月)/180日」なので、1万円になります。
 そこで、この人がその月に1ヶ月分の失業保険をもらいます(実際は4週間ごとですが)。
 金額は、「30日(暦の日数)x[給付額](賃金日額の6割くらい)」
 ここで給付額という新たな謎ワードが出てきましたから、いくらなの?という計算をしてみます。賃金日額と年齢層で違うのでえいやっと計算します。計算式はこうです。

[給付額]=0.8x[賃金日額]-0.3{([賃金日額]-5,010円)/7,320円}[賃金日額]
(参照:https://www.mhlw.go.jp/content/000489683.pdf

 というわけで、エクセル君にやってもらったところ5,955円となりました。
 給付額がわかったので、上に戻って金額を計算すると、
<30日(暦の日数)x5,955円(賃金日額の6割くらい)>なので、178,650円となりました。

差額は・・・

 上記のことから、失業保険のほうが52,650円多くもらえることになりました。
 ところで会社は本当に休業手当を平均賃金の6割しか出さないのでしょうか?私の知る限り、せめてお給料の6割以上は出したいという社長がほとんどです。だとすると最低でも失業保険とほぼ同じ額の180,000円になります。
 

実際に手元に入るお金はいくらなの?

 失業手当の場合、国民健康保険と国民年金に加入しなくてはならず、ざっと見積もって5万円以上が必要となると思われます。ただし、どちらも失業中の免除が適用可能になるとすれば、手取りはほぼ満額です。
 一方休業給付は、社会保険料と雇用保険などでおよそ5万円弱が控除になります。したがって手取りは13万円くらい。
(ともに税金は考慮していないのでもう少し変化はあるかもしれません)

社員さんの気持ち

 この差額を社員さんがどうとらえるかは人それぞれだと思います。雇用されている安心感と実際に今手元に入るお金とを天秤にかけなくてはなりません。ちなみにこの差額を私の妻に聞いたところ、「失業保険もらって!」と即答されました(ただし、緊急事態宣言が解除されたらもう一度雇ってもらえるが前提ですが)。

会社の負担

 同様に会社の負担も検討してみます。
 休業手当を支払うので、雇用調整助成金を使うこととします。雇用調整助成金は支払った休業手当の6割(新型コロナウィルス対策では中小企業の場合最大9割)を国が補助してくれます。会社の負担は、中小企業の場合9割補助まで引き上げられたので、
・平均賃金の6割の時、126,000円の1割で12,600円になります。
・お給料の6割の時、180,000円の1割で18,000円になります。
 これに社会保険と雇用保険の会社負担分がのっかります。もし会社が休業手当を100%補償するとしたら、雇用調整助成金には上限がありますから、ざっと見積もると10万円弱が会社負担となります。
 これに対し、解雇した場合(退職金のことを考えないとすると)は会社の負担金はありません。ただし、解雇予告手当という解雇するときに必要なお金を出すとおよそ1カ月分のお給料が負担になります。

給付金との兼ね合い

 会社負担が厳しくても、国の給付金制度でもらえる金額で賄えるかどうかは今の段階で計算が及びません。ですから、給付金を受けたら助成金をもらえない、なんてことだけはないようにしてほしいものです。

まとめ

 最初に見たタクシー会社の給与体系や支払額がどうなっているかはわかりませんが、一般的な企業を例にして比較してみても(かなり大雑把ですが)休業手当と失業保険では、会社と社員双方に負担や手取り額の差があることがわかりました。
 社員さんにとって解雇という事態は受け入れがたいと思いますし、会社も一緒に働いてきた社員さんに解雇という形で離縁状を突き付けるのは身を切る以上に辛いことのはずです。
 大切なのは、この新型コロナウィルス騒動が収まり、平常の生活に戻り企業や経済がまた活気を戻した時に、どんな会社でありたいかによるのだと思います。
 雇用を守るとは、雇用を作る会社を守ることであり、会社を守るとは日本という国を守ることです。企業の規模や財務状況、その他さまざまな事情に照らし合わせて、本当の意味での雇用を守る方法を今の仕組みの中で考え実行することが民間の私たちにできることなのではないでしょうか。
 死に物狂いで個人や企業が頑張っているさなか、国や自治体、政府も死に物狂いで頑張ってほしいです。
 その意味で、平時に設計された従来の方法論を拡張することだけでなく、この緊急事態の間だけ通用させる立法や施策も検討することや、マイナンバーを積極的に活用することで支給の速度をあげることを実行してもらいたいです。

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