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それが“YES”であったから……

オノ・ヨーコを最初にぼくが知ったのは、まだアートのことなどまったく知りもしない中学生時代で、当時から今にいたるまで大好きなビートルズの逸話で、ジョンとヨーコの出会いについて読んだときだった。それは1966年11月9日、ヨーコがロンドンのインディカ・ギャラリーという画廊で個展を開いていたときで、そのプレビューにジョンが一人で訪れたというのだ。

 この時の展覧会のタイトルは、『未完成の絵画とオブジェ』と題され、パフォーミンング・アーティスト、そして概念的アートのことを指すコンセプチュアル・アーティストとして知る人ぞ知る存在、ニューヨーク在住の新進アーティストであったヨーコの最新作が展示されていた。

 ジョンが踏み入れた会場の中央には、七つのステップがついた白い脚立がポツンと置かれ、天井からは昆虫を見るときに使う虫眼鏡が吊るしてある。ジョンが気になって近くまで行ってみると、「勇気のある方だけ登ってください」と書かれていて、その木製の脚立はちょっと不安定だったものの、ステップを登り、虫眼鏡を通して天井に吊るされたキャンバスを見ると、なにやら小さい文字が記されていたという。

 そこには本当に小さい文字で健気に“YES”と書かれていた。シニカルなジョーク屋としても知られていたジョンにとって、この瞬間のこの出来事は自分でも思ってもいなかったほどの啓示があったのだろう。白い洋服を着た小柄な日本人女性(ヨーコはグラグラする脚立を手で押さえていたともいわれている)が書いた小さな文字 “YES”。それを見たときジョンはこう思ったという。「それがNOとかファック・ユーとかでなく、YESだったから心の底で安堵してしまったんだ」と。

 この言葉にあるとおり、ジョンはこの作品がすごく気に入ってしまい、これを作った不思議な作者に挨拶をしようと、ギャラリーオーナーを介して紹介されたものの、このとき、ヨーコは当時世界一有名人でもあったレノンのことをなんとまったく知らなかったそうで、恥ずかしがり屋だったヨーコはジョンに向かって小さい声でハローとだけ挨拶をし、そして一枚のカードを差し出した。その白いカードにもやはり小さく文字が書かれていて、そこに記されていた言葉というのが「Breathe(息をして)」という一言だけ……。これがジョンとヨーコが初めて出会った瞬間だった。