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ノベル集 #5 レア;ブルーな私とあなたのあいだには

莉沙が母校でアルバイトをするようになって、3ヶ月が過ぎようとしていた。

全く大学に戻る気などなかったのだが、学生時代に単位がギリギリの時に世話を焼いてくれた教授がアシスタントや秘書を探していると、同級生に声をかけられて戻ってきた。

それなりの大学だったので、同級生たちはみなバリバリと働くキャリアウーマンになって、役職なんかついたりしていた。

莉沙はそもそも、会社勤めが全く向いていなかった。それでも子供たちが小さいうちはそれなりに頑張って、働いて組織に馴染もうとしてきた。

仕事はできる方だ。実際先輩たちからは重宝がられていた。

しかし、上司のウケが非常に悪かった。

まず、お世辞を言えない。空気を読んで行動できない。

自分では気遣いをしているつもりだけど、心の声が顔に出てしまう。

そんなこんなで、心が壊れる前に会社を辞め、フリーランスで仕事をしていた。

そのうちに最初の結婚が破綻した時も、まぁ、人生なんてこんなものか。。。

と思っていた。

その後、以前から友人関係にあった今の夫と再婚し、それなりに幸せに暮らしている。

ただ、実家の母からは会うたびにお叱言を言われる日々だ。

せっかくいい大学を出たのに、まともに就職しないなんて、お母さん恥ずかしくてご近所に言えないわ。

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(お母さん、私一体幾つになったと思ってるの。いい加減諦めてよ。)

と口に出したいが、話が長くなるので適当に相槌を打ってその場を切り上げていた。

母校でのアルバイトは、フリーランスの仕事にはない刺激をくれて、いい気分転換になっていた。

年上からの評価が著しく悪い莉沙だが、年下には男女問わず人気があった。

生徒たちは、先生!と慕ってくれるが、

私は先生じゃないから、先生って呼ばなくていいのよ。

と、もっと気さくに接してもらいたくて、今では莉沙さんと呼ばれるようになった。

莉沙の母校では、社会人の学び直しや、リーダー育成講座にも力を入れていて、働きながら学ぶ学生が増えてきていた。

おそらく、教授はそのために私を呼んだのだろう。

莉沙は雑用をこなしながら、学生たちの相談役のようなことをしていた。

学生たちの相談は単位の相談が大半 というわけでなく、たいていが恋のお悩み相談だった。

若いっていいよね。恋に全力投球できるから。

と莉沙が家で漏らすと、夫は

俺は、莉沙と結婚するために全力だったけど?

と冗談めかして言う。

不器用な夫の最大の愛情表現だと感謝しつつ、遠い日の恋を自然と思い出した。

自分でもなぜあんなに執着したのかわからない恋。どこがそんなに好きだったのか、今となっては覚えていない恋。

一度恋に破れた時は、もう二度と人を好きになることなんてないんじゃないかと思うけど、そんな気持ちはどこかに消え失せ、また恋に落ちる。

(本当に恋なんて厄介なものだわ。)


午後からは、社会人対象の講義が始まるので、莉沙はその準備をしていた。

莉沙の学生時代、新進気鋭の研究者だった教授もすっかり落ち着いて、もうすぐ定年だよ。と笑っていた。

君が来てくれて助かるよ。僕PCほとんど使えないからね。

いや、先生PCどころかプリンタも何回詰まらせるんですか。今に壊れますよ。研究費厳しいのに。

莉沙が言うと、教授は少し真面目な顔で

もう一度大学に戻って研究を続けないか?僕が退官したらポストも空くことだし。

(気持ちは嬉しいんだけど、組織で働くのは無理なのよね)

先生、私今の気楽な生活が合ってるんです。家族とそれなりに暮らして、時々好きなことできたら、もうそれで幸せなので。

何度もこの会話を繰り返しているが、莉沙の気持ちは変わらなかった。

今、好きでやっている仕事を実績をあげないと。とか考えた途端にまた、自分は余裕がなくなって、楽しく働けなくなるだろう。

そんな時、社会人の一人の学生が気になった。

以前長かった髪がショートカットになっていて、とてもそれが似合っていたから。

(妹くらいの年齢かな?この講座を受けてるってことは、キャリアアップをしたいってことよね。)

自分とは全く縁が無さそうな彼女に、なぜか興味が湧き、休み時間に話しかけてみることにした。

こんにちは、雑用とアシスタントをしている莉沙です。面倒なので、下の名前で呼んでね。

いきなり年上のよくわからないポジションの自分に話しかけられて驚いたのか、ショートカットの彼女は返答に困っているようだった。

あぁ、ごめんね。何か困ったことがないか聞きたかっただけなの。

少しだけ時間を置いて、彼女が答える。

すみません。でも話しかけてもらえて嬉しいです。ここには知り合いがいないから。

そうなのね、じゃあわからないことがあったらなんでも聞いてね。なんなら恋のお悩み相談も絶賛受け付けてるから!

彼女が吹き出した。

私、詩織と言います。私も下の名前で呼ばれる方が好きなので、詩織と呼んでください。

詩織さんね。ありがとう。ショートカットすごく似合ってるよ。

詩織が微笑んだ。片方にできるエクボが可愛い。

(仕事もできて、こんなに美人なんて神様は不公平だわ)

と、莉沙は勝手に詩織をプロファイリングしかけて、やめた。

(やめよう!勝手に人の人生のシナリオ書く癖は)

そんな莉沙の心とは裏腹に、詩織は

莉沙さんてすごく綺麗な人だし、みんなに好かれてるし、羨ましいです。

お世辞ではなく本心から言っているような様子に、莉沙は大いに驚いた。

(羨ましい?私のどこが?気ままに生きてるように見えるのかな?)

え、綺麗でもないし、みんなに好かれているように見えるのは、私と話したい人しか私の周りに来ないからだよ。

それでも、いつも自然体で羨ましいです。

羨む必要なんてないのよ。私からみると詩織さんの方がずっと羨ましいもの。人って自分にないものが眩しく見えるだけよ。

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講義が始まると莉沙は特にやることがなくなるので、資料の整理や出欠の確認など簡単なデスクワークに没頭していた。

そろそろ終わる頃かな?と時間を見計らって、教室に向かうと、ちょうど講義が終わり、学生たちが出てくるところだった。

教室から出てきたばかりの詩織にちょうど出会すと、

莉沙さん、すみません。さっきは変なことを言って。お詫びにコーヒーでもいかがですか?

お詫びだなんて、そんなのいいのよ。でも私ももう仕事も終わったから、お茶飲みに行きましょうか?

と二人で大学内のカフェに向かった。


二人で話すことと言っても他愛もないことだった。おそらく10歳ほど年下の詩織は、最近恋人と別れたらしい。

恋人と思っていたのは、私だけかもしれないんですけどね。

と詩織が自嘲気味に微笑んだ。

だめよ、自分でそんなふうに思ったら。元カレの心の中なんて自分はのぞけないんだから。自分は愛されてた。自分も愛してた。ただ縁がなかっただけ。そう思ってたらいいの。

今度は詩織は泣きそうな顔で微笑む。

ありがとうございます。莉沙さんに聞いてもらえてよかった。

うーん、実はこれ私が失恋するたびに自分に言い聞かせてる言葉なの、じゃなきゃやってられないじゃない?

今度は詩織は泣き笑いではなく、心から声を上げて笑った。

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そう、恋なんて終わってみれば相手の気持ちなんて推測しなくていい。自分がその時、恋をしてたってことが自分の財産だから

破れた恋であっても、その恋をしなかったらきっと今の自分じゃないから。

だから感謝してる、私を好きになってくれて。

遠い空を見つめてそっと呟いた。



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