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【一幅のペナント物語#7】人はなぜ聳え立たせたがるのか?

◉ダンボール箱いっぱいに詰め込まれて届いた無数のペナントの中で、ひときわ鮮やかなスカイブルーの輝きを放っていたこの一品。不織布製の生地は実にパリッとしていて保管状態の良さをうかがわせる。北国の抜けるような青空をバックにスラリと聳え立つタワー。その横には北海道の道章と並んで軽快に黄色く飛び出す「北海道百年記念塔」の文字。爽やかすぎるこのペナントの主人公は、もうこの世に存在しない。

これが北海道百年記念塔の全容。地上8階にあたる部分に展望台があった

◉僕が昨日まで存在も知らなったこの高さ100mの巨大なモニュメントは、北海道札幌市の西の外れにある野幌(のっぽろ)森林公園の丘の上に、1年ほど前(2023年1月)まで聳え立っていた。と過去形で書くのは前述のように現在は解体され跡形も無くなっているからである。解体理由は部材の老朽化とされている。使用されていた鉄製部材などが予想以上に早く劣化し、剥がれ落ちたり折れて落下したりするなどして危険だと判断され、侃侃諤諤の結果、ン十億単位の費用がかかる補修を断念し解体することになったらしい。ちなみに解体費用は桁が1つ少ないが、それでも億単位の税金が投入されたことに変わりはない。

◉北海道開道100年を記念して1970年(昭和45年)に竣工、翌年から一般公開がスタートし、札幌の新たな観光名所として注目を集めたであろう百年記念塔。このペナントもその頃に当地で販売されたのではなかろうか。それが100年どころか、50年そこそこで姿を消してしまうという展開を誰が予想しただろう。同じ札幌のテレビ塔などは10年以上も前に竣工していまだ健在なのだから。とにもかくにも、このペナントは、今は無き観光スポットを後世に伝える貴重な資料になったわけだ。

◉ペナントの中には、こうした現存しない観光スポットを採り上げているものがある。いわゆる昭和の国民総観光時代に誕生した箱もの施設やテーマパークなどだ。この類いのペナントは、仮に再びペナントブームが到来したとしても(ま、そんな時代はほぼ来ないと思うけど)、現存する観光地のように製造される可能性はないわけで、そういう意味で稀少性が高いはずなのだが、他よりも高値で取引されているというような姿は見かけない。いつ、どこで、誰が、いくらで、何枚製造したのかといった記録が無いので、ポケモンカードやキンケシのように投機的なコレクションを楽しめない、というのもペナントが持つ特徴といえそうだ。

◉それにしても旧約聖書の時代からずっと、人はなぜ塔を建てたがるのだろう。イカロスのように空へ、神の領域に近づきたいという原始的な本能でもあるのだろうか。今回の解体にあたって「開拓の歴史を無下にするな」といった趣旨の抗議もあったようだが、この塔が無くなっても、北海道開拓に命をかけた先人たちへのリスペクトや感謝は消えないはずだ。ただ「ほら、私たちはこんなに思っているのです」という自分たちの想いを確認するために、なにか依り代のようなものが必要だとしたら、案外、人の想いというのは脆弱なものかもしれないな、と改めて思うのだった。

◉ちなみに解体された跡地には、新しいモニュメントを税金で建てる予定らしい。今度はどの程度の耐久性を考慮して造るのか分からないけれど、50年後、子や孫に「どうしてこんな金のかかる置物を爺ちゃんたちは作ったんだ」とならないことを祈りたい。


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