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【一幅のペナント物語#46】令和だって昭和だって宇宙にはロマンしかない!

◉昨日3月9日、串本の発射場から飛び立つ予定だった民間初のロケット"カイロス"。発射中継を固唾をのんで見守っていた昭和オジサンたちは多いのじゃなかろうか。実際に現地の有料見学にも多数の参加者が来ていたようだし、先日のH3の打ち上げ成功もあって、成功への期待しかないワクワクイベントだったのだが、残念ながら発射延期となってしまった。延期日程はまだ発表されていないが、ワクワクする日々が延長されたと思って楽しみに待ちたい。

◉そんな宇宙にロマンを抱き続ける昭和オジサンたちが熱狂した78年・79年に開催された「宇宙博(宇宙科学博覧会)」のペナントである。昭和ヒロイックなかっこいいフォントで書かれた文字の横には、ジェミニ計画の二人乗り宇宙船と初の船外遊泳の様子が描かれている。背後には濃いブルーのグラデーションで表現された宇宙空間。一見、海面のように見える部分は地球なのだと思うけど、ここはもうちょっと頑張って欲しかった。宇宙遊泳というよりも、そのまま夜の海に落下してるようにも見えるじゃないか。

◉さてこの「宇宙博」、ペナントには「国際児童年SPACE EXPO'79」という文字も書かれているが、Wikiによれば実際には前年1978年(昭和53年)から第1期がスタートしていて、このペナントは国際児童年と重なった翌年に第2期として開催された時のもののようだ。1978年といえば僕は9歳。残念ながら宇宙博に連れていってもらえる家庭環境では無かったけれど、テレビや本やらで宇宙への憧れを無限に膨らませていた頃だったのは間違いない。当時の様子を紹介する日本財団のHPにはこんな風に書かれている。

(前略)こうして宇宙科学博覧会の幕が開かれ、現代の宇宙科学の粋を一堂に集めた世界初の試みとして、教育界はじめ各方面の高い評価を受けた。会期中の入場者は予想をはるかに上回る550万人を数え、成功裡に終了した。閉幕後も各方面から、博覧会の再開を要望する声が強く出された。(中略)国際児童年事業の主務機関である国際児童年事業推進会議からの特別後援事業の認可を受け、総理府はじめ関係各省庁の後援のもとに「国際児童年協賛宇宙科学博覧会」として、54年3月24日に会期163日間の予定で再開した。国際児童年に則り、テーマを「宇宙一人類の夢と希望、わが子への愛を世界のどの子にも」と定め、展示内容もNASAおよびNASMから新たに協力出展された展示品を加え、児童にわかりやすいものに変更した。この第2期博覧会にも570万人の入場者を迎え、宇宙科学博覧会は所期の目的を十二分に達して幕を閉じた。

出典:『日本財団図書館』「日本財団三十年の歩み」より

◉本来は1年で終わる予定だった博覧会を「次の年は国際児童年だから」的なゴリ押しで、政府やNASAの協力や数十億円という資金を集めて、1年延長してみせた当時の日本の勢いは如何ほどだったか。延長の2期目は「国際児童年」だからと、子どもたちの入場料は1期の半額設定という大盤振る舞いまでやってのけている。あの時代の熱量は、もはや今の日本に生み出すことは出来ない気がするし、時代的にそういうものを求められていないようにも感じる。残念だけどね。でもまたいつか、そういう時代が来て欲しいなとも思う。だって宇宙には謎と夢と不思議と希望が詰まってるから。

◉ペナントに戻ると、右のほうにいろいろ説教臭い文言が入っているのが気になるのだけど、その中でも特に目を引いたのはこの部分。

大人たちの本音がこぼれてしまっているのか?

なんか上の段と下の段が繋がっていないような気がするのは僕だけだろうか(笑)。まあ、宇宙博の特別援助を日本船舶振興会がやってた関係なんだろう。当時はまだ日本船舶振興会だった頃、笹川会長が出てくるCMの日曜日バージョンで「親を大切にしよう!」って言ってたし。あのCM、当時は毎日流れてたので、刷り込まれてる昭和世代多いと思う。


【余談】宇宙はロマンだ!とか言いながらも、そんなにマニアックなことまで知っているわけではないので、ペナントに描かれている宇宙船がアポロ計画のものなのかマーキュリー計画のものなのか、ジェミニ計画のものなのかすら見分けがつかなかったのだけど、今回調べてみてその違いを理解した。その過程で、Revelのプラモキットの存在も知ってしまい(以下のakane8150さんのブログ参照。2,000~3,000円でまだ入手できそう)、かなり作りたくなってしまっている・・・ううむ。


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