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ビリー・ジョエル in CONCERT at 東京ドーム part2

いざ東京ドームへ!

 2024年1月24日当日。前日は一睡もできなかった。ここ鹿児島では雪が降り積もっていた。午前8時台の鹿児島空港発、羽田空港行きの飛行機に乗る為には午前6時までには家を出なければならない。道路にはうっすら雪が積もり、ところどころは凍結しているところもありそうなので、車を出してもらえるにしろ、スピードは控えめに、急がずゆっくりと走ってもらうには時間の余裕が必要だった。私を送ってもらうために事故してしまったら、申し訳ないどころではないし、最悪空港に行くのも断念しなければならなくなる。ゆっくりゆっくりと空港へ向かう。鹿児島空港は標高が高いところにあるので、どんどん道が悪くなって行ったが無事に空港へ着いた。ホッとする。

 ところで、申し訳ないが私には東京への偏見がすごい。目標は生きて帰宅することと思うくらい。何が起こるのかもわからない。天候も悪く、大寒波が東京に来ていた。
不安しかない。その上私はありえないくらいの方向オンチである。自分のカンで左折か右折かで迷うと必ず逆方向に行ってしまう。おかしいほど逆方向に進んでしまう。Google mapsの案内ですら、どっち向いているかわからなくなるほど。

グッズ販売の列に並びながら撮った東京ドーム。

11時ごろには東京ドームの最寄り駅の水道橋駅に到着。だいたいコンサートのために来たであろう人はなんとなくわかったのであとを着いて行った。グッズ販売はまずVIPss席のチケットを持ってる人から開始。一般のチケットの私はあと2時間半ほど待たなければならないが既に長蛇の列。その最後尾に並んだ。私の後ろにはどんどんと人が連なって行く。

ビリーのコンサートグッズ。

並びながらどれにしようか考えに考えた。
この写真の他にもキーホルダーやラグマットもあった。日本公演限定のグッズ、日本語で書かれたお湯呑みやTシャツもあった。
一番左のワールドツアーのTシャツ、エコバッグ、そしてパンフレットの3点に決めた。
しかし当日は最強寒波が襲来。寒風吹き荒ぶなか、じっと並ぶのは骨身に沁みた。でも並んでいる人は皆同じ寒さに耐えている。頑張ろうと踏ん張って立ち続けた。
買い終えたのは午後1時頃だったか。
その時間は人は多くなく、ごった返す様子もなかった。ひとしきり東京ドームの写真を撮り、今夜の宿に向かう。もう既にヘロヘロ。足腰ガクガク。

 午後2時過ぎに宿に着くもチェックインの1時間前だったのでロビーで休ませてもらう。すでに疲れ切っており、早く横になりたかった。今夜大丈夫か?
時間配分は予測がつかないので余裕を持って移動した。
部屋に入れて1時間ほど休憩。寒波に伴う強風で髪は静電気を帯びてめちゃくちゃになっていた。コートはカシミヤだがマフラーはポリエステルだった。そのカシミヤのコートはお義母さまから頂いたものである。ありがたく愛用している。軽くて暖かい。しかしカシミヤとポリエステルの相性は悪く、静電気を帯びやすい状態であった。知らなかった。これまでこんなに静電気に纏わりつかれた経験はなかった。大気は乾燥状態で静電気発生必至。東京は静電気が渦巻いているの!?東京は恐ろしいところだと、さらに東京への偏見が増した出来事だった。ごめんね東京。
髪を水で湿らせ櫛で解かす。バスタブにお湯を落として湿り気を部屋へ。コートにも水を吹きかけておく。櫛にはマフラーとコートの繊維屑が付いてくる。山間部の湿り気が大嫌いだったのだが、この関東平野の乾燥状態を経験すると、湿気も必要なものなんだと思うに至る。

 ハイネックのセーターはウールとポリエステルの混合。着方を考えれば静電気をある程度防げると思い、セーターの上に買ったばかりのビリーのTシャツを着込んだ。コットン100%。その上からマフラーを巻き、コートの外に出さずにまとめた。
これで静電気は防げた。大変だね、東京。

 再び東京ドームへ。正面の22番ゲートはすでに人でごった返していた。少々戦慄を覚える。それにしても男性ばかりだ。こんなにおじさんたちが一堂に会する場面はそうそうないだろうと自分の経験値から思う。満員電車のスーツ姿のサラリーマンとは違う。昔は中学生、高校生だった元少年たちが結集していた。私にビリー・ジョエルを勧めてくれた同級生の男の子も、もうこれくらいのおじさんになっているんだろうな。多分そばに居てもお互いにわからないであろう、私もいいおばさんになっているのだから。
普段は思いもしない通りすがりの人たちのその昔々を、ここでは思い巡らせことが出来た。もう怖くない。しっかりと楽しもう。あの日の少年たちと少女たちと一緒に。

東京ドームの正面、22番ゲート前の様子。


続く。

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