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渡辺恒雄と平成生まれの僕

先日NHKで放送された『NHKスペシャル 渡辺恒雄 戦争と政治~戦後日本の自画像~』を見ました。僕はこの放送を楽しみにしていました。

読売グループの主筆、保守論客、戦後自民党政権と常に行動を共にし、読売巨人軍のオーナーとしては「たかが選手が」のイメージ。独裁者、フィクサー、ドン… 渡辺恒雄に対して良いイメージを持っている人の方が少ないのではと思うくらいです。

番組タイトルにあるように「戦争と政治」を渡辺恒雄が語っているのですが、それはただ評論家然としているのではなく、時の権力者の隣に一記者として取材をし、時には自ら当事者として日本の未来を決定づけるような政策決定もしていく。そのような経歴の人が自らの言葉でその当時を語る。これほど面白いものはない。だからこの放送を楽しみにしていました。

■「何十万人、何百万人も殺して日本を廃墟にした連中の責任を問わずにいい政治ができるわけない」

渡辺恒雄が主筆を務める読売新聞は他紙に先んじて憲法改正試案を出したり、比較的保守的な論陣を張っています。渡辺恒雄本人が自民党政権と近い距離を保ってきたこともあり、この言葉はとても印象的でした。共産党の山下議員も「意外」とTwitterに投稿していました。

渡辺恒雄は戦中から反戦派だったと語り、この思いを持っている政治家に接近していきます。一方で現実を見なければ政治はできない、徹底的なリアリストでなければならないとも語っており、反戦という同じバッグボーンを持ちながら、その時世において必要な政策を打てる政治家に共感を持って近づいていったのでしょう。鳩山一郎、大野伴睦、池田勇人、佐藤栄作… 

中曽根康弘に関しては元々自民党内で最右派であり、これでは総理・総裁にはなれないなと思っていたけど、勉強会を通して少しづつ転向したとも語っています。実際中曽根は持論の憲法改正を在任中にはやらず、行政改革や外交は歴史に残るとまで評価をしています。

インタビューを担当した大越キャスターは「反戦派」と「徹底したリアリスト」(憲法改正試案を出すことが代表例でしょう)である渡辺恒雄を「アンビバレントな思いを持った」と的確な表現をしています。

渡辺恒雄にとって戦争体験というのはその後の記者人生において決定的な影響を与えたと言っても過言ではないでしょう。その同じ共通基盤を持った政治家としか強い結びつきを得られなかったのでしょう。

■戦争が起こるのは経済をやらないからだ

日本が勝ち目のない太平洋戦争に突入した大きな一つの理由に石油がもたないというものがありました。戦艦や戦車を動かすための石油は国内では産出されない、だとしたら奪いに行くしかないと仏印に進出をしていき、アメリカからは石油輸出の禁止をくらってしまい、短期決戦思考の無謀な戦争に突入していきました。金融恐慌や世界恐慌のあおりを受けて日本国内の経済はどんどん悪くなり、採取的には「満蒙は日本の生命線」という言葉さえ生まれました。

ドイツも第一次世界大戦後に大不況が襲い、ナチ党の伸長を許し、ヒトラーの総理就任を合法的に許してしまいました。日本もドイツも経済の状況が戦争の推移に大きな影響を与えました。

渡辺恒雄はこの点で池田勇人を高く評価しています。池田も終戦時には大蔵省主税局長として戦費の調達に奔走していたとのこと。戦争というものを肌で感じていたことでしょう。まずは経済、国民に3食食べさせる、給料が上がるということを実感させることを最優先に考え「所得倍増計画」というキャッチフレーズと共に政策を打ったのでしょう。

現在の日本のエネルギー事情を考えるとホルムズ海峡で石油タンカーが封鎖されたり、一巻の終わりです。安倍政権が安保法制を成立させて自衛隊をより機動的に派遣できるようにしたのは一定の納得ができる論理があるのではないでしょうか。

これは一つの例ですが、経済をしっかりやらねばという渡辺恒雄の話には説得力があります。現在に置き換えれば、コロナウイルスの影響で4-6月のGDPは年率27パーセント減。とにかく真水の経済政策を打たねばという国民民主党の玉木代表の言葉にはこちらも説得力があります。とにかく経済をしっかりしないと行きつく先は戦争なのかもしれないのですから。

■議論をする共通基盤がなくなる

これは渡辺恒雄ではなく、オーラル・ヒストリーの第一人者である御厨貴が最後のコメントで語っていたことです。

上述の通り、戦後政治は渡辺恒雄含めて日本国民、政治に「戦争経験」「戦後の混乱」といった物事を語るうえでの共通基盤がありました。政治記者渡辺恒雄はその共通基盤がある政治家に近づいていきます。

国民も国会議員も戦後生まれがほとんどを占め、代わりになる何かしらの共通の基盤が生まれてはいません。国家の存在が揺さぶられる判断や危機に直面したこともありません。東日本大震災やコロナウイルスがそれになり得るかなとも考えましたが、全国民共通の出来事とは言い難いのが事実でしょう。

アメリカでいえばベトナム戦争があり、9.11からのイラク戦争を経験していますし、イギリスもフォークランド紛争やスコットランド独立やEU離脱を経験しています。太平洋戦争以降、自衛隊の皆さんが派遣されることはあっても、日本が当事者となって戦争や国家を二分にするような判断を迫られたことは基本的にないと言っていいでしょう。(これがどれだけ幸せなことか噛み締めなければならないのでしょう)

もっと身近なところで言えば、会社も同じかもしれません。同じ業種の会社でも歴史や過去の経緯から経営方針や各部署の方針はある程度社員の間に共通基盤があって、その上に成り立っているはずです。それが国家レベルに押しあがっていくということです。

■平成生まれの僕に何ができるか

誤解を恐れずに言えば、僕は明治以降の日本の戦争の歴史がとても好きです。高校の日本史も現代史以降、異常に成績が伸びました。近代国家になって初めての対外戦争となった日清戦争、世界に衝撃を与えた日露戦争、大正デモクラシーを経て、軍部が力を持ち、民主主義が崩壊して、無謀な戦争に突入していく。このダイナミズムはとても面白いものがあります。

平成生まれの僕にとって戦争はすべて教科書のことであり、その後興味を持って読んだ本の世界がすべてなのです。今回このnoteを書くにあたり色々と検索をしていたら、BLOGOSにこんな記事がありました。

イギリス政府が国民に向けて記念行事に参加し、戦争の記憶を後世に受け継いでいくことを奨励する道筋を示しています。戦争の実体験がなく、今後もそんなことは絶対にあってはなりませんが、日本という国に生まれ育った以上、色々と学ばないとならないのでしょう。これは特に戦争というものに興味を持ってしまった僕みたいな人間がやらなければならない作業なのかもしれません。

渡辺恒雄は「これからも私の経験は語り継いでいくことが必要」と語っていました。渡辺恒雄に限らず、日本の戦中から戦後を俯瞰して見てきて、語れる人はもう多くありません。年齢を考えれば、失礼を承知で言えばもう残された時間も多くはありません。マスコミ、メディア関係者の皆さんはぜひ今回のNHKスペシャルのような企画を立ち上げてほしいです。

このNHKスペシャルでは日韓基本条約に当事者として渡辺恒雄が首を突っ込んでいく様子も語られています。戦後政治に興味がある方はぜひオンデマンドでご覧になってみてください。



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