「温泉むすめ」の話に見せかけた潜伏キリシタンの話
前置き
最近、「温泉むすめ」が話題になりましたね。
昔、ちゆのお兄ちゃんがニコニコに投稿した動画で、チラッとだけ「下田莉華」に触れたことがあるのですが、
正直、100人以上いる「温泉むすめ」をそれほど把握できておりません。
「よく知らないけど、なんか地域活性化に二次元キャラを使うヤツの一種」程度の認識で、たまたま縁があった何人かの「温泉むすめ」は好きかな……くらいの感じでした。
「日本のキリスト教を踏みにじる行為」
さて、11月15日に、「温泉むすめ」のプロフィールが「性差別で性搾取」だという批判が起こりました。
しかし、「温泉むすめ」を批判する側にしても、みんなが同じ意見というわけではなくて、色々な考えがあります。
最近では、「温泉むすめには宗教的な問題がある」という主張まで出てきました。
「この温泉むすめは、性的な点だけでなく、宗教の点でも問題だと思いませんか?」
というツイートなのですが、これだけ見ても、ツイ主さんが何を問題だと思っているのか、よく分かりません。
長崎のキャラがシスターで何が問題なのか、ツイ主さんのご説明によりますと……。
読んでみても、「2世紀半もの長い禁教の年月を超えて歩んできた日本のキリスト教を踏みにじる行為」というのが、よく分かりません。
しかし、ツイ主さんにとっては、見れば分かるくらい当たり前のことだから説明するまでもないようです。
「シスター」をこういうのに使うこと自体がダメなのでしょうか?
しかし、アレな聖職者キャラなら「温泉むすめ」じゃなくても大勢います。
なので、たぶん、萌えシスターみたいなキャラを「平戸で」やるのがダメって話なのですよね。
(「鉄腕アトムを原爆ドームの前に立たせるとマズい気がする」みたいな?)
「毎日のお祈りを欠かさない」というあり得ない設定
てな感じで、正直、この方が何を主張しているのか私には分からないのですが……。
これを読む限りでは、問題がある箇所というのは、「何があっても1日に数回、お祈りだけは欠かさないほど敬虔」というプロフィールのようです。
それがなぜ問題なのかというと、「潜伏キリシタンの2世紀半にもわたる悲痛な歴史を考えると、そんなキャラ設定は当地に住むものからすればあり得ない、噴飯物ではないでしょうか」とのこと。
結局、なぜ「あり得ない」のかが、私には分かりません。
(お祈りが足りない? お祈り「だけ」なのがダメ? 非痛感が足りない?)
むしろ、私の感覚としては、「お祈りだけは欠かさない」というのは、潜伏キリシタンらしい設定だと感じております。
どうしてそう思うのか、以下、長々と説明させていただきます。
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