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どこよりも遠い片道40分

平素より大変お世話になっております。チタンと申します。

今日はほんのりと個人的に感動したことがあり、寄り道をしながら日記として残しておこうと思います。

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かつて通っていた大学がある街を訪ねたのは、偶然に諸々の事情が噛み合ったからに過ぎなかった。

たまたま仕事の手が空いて、たまたま休日出勤の代休を消化する必要があって、たまたま前日に大学時代よく通っていた飲食店の情報をネット上で見かけていた。

――午後半休をとって大学の周りを散策しつつ、そのお店を訪ねようか。
そう思い立って勤務先から電車に揺られ、夕方頃にその街へ降り立った。
勤務先からその街まで約1時間。通勤時間と大体同じくらいの長さだ。

降り立ってから、予想以上に懐かしさを強く感じた。
思い返すと、大学入学以来――それどころか、オープンキャンパスなどで訪れていた高校1年生の時以来、最も長くこの街を訪れない期間を過ごしていたことに気づく。

年月にして1年4か月ぶり。あまり長いようにも聞こえないけれど、それなりに愛校心があることもあって、なにかしらちょこちょこ遊びに来ていたのだ。

ひさしぶりのその街は、何も変わっていないようにも、すべてが変わっているようにも見えた。
どことなくふわふわとした感覚を覚えつつ、きょろきょろと辺りを眺めながら歩いていく。

おしゃれでそれなりにいいお値段故に、大学時代は縁がなかったカフェが最初の目的地。調べると、すでに創業10年を超えるなかなかの老舗だった。
懐かしむのが目的なら初めてのお店に行くのも違うのかもしれないが、「行ったことがなくても友人から評判を聞いていた」くらいの距離間でももはや懐かしさを感じられる。



ゆるりとくつろぎつつ紅茶とクレープをいただいた後は、遠回りな道を歩きながら夕食を食べるつもりの店へ向かう。

その道を選んだのは腹ごなしのためもあったが、何より大学を訪ねたかった。学生時代の思い出に浸りたい気持ちが8割、立派な建築物をまた目にしたい気持ちが2割。
昔から母校は厳重なセキュリティを強いておらず、裏門からすんなりと入ることができる(防犯上いかがなのかとは思いつつ)。

ひさしぶりの大学も、何も変わっていないようにも、すべてが変わっているようにも見えた。
また、ふわふわとした感覚を覚える。

構内をだらだらと歩く。レポートを書く時期だけお世話になった図書館。深夜に我が物顔で馬鹿騒ぎした講堂。学生が精いっぱい描き上げたであろう立て看。貼りっぱなしでボロボロになった留学案内のポスター。

俺は不真面目な学生で、授業にはあまり出ていなかった。たぶん正確な出席率を言ったら友達がみんなドン引きするくらいに出ていなかった。

そんな状態でも、サークル活動には自他ともに認める熱量で打ち込んでいた。それだけで、学生時代が俺の人生でも最も充実していた時期だったと言えるくらいに。

だから、大学構内で思い出される記憶も、だいたいすべてがそのサークルにまつわるものだ。

誇張抜きで24時間滞在したサークル室。夜食にカップラーメンを啜った広場。打ち合わせを繰り返したミーティングルーム。
何気ない道でさえ、備品を運んだ思い出も真剣に議論しながら歩いた思い出も胸を高鳴らせて闊歩した思い出も、すべてを蘇らせてくる。

在学当時から変わらないものを数えながら、キャンパスを端から端まで進む。ふわふわとした感覚は次第に大きくなる。

キャンパスの終端には、学生時代にサークルで占有していた施設がある。当時でも壁に穴が開いているレベルでボロボロだったそこは、まだギリギリ持ちこたえているようだった。
ほぼ変わらない雰囲気のその施設で、ただ一点だけ、周囲に置かれた備品や装飾物が大きく様変わりしていた。

そこで、「ああ」とため息をついた。
俺が感じていた、ふわふわとした感覚の正体。

ここは、もう俺の、俺たちの場所じゃないんだ。

別にいつまでも学生時代に囚われているわけではないし、あの頃に戻りたくてたまらないわけでもない。今の生活にも居場所にも満足している。

ただ、満足できる新しい居場所を得てしまったが故に、学生時代は今の自分と地続きな場所ではなく、思い出として懐かしむ歴史になってしまった。目の前の施設も、俺が当時を思い出す媒介であると同時に、今新たに誰かの思い出を作り出す場所になっている。

別にそれ自体は特別なことではないし、誰しもが経験することなのはわかっている。むしろサークルからの引退が間近に迫ったころから、いつかそういう日が来るのはわかっていたと思う。

だから、寂しさはない。ただ、「その時がもう来ていたんだな」と実感したのだ。

あの日々は今の自分の人格を形成する一部でありながら、今現実にある大学構内とは切り離されている。その事実だけを胸に、粛々と懐かしめばよいのだと思う。



そう考えながら大学を後にして、早めの夜ご飯を食べに行った。狙っていた海鮮丼屋はあいにく臨時休業で、第二候補のパスタ屋に切り替える。どちらも、何度も訪ねた思い出がある。

空いた店内で変わらない味のスパゲッティをするすると啜り、帰路に就く。

――そういえばこの駅と自宅の間を直接移動したことはない。乗換アプリで所要時間を調べると、40分足らずで到着するようだった。

日頃の通勤よりも短い時間で来られてしまう駅に、かつてと比べるととても遠くに行ってしまったような思い出の場所がある。
それはもしかしたらとても幸せなことかもしれない、と思いながら電車に乗り込んだ。

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ここまで自己満足な日記を読んでくださった方がいたらよほど酔狂な方ですね。ありがとうございます。
格好つけて締めた本文の後に向かった先が自宅ではなく隣駅で、わんぱく少年ばりにポケモンカードゲームを楽しんでから帰ったことを、あなただけには白状しておきます。


以上、チタンがお届けしました。
今後ともお引き立てのほど何卒よろしくお願いいたします。

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