ちろうのAKB体験記 第4回 ■レスがほしくなる

■レスがほしくなる

青春ガールズ公演を見るのは至福の楽しみだった。自分でも小林香菜推しになったと自覚し、さらに数回公演に入っていると見えてくることがあった。個性豊かで、かつ、いつも見かけるファンというのはたくさんいたが、そういう人はファン目線からも「あの人は○○推し、あの人は○○推し」、といったことが明確に分かってくるのだ。すると必然的に、メンバー側からも「その人が誰のファンか」ということは理解されているだろうということは容易に想像された。つまりは認知されているという状態である。それくらい狭い空間だったのだ。舞台に立っているアイドルが、客席にいるファンのことを認識している。これはすごいことだと思った。メンバー、つまりは小林香菜にぼくが認知されるなどということはまだ考えられなかったが、とある欲求が湧き出てくるのである。ぼくも小林香菜に対して、自分がファンであるということを認識してもらいたい。そしてそのためにも第一段階として、何らかのアクションを起こして反応を引き出す、つまりはレスをもらいたいと思い始めたのだ。

レスとは、推しメンやあるいはどのメンバーでも良いのだが、自分に対して何かしらのアクション(レスポンス)をくれるということだ。目線を合わせて微笑むものから、ダンスの振り付けの流れでビシッと指を指す「指差し」や、おもに「AKB48」という楽曲の「♪明日も見に来るでしょ?必ず~」のところで人差し指を指してクルクルまわす「ybkr(ゆびくる)」など様々なパターンがあった。もしそれが自分に向けられていたら、しかも推しメンからのものであれば・・それは言葉がなくても確実にコミュニケーションが成立する至福の瞬間だ。

しかし「レス」というのはまた、「脳内(=勘違い)」という言葉と常にセットにされる、危ういものだった。これはもう通例というかマナーに近いレベルで、「レスきた!」と周りに主張すれば「脳内乙」と返されるのが常だった。特にネット上ではそうだった。これは自分以外の人間に証明することは不可能なのであり、自分の中でのみ消化するべき問題なのだろう、と思った。

初めのうちは恥ずかしくて出来なかった振りコピや、メンバーコール、「転がる石になれ」でメンバーの動きに合わせて腕を振り上げ、声を出すこともできるようになってきた。ただひたすらに小林香菜だけを視線で追い続けているので、もちろん目が合うこともあるし、指を差されたような気がすることもある。しかし本当にぼくに対してなのだろうか?たまたまかもしれない。そもそも彼女はぼくという人間を「いつも自分のことを見ている人」あるいは「よくいる人」程度には認識してくれているのだろうか?もし認識してくれていたら嬉しいが、その確信はない。何しろ、ただの一言も会話をしたことがないのだ。そんな時、ある変わった行為をしているヲタクを見かけることになる。

ぼくはその時、青春ガールズ公演をセンターブロックの2列目で見ていた。それはかなりの良席で、劇場内の空気にも慣れてきた時期だったから、最高に楽しい時間を過ごしていた。すぐ目の前には推しメンがいる。この時が永遠に続けばいいと思った。セットリストは終盤に差し掛かり、アンコール。

「約束よ」が終わると、もはやチームKの魂の曲となっていた「転がる石になれ」のイントロが始まる。ここでメンバーはステージの中央に集まり円陣を組むのだ。その時、ひとつ斜め前のファン(つまりは最前にいたファン)がおもむろにスケッチブックをカバンから取り出したのだ。それは「ボードプレイ」というもので、スケッチブックやホワイトボードに様々なメッセージを書いてメンバーに見せ、レスをもらおうとする行為だ。ハロプロでも、ジャニーズ現場などでもお馴染みだろう。しかしそのヲタが取り出したスケッチブックに書かれていたのはメッセージではなく、黒のマジック1色で雑に描いたギターの絵だった。イントロでギターのアレンジが響き渡る。それに合わせてその最前のファンは、胸の前にスケッチブックを置くとその絵のギターをかき鳴らす演技をしだしたのである!

くっだらね~!と心の中で叫んだ。と同時に、爆笑せざるを得なかった。何しろその時、メンバーは円陣を組んでおり全くこちらを見ていないのである!そしてメンバーは円陣を解き前を向き直るとAメロに入り、歌い出しは力強い表情でリズムに合わせて左右にステップするのだ。そういう曲なのである。しかしほんの目の前1メートルの距離でそんなおかしなことをしているファンがいるので、苦笑い。大島優子も秋元才加も、笑いを堪えられない。

はっきり言ってしまえば迷惑行為である。荒らしとも言えるかもしれない。しかしぼくはそのファンのギャグセンスに度肝を抜かれたのだった。そしてエンターテイナーとしての精神が本当にすごいと思った。そのギャグの射程距離ってせいぜい3メートル程度。こんな狭い空間で、誰にも求められてないのに、何やってんの!?

そんな出来事もあって、もう最高に楽しい劇場公演を体験することができた。そしてまた、AKB48というものにこれほど興奮させられるのは、もはや劇場公演で好きなメンバーを見たり歌を聴いたりして成長を楽しむというだけではなく、ファンのおかしなコールや振る舞い、劇場全体を覆う空気から、ネット上で日々繰り広げられる公演のレポートに至るまで、全ての要素を含めて楽しいからなんだと思わされた。AKB48に魅せられて劇場に集まってくるのは、最高にゴキゲンなヤツらばかりだった。

ちょっと変化球とは言え、ボードプレイを間近で見てぼくの中でもふつふつととある欲求が湧いてきた。ぼくもやってみたい。さすがにこれなら確信を持てるレスをもらえるだろう。しかしそれを他のファンに見られるのはちょっと恥ずかしい。またほかのメンバーの視界に入るのも極力避けるべきだろう。やはり最前列に座れた時にブチかましてやるしかない。ぼくにはすでに、やるならあの場所・タイミングしかないだろうという当たりをつけていた。そしてこの時、ぼくはまだこの狭い劇場の最前列に座れたことは一度もなかったのだ。

すでに青春ガールズ公演を何度も見ていたから、少なくとも小林香菜がどの曲でどの位置に来るかは把握していた。とあるメンバーが上手か下手か、特にどちらかに偏っていればそちらを「○○(メンバー名)ポジ」という。これはどのファンに言わせても特定の側に決まることもあれば、ファンによっては同じメンバーでも好みが違ってくることもある。ぼくにとっての香菜ポジはステージ下手側だった。センターであれば「雨の動物園」、「Vergin Love」、「シンデレラは騙されない」。上手側であれば「約束よ」サビ、あるいは「僕の打ち上げ花火」。そして下手側はオープニング「青春ガールズ」の歌いだしと、「君が星になるまで」、「日付変更線」、「約束よ」終わりのサビ・アウトロ~「転がる石になれ」イントロまでだ。ぼくはこのときすでに下手側2~4列あたりがお気に入りの場所となっており、たいだいその周辺の席に座ることが多くなっていたのだ。

下手最前列に、座れたら・・・

(次回に続きます)


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